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7.危険な実験。


 「カフさん。昨日の実験映像を見せてよ。」


 アシはイーロンの雑音と油っぽい匂いの中で、黒色のイヤーカフに話し掛けた。


 この時代のニホンでは、所謂ウェアラブル端末が浸透しており、すでにケイタイは絶滅していた。ウェアラブル端末はデジタルコンパニオンと呼ばれ、ヒトの欠かすことの出来ない仲間になっていた。ただ、シンギュラリティーの先にある《クム》や《壽物/呪物》と呼ばれる存在となるのは、まだ数年先だ。


 アシは赤いテーブルを挟んでツキと向かい合っていた。バッチリメイクで赤いチャイナドレスを着たツキは美しく、アシは自分の気持ちを悟られないように粗野な態度を装った。餃子を頬張りながら箸を振り回して、カフに映像を催促する。カフは、めーたんとアシのコンタクトに映像を送る。


 「うわぁ、地上じゃん。しかも日中――。」


 ツキは思わず呟き、驚きでその血色の瞳をまあるくした。ぽかんとした表情が愛らしかった。


 ツキに構ってもらえないいろんな意味で脂ぎったオヤジ達が不満を漏らしていたが、ツキもアシも取り合わなかった。ニヤンがツキの代わりに生意気を言う客をドツキ回しながら給仕している。


 「ああ。志願したんだ。地上の実験部隊に。日中の実験だったから、犠牲者も出たけど、凄い成果だったよ。」


 人の命を捨ててまで、得る価値のある実験成果など存在するのだろうか?


 青い感想であることは充分に理解していたが、それでもツキは、ソコに真実があるように思えた。その肌と変わらない冷ややかな心情のツキとは対照的に、アシは自身の説明に興奮気味だ。アシのこれがどれだけ革新的な発見なのか?という情熱的な説明は、熱を込めれば込めるほど、ツキの感情の上を滑って、ただ無機質な実験映像が音もなく流れていくばかりだった。


 めーたんが伝えてくる映像は、地上で異形と交戦した後のものだった。一体の異形――犬の背中にヒトの女性が仰向けに張り付いている――が無数のアンカーを打ち込まれて身動きが取れない状態になっていた。周囲にはバラバラになった数体の異形と無数の兎狩の死体が散乱していた。乾いた砂で被われたアスファルトは血で濡れていた。


 地下街ニシキでは余り見る見る事の無い《クルマ》が至る所に放置されていた。破壊されひっくり返っている。ツキは、一台で何十人でも殺すことの出来る機械を何のリテラシーも無い一般人に運用させていた時代があったことに恐怖を覚える。


 (――絶対オカシイって。世界がオカシクなったのって、そこに住んでるヒトが狂っていたからじゃんか。)


 ツキの意識の表層を滑る映像は、残酷な実験の続きを映し出していた。使用されなくなり、傾いたビルに囲まれた大通りで、その実験は行われていた。


 異形は重傷を負っているように見えたがそれでもその膂力は凄まじく、血を吹き出しながらアンカーを少しずつ引き剥がしていく。大げさな宇宙服のような真っ白いつなぎを着た研究者の合図で異形にゲル状の物質がかけられた。赤いゲルだった。アシが説明する。


 「ざっくり説明だけど、これ、赤色を遮るスライムレッドインターセプターなんだ。まぁ見てよ。」


 つまりどういうことなのか説明しないアシにもやっとしたけど、ツキはおとなしくアシに従う。


 インターセプターをかけられたそのイヌヒトの異形は一瞬で興奮状態から脱しておとなしくなった。血と肉を撒き散らしながらアンカーから逃れようとしていたその異形はゆっくりと伏せた。眼も半開きで呼吸もゆっくりになる。


 「所謂、不活性化状態イナクトだよ。要するに、異形を不活性化するゲルの開発に成功したんだよ!」


 アシは、小声ながらも興奮して話す。


 「これがあれば、日中でも異形を夜のようにおとなしくさせることが出来るんだ。ヒトは日中を取り戻して、異形を追い払うことができるんだ!俺たちの生活は変わるんだよ!」


 アシの話に拠れば、陽光に含まれる特定の波長の光が異形に強力な力を与えていて、それを遮るゲルで異形を覆えば、その異形は夜と同じ状態――不活化イナクト――になるのだという。


 ツキは、難しいことは判らなかったが、アシの話は一定水準の腹落ちをもたらした。異形が日中でも完全に光が届かない場所――例えば地下街――では不活化することは周知の事実だからだ。


 アシはインターセプターの箱で異形を捕まえることをから実験を始めて、最終的にゲル状物質が一番効果的に異形を補足できると結論したことを熱く語った。ツキはうんうんそだねと相づちを打ちながら、何処かで、恐怖を感じていた。


 これで、ヒトは異形をやっつけられるかも知れない。でも、何かがずれていて、これでは駄目なのだとツキの直感が告げている。


 (……なんだろう?なんか肝心なこと抜けちゃってる気がする。落とし穴、あるんじゃないかな?つまりこれは――。)


 ツキの違和感をアシは敏感に感じ取った。でもアシはそれについて何か補足することはなかった。彼には彼の思いがあったからだ。


 (――これで準備が整ったよ。もうすぐ、決着する。その時、全部判るんだよ。ツキ。)


 でも、彼は語らない。代わりにアシはギョーザをまとめて二つ頬張った。


 「うん。うまいね。相変わらず。」


 アシはニヤンにウィンクして、それが、この話が終わったことの合図となった。ツキは立ち上がって、脂ぎったエロオヤジの捌きに加わった。


 「だから、ケツ触んなって!!」


 明るいハイトーンでツキが叫ぶと、イーロンはいつも通りの笑顔で溢れた。



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