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4.不安で危険。


 仰向けかうつ伏せが基本だが、ツキは横向きが好きだった。今、ツキは下品な笑いを浮かべる全裸の男の胸に飛び込んで行った。スカートがめくれるのも構わずに両足の裏を男の胸にぶつける。


 「ドッ!ロップ!キーーーーーーック!!」


 ツキはヒーロー物の教科書通り、技名を叫びながら裸の男を蹴り飛ばした。見事なドロップキックだ。裸の男は地下街ニシキの暗い路地裏に吹っ飛んでいった。綺麗な横受け身を取りツキは立ち上がる。男の胸骨が折れる確かな足応えを感じた彼女は、拳を握りしめる。


 「しゃ!百点!!」


 彼女の透ける様な白い肌や石榴石ガーネットの様な美しい瞳、華奢な首や手脚はただのミスリードだ。何処か病的で儚い外観を持つツキはしかし、太陽の様な活力に満ちあふれていた。今日はイーロンがお休みだったので、ツキは少し遠くまで買い出しに来ていた。ここは中庭周辺の主要通路メインストリートを取り巻く住宅街の更に外周部にあるスーパーだ。危険だがウィスキーが安いのでツキはちょいちょい訪れていた。いつもは強盗紛いのカツアゲチンピラに絡まれる程度だったが、今日は少しヘビーに強姦魔に出くわした。捕まって強姦されるとオモチャ用か食用で売り飛ばされてしまう。眼鏡のめーたんはツキに注意する。


 「ツキ。やはり外周部は危険すぎます。僅かばかりの酒代をケチる為に死んでしまっては、お酒は飲めなくなります。ホンマツテントーと言う奴です。さぁ、はやく中央区画に戻りましょう。」


 「いや、もうちょっとお仕置きしちゃおかな。なめられたらお終いだもん。」


 「いや、駄目です。」


 「いやですぅ……い?いやいやいやいやいやいやいやいや。」


 めーたんと緊張感に欠ける会話をしながら、ツキは行き止まりの暗がりに吹っ飛んでいった裸の男に詰め寄ろうとしたが、最奥の建屋からぞろぞろと裸の男達が出てくるのを見て、いやいやが止まらなくなった。


 「やっぱ、めーたんの言うとおりにする。めーたん助けて!」


 振り返り、逃げ出すツキにめーたんが返す。


 「無理です。眼鏡ですから。」


 「ちょ、キミにはヒトを思いやる心ってものが無いわけ??」


 「無いです。眼鏡ですから。」


 眼鏡のフレームから迸る(ほら、いわんこっちゃない。私は言いましたよね?)感にぐぬぬしながら、ツキは逃げ出す。彼女は八つ当たりの様に捨て台詞を叫ぶ。


 「来るなら来やがれ!クソが!!言っとくけどアタシ、ドロップキックよりランの方が自信あるからねっ!」


 しなやかな細い足で通路を蹴り、アスリートの様な美しいフォームでツキは滑る様に走る。一瞬で角を曲がり男達を引き離す。


 「あ。」


 角を曲がって直ぐのところで通路を塞ぐ様に大きな異形が立っていた。蛇とヒトの異形だ。天井に頭を押し付ける様に立つ巨大な異形で、ヒトの身体のあちこちから様々な蛇が生えていた。蛇は太い懐中電灯を咥えて、それぞれ勝手に周囲を照らしている。蛇の異形は夜間で動きが鈍くなっているが、その膂力は変わらない。捕まったらお終いだ。


 「捕まったら、死にますよ。」


 「知ってる。」


 とは言え、後ろからゴーカンマの群が迫ってきているので、戻る事は出来ない。


 「だぁああああっ!!」


 ツキは加速して、蛇の異形の股下に滑り込んだ。無数にぶら下がるオゾマシイ蛇の頭(?)をくぐり、ツキは異形の背後に抜けた。一瞬だけ(後ろからドロップキック食らわせたろか?)と考えたが、背中にもびっしり生えた蛇がシャーシャー威嚇してくるので自制した。


 「――反撃しないのですか?随分とお利口さんしましたね、ツキ。どうやら学んだようですね。偉いですね。」


 めーたんがツキの天邪鬼を煽ってきたが、裸の男達の放送できないかけ声が響いてきたので、ツキは再び走り出した。


 「レンズ磨いてやらないんだから!」


 「どうぞ。私は困りません。何しろ眼鏡ですから。」


 「ぐぎぎ……このクソ黒縁眼鏡ぇぇ。」


 走り去るツキの背後で悲鳴が上がり、生肉を打つ様な鈍く水っぽい音が響いて、血の匂いが通路に立ちこめる。ツキは振り返らなかった。状況を確認する必要などない。彼らが途方も無い天罰を受けているのだろう。いや、地獄の拷問だろうか?どちらでも良かった。いずれにしても結果は同じだし――そう、安心安全は遠い昔の話なのだ。



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