2.街中華LOVE!!
「焼き三!ゆで二!なま四!入りましたー!」
眼鏡で赤目を誤魔化している彼女はしゅっと右手を高く掲げ、快活な声でオーダーを通す。身体のラインが強調される赤いチャイナドレスがコスチュームだ。
比較的胸の大きくないツキはこの制服が嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方なかったが、許容していた。赤い制服がアルビノで有る彼女の血色を少しだけ良く見せてくれるからだ。
それに、ギョーザを配るだけで兎狩の事務員並のお給料が出る。ハラスメントを数えればキリが無いが、とりあえず、ここには命の危険は無い。いつも通り、誰かがツキのお尻を撫でる。
「ケツさわんな!ハゲッ!!」
ツキはいつも通り元気に叫んだ。ぱんぱんに膨れあがった腹の――下半身は蜘蛛型の機械だ――オヤジはむしろ喜んで返す。
「お尻以外に触るところ無いじゃん、ツキちゃんは。」
「あアアっ!?」
ツキはその客の少ない頭髪を素早く上手に掴んで毟り取って、となりの客のビールの中に放り込んだ。
「なにすんの!ツキちゃん!髪の毛入っちゃったよ!」
痩せた――右半身が機械の骸骨の様な――オヤジが叫ぶが、ツキは構わない。
「おまえも少ねぇんだから、飲んどけよ!まじないだ!」
それを見ていた周りの客は、ツキの豪快な懐の深さ(?)に好意を寄せていたので、皆で爆笑した。
ここは、地下街の巨大アパートの中にある中華料理屋――店名は一龍、ほぼ餃子とビールしか売れない――だ。店は八十階にあった。一般的に上層階と呼ばれる階層だ。
上層階は百から八十階の事を差し、無銭飲食、強盗、強姦、殺人までありとあらゆる犯罪を心配しなくてはならない階層だ。皆それぞれの自衛手段を確保している。とは言え、中庭に近い部分は一般市民が生活しており、ある程度の治安は守られている。
ハラスメントが蔓延していて、シングル――この巨大アパートの一桁台に住居を持つ街の富裕層達をそう呼んだ――達であれば一分も耐えられないだろうが、アパートの外周部に行かなければ命に関わるようなことは……時々しかない。
イーロン周辺は上層階に位置しているが、あまり命の心配は要らない程度の治安とモラルが維持されていた。ハラスメントだらけの店内から厨房に戻ってきたツキに店主のローリュウが声をかける。
ローリュウは、痩せた料理人で両手両足は機械化されていた。店の客達と同様に、異形や悪人に襲われて欠損した身体を機械で補っているのだ。
「ツキちゃん。百階から降りてきなよ。ここらもたかが知れてるけどさ、上じゃ、何度も異形に襲われるでしょ。うちの奴もツキちゃんのこと好きだし、俺もほら、この通り。ツキちゃんに住み込みで働いてもらえると助かるんだよねぇ。」
「いや、なんか、八十って柄じゃないんで――。」
ツキはいつも通りにへらと笑って、やんわりと断ろうとした。そのツキの背後から大きな影が近づいて覆い被さり彼女を包み込む。
「今夜も良い子だねぇ、ツキ!早くうちの子になってくれないかねぇ。」
そう言って、店主の妻である大柄でふくよかが過ぎるニヤンが、ツキを豊満な身体に埋めるようにハグした。にへらと笑いながらツキは申し出を丁寧に断ろうとしたが、ニヤンはそれを許さず、彼女のほっぺに特大のキスをした。遠慮の無い大きな赤いキスマークが彼女達の愛情を証明している。
「アタシが聞きたいのは了承だけさ。それ以外は聞かないからね。さぁ、変態共があんたの運ぶギョーザを待ってるよ!今夜も張り切っていこうじゃないかねぇ!稼いで稼いで稼いで稼ぎまくるからねぇ!」
ツキは笑いながらニヤンの抱擁から逃れてフロアにオーダーを取りに行く。
「ほんと嬉しいけど、柄じゃないのニヤンさん!でもニヤンさんのこともお店のことも大好きだから、あたし、ずっとここで働くから!」
「嬉しいこと言うじゃないの。まぁ、今日も引き分けってことにしとこうかね!」
がははと笑うニヤンと涙目のローリュウは身体の中に暖かい何かが流れるのを感じながら、日々の業務を――様々な姿と背景を持った客を――捌いていった。そうやって一龍の夜はいつも通りに過ぎていった。