19 門番は考える。
「一名のヒトと二体の異形の移送中に、移送していた異形の一体に襲われて、車が横転した。異形は始末したが、負傷して自力で動けない。ウラルさんから指示されたアルビノを生きたまま連れ帰る必要があるので至急――。」
そこで通信は途切れた。隔壁の開閉を任されている門番――当然、兎狩の隊員――は壁一面に取り付けられたモニターの一つを見つめている。地下街に縦横無尽に張り巡らされている兎狩専用の通路――獣道と呼ばれている――を映し出しているモニターだ。そこには確かに横転した護送車が映し出されている。映像には動く者は何もなかった。たった一人で詰め所を守る門番は口の中に愚痴をこぼす。
(ち。何してんだあいつら。めんどくせーな。)
門番は苛つきながらも、冷静に考える。
(通信が途中で途切れたってことは、通信できない状況に追い込まれたってことだ。機械が壊れた?死にかけている?いやいや、異形に殺された可能性もある。あいつらはツーマンセルでやられた。俺が単独行動を行うべきじゃあない――で、どうする?)
彼らの獣道は厳重に管理されており、登録してある兎狩の隊員しか出入りすることが出来ない。つまり、このまま監視しながら応援の到着を待つことが最もリスクが少ない。だが、通信が途切れた理由が怪我で意識を失ったのであれば、応援の到着までに仲間は死ぬかも知れない。
(ま、自己責任ってことで。)
門番は、あっさりと仲間を見殺しにすることを決定した。ここから僅か百メートルほどの場所で死にかけている仲間の救出には向かわずに、応援要請を行いつつ、詰め所から監視する事を選んだ。彼にとって、これは苦渋の決断ではなく、容易な判断だった。だって、おれのせいじゃないも~んってな感じ。門番は注意深くモニタを監視しながら、応援を要請しようとした時にモニタの画像に動きがあった。門番は応援要請を止めて、画面を注視する。画面の中で横転している車の窓から白く細い手が伸びてきた。それは惨劇の起こった車内から必死に脱出しようとするヒトの手だった。その人の手に覆い被さる様に猿の異形が這い出してくる。門番は最初、(ああ、かわいそうにね、俺に助けてもらえないなんて。)と思った。次いで、先程の通信を思い出した。
(――負傷して自力で動けない。ウラルさんから指示されたアルビノを生きたまま連れ帰る必要があるので――。)
画像を拡大するまでも無く、細く白すぎるその腕は明らかにアルビノのそれだ。門番は舌打ちをしたが、直ぐに野弧刀と自動小銃――疑似太陽光で不活性化状態を回避している異形達にはアンカーガンではなくもっと強力で、直接的な殺傷力が必要だ――を装備して、詰め所から飛び出した。
(ウラルさんの命令を無視したら確実に処刑される。やるしかねぇ!)
門番が踏み出した獣道は、広く整備されていて、横転した移送車以外には身を隠せる遮蔽物は無かった。スムースな四角いトンネルがそこにあるだけだ。それでも彼は注意を怠ること無く移動した。姿勢を低くし、小走りで横転した車に接近する。数メートルまで近づいたところで、門番は冷や汗を流す。自分の予想と状況が異なっていたのだ。
(違うのか――?どっちも異形だ。)
アルビノの腕だと思っていたものは兎の異形の腕だった。血まみれの兎の異形に覆い被さるように猿の異形が倒れ込んでいた。どちらも死んでいる様に見えるが、猿の異形は背中と両手から疑似太陽光と思われる光を発していた。
(バッテリー内蔵ってか?異形共はどんどん進化していくねぇ。裏で誰が指揮してんだろ?――まぁいいや。ここに異形が二体と言うことは車内にお仲間二人とアルビノちゃんが一匹って訳だ。)
彼は良く訓練された者の動きで、四トントラックほどの移送車の中をのぞき込む。今度こそ、彼は焦る。護送車の中に居たのはカマキリの異形が一体と仲間の死体が2つだった。首が捻られて顔が背中を向いている死体と首と身体がバイバイしている死体だ。門番は考える。
(なんだ、話が合わない。アルビノは何処だ?何故異形が一体多い?マズイ、何かミスってる。)
門番はそれ以上の調査を打ち切って、素早く車内から出た。彼は撤退することを決定していた。彼は怠惰で邪悪で優秀な兎狩だった。
(何処かで誰かが失敗していて、何かがズレてしまっている。兎狩《俺たち》は状況をコントロール出来ていない……くそ。何故だ、間抜けなお仲間が無線で報告してきたのはついさっきだ。そこから一体何が起こって――いや、考えても無駄だ。情報が足りない。)
自動小銃を構えながら低い姿勢で、門番は後退する。予想外の状況に警戒しているが、恐怖していない。彼は冷静に退却を始めた。