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14.笑う野犬。


 ツキは走った。吠えながら、走り続けた。気が狂ってしまったんだ、と彼女は感じた。


 (熱……熱いよ。)

 

 ツキは皮膚を掻きむしるようにイーロンのインチキチャイナドレスを引きちぎって、破り捨てた。少しだけ涼しくなったが、彼女が感じる熱さは衣服の問題だけではなかった。今、地下街ニシキの全てを明白に照らし出してる古い照明のせいだ。彼女は下着姿で走った。獣のように走った。吠えて、息を吐き、走った。アルビノ特有の真っ白い肌に赤みが差す。血の瞳はより赤く輝く。何処をどう走ったのか、彼女には判らなかった。理解していたのは屋上に向かって走っていることだけだった。


 逃げろ。異形の到達できないような下層を目指すんだよ――。


 優しいローリュウの言葉は忘れ去られていた。ただ、彼女は屋上を目指した。本能に従って。あの光の根源に向かって走り続けた。彼女はたくましい脚でアパートのコンクリを蹴り、踏みつけて、跳ぶように走った。すれ違う地下街ニシキのヒト達も異形も走り去るツキの姿に驚くが、誰も声をかけなかったし、誰も邪魔をしなかった。皆、傍観して、ツキを見送った。


 (アツ……アツイ。熱いよ。)


 ツキはこの衝動は自分にだけ発生していると理解していた。きっと、アルビノだからだろう。確証も根拠も無かったが彼女と他のヒトとの違いはソコだけだったから、そう結論していた。そして、ツキは走った。痩せた下着姿を晒して、悲鳴と血だまりの中を跳ぶように走った。血と、死体を踏みしめて、ツキの下着も身体も赤く赤く染まっていく。いつの間にか併走していた野良犬と目線があった。その犬は群の斥候で背後で十数匹の息使いと足音が聞こえる。


 ――兎でも狩るつもり?


 ツキは笑う。犬は唸る。血まみれのツキをおいしいごちそう、食べやすい獲物と思い込んだ犬はツキに飛びかかる。ツキは走りながらその野犬の上顎と下顎を鷲掴みにして引き裂いた。犬は雑な二枚下ろしにされて、生ゴミよろしく通路に遺棄された。ツキは血の匂いに興奮して笑い、走る。加速して走り続ける。地下街ニシキは血と死に溢れていた。其処此処で異形がヒトを襲い、ヒトはヒトを襲っている。抑圧された外周部のヒトが中心部に集まり始めていた。闇という闇でヒトが蠢き、光の中で異形が輝いていた。


 ……ああ、ああ!そっか!全部、だめじゃん!全部、狂ってる!!


 ツキは声にならない声で叫んだ。極限まで進んだ格差は狂気を連れてきたのだ。異形なんて関係ないのだ。全ては手遅れで皆死んでしまうのだ。だって、あんなにいい人だったイーロンの皆が死んだのだから。他に生き残る資格のあるヒトなんて居ないのだ。その思いはツキの中で何か――破れたシャッターの向こうから差し込む陽光の様な絶望――を爆発させて、彼女の腹の底からの哄笑を呼び覚ました。本当の絶望を前にして、ツキは笑っていた。笑いながら、地下街ニシキを跳ぶように走った。溶けるように後方に流れ去る景色の中で、異形は笑い、ヒトは悲鳴を上げていた。ツキを見て異形は笑い、ヒトは悲鳴を上げる。地下街ニシキは狂気が渦巻いて、狂人が跋扈していた。光は強く、でもそれは夢想していた状況にはならず――闇はより濃くなり、全ては混沌に飲み込まれるだけだった。


 幸せなど何処にもなかった。


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