11.あんたカレシできたでしょ?
その日、いつも通りにふるさとが鳴り、にゅうっと背伸びをしたツキは気付いた。
「あれ?まっくらじゃん。」
そこから数日、街は混乱が続いた。ずっと続いていた第九区画の小雨は、やはり配管の水漏れで、それが地下街の電気系統をショートさせた。空調がイカレてしまうと同時に、ネオンLEDやらディスプレイ広告など地下街らしさを機能不全にさせた。
街の管理者達は空調と水回りの復旧に全力を上げて、照明は後回しにした。アナウンスだと一月くらいは暗いままだそうだ。街人達は暗闇の生活に不安と不満を覚えた。でも、実際は明かりを取り戻すまでは一月も掛からなかった。
トラブルから五日後、ツキがいつも通りイーロンに向かおうと部屋を出たときに地下街に光が戻っていたのだ。
「おおー。あっかるいじゃん。」
頼りないLEDライトに頼って変質者を躱しながらイーロンに通うことに辟易していたツキは思わずにっこりした。珍しく彼女の肌に赤みが差す。
地下街は暖かな光に包まれていた。ネオンLEDの毒々しい光ではなく、ぼやけたオレンジ色の光が充満していた。ネオンLEDの配線は水でやられてしまったが、ふるさとを流している古い配線が生きていた。その配線はふるさとを流すための音響の他に古い照明設備の配線も兼ねていたので、それを活用して第九区画の街人が自作の街灯をあちこちに設置したのだ。
これまで鋭いネオンLEDの光しか見てこなかったツキはしかし、その自作の街灯に涙が出るほどの感動を覚えた。
「わぁ、この光、あったかいんだ。」
イーロンに着くまでいくつもの街灯を見て触って、それがどのようなものなのかツキは――めーたんに教えて貰ったので――理解した。
それらは古い電球だった。まるいガラス玉の中にフィラメントがあり、それが発光、発熱しているのだ。初めて見て触れる電球に、ツキは身体が温まり力がわいてくるのを感じた。
眼鏡のめーたんはツキの瞳を強い光から守る為に遮光モードに移行した。地下街では使われなくなって久しいサングラス機能だ。視界が少し暗くなったが充分な街灯が設置されていたので、ツキは問題なく、イーロンに到着した。
上機嫌なツキはイーロンに着いた時、餃子焼売戦争の歌を歌っていたので、店主のローリュウに笑われた。
「懐かしい歌だね。ツキちゃんよくしってるねぇ。それ、二十年前の歌だよ?丁度、みんなで地下に潜り始めた頃だねぇ。この地下街もまだ第一区画さえ完成していない状態でさぁ。」
外と同様にフィラメントの古めかしい電球に照らし出されて、暖かで柔らかな光に包まれる店内で、ローリュウは活き活きと語り始める。ホールから戻ったニヤンはローリュウに突っ込む。
「老人の昔話は若い子にはウケないよ。油売ってないでちゃんと仕事しな!油断してると歌みたいに焼売に先越されるよ。」
ローリュウは、はいはいとため息のような返事をして厨房に戻っていった。ツキは事務所のロッカーに荷物を押し込むと、イーロンのコスチュームに着替えた。ホールの掃除を始めたツキにニヤンは話し掛ける。
「――で。ツキはいつうちの子になってくれるんだい?」
ニヤンはツキをいつも通り抱きすくめ――違和感を覚える。ツキから身体を離し、ツキのことを怪訝そうに眺めた。最初、眉を寄せていたニヤンはしかし、何か答えを見つけたようで、笑顔になった。
「血色も良いし、色気も出てきたみたいだね、ツキ?少し、胸回りがキツいんじゃないかい?おいで、衣装のサイズを合わせたげるよ。」
そう言ってニヤンはツキの痩せた――と同時に柔らかな背中を押して裏のロッカールームに連れて行った。連れられながら、ツキは自分の胸を見下ろして確かに衣装がキツいかも、と思った。昨日は平気だったのに。何なら緩くなりつつあった位だ。胸を見下ろしながら、自分で手を当ててサイズを計るツキに、にやにやが止まらないニヤンは我慢できずに質問する。
「……ねぇ、ツキ。あんたカレシできたんでしょ?」
目を丸くしたツキは肩をすくめて笑い、それは幸せな日常の印となった。