よもぎちゃんと自問自答
「ふぅ…」
ハローワークからの帰りの途中、公園に寄りベンチに座ってペットボトルのお茶で一息つく。
パワハラ、モラハラに耐えきれず転職を繰り返すこと数回。
小さなスペースしかない履歴書では記入するところすらなくなってきそうな勢いだ。
ちなみに今回はせめて「お前」呼びをやめてもらうようやんわり上司に進言したら即日解雇された。
なんて理不尽。
まともなところでちゃんと勤めたいだけなのに、何故か上手くいかない。
そもそもまともなところってなんだ?
自分に都合のいい会社か?いや、平穏に過ごせてお給料が貰える以上は望んでいないはずだ。
昨年、自身が人と違うとは薄々感じていてあれこれ調べた結果、発達障害ではないかといきたあった。
病院を予約し、軽くテストをしたり自身の状況・困っていることを問診票に書いたら、予測通り「発達障害の数値と症状が出ていますね」と答えられた。
その後は不眠と合わせて発達障害の薬と不眠の薬を処方された
それで楽になっているかは未だにわからないが。
詳しい検査には長い日とお金が掛かるらしい。
こちとら無職で日はあるけどお金はないぞ。
立ち回りが下手なのは自覚している。
話すのが下手だから聞き役に徹するようにしている…つもりではいる。オタク特有の自分の好きなジャンルを振られたらとても良く喋るが。
自分なりに努力はしているつもりでも、まだ足りないのかもしれない。
でも、これ以上どうしたらいいのかわからない。
そもそも社員に死ねとか言う職場にいたくないということはそんなに悪いことなのか、いや、自分は正しい。
そう思わないとやってられない。
パワハラ、モラハラがない職場ってそんなにないのか自分の運が無さすぎるのか…
先週届いたお祈りレターの数も自分の心に重くのし掛かる。
ちゃんとしたいのに、何故できないんだろう。これが発達障害のせいか自身の性格のせいかもわからない。
書類選考では通ることもあるのに面接で落とされるのもその一因だろうか。
人間が駄目で病院に通っているのに人間相手に上手くやれる筈がない。
もう一度お茶を飲みため息をひとつ。
気付くと周囲が騒がしいことに気付いた。
視線の先を向くととてもかわいい美少女がセーラー服を着てベンチに座り本を読んでいた。
いやでも今は長期休暇でもなんでもない普通の平日。サボりか?サボっちゃう美少女か?かわいくてもそれはいかがなものか。
ああ、いや。こういうことがよくないんだろうな。
他人のこと、しかも同じ公園にいる程度の女子生徒のことですらどうこう思うこと、思いすぎることが今までのようにしんどくなることの一因だ。
見知らぬ女生徒がサボっていようが関係ない。
そう思い直しまたお茶をのみ一息つく。
さて、そろそろ帰って新しい履歴書を書かなくては。
証明写真もそろそろなくなってきたな。
地味に高いんだよなあれ。落とすなら履歴書返却してくれないかな。再利用するから。
陰鬱とした気持ちでベンチから立ち上がると、先程のサボっちゃう美少女が近寄ってきていた。
「とってもかわいい!よもぎちゃんです!」
セーラー服をひらりとさせ一回転しポーズをキメたちょっとやばめな美少女。
「へー。よもぎちゃんって言うんだー」
あ、これ関わっちゃだめなやつだなとセンサーが動いた。
「それじゃ、これで」
今日はやっぱり履歴書も書かずに休もうそうしよう。
ちょっとおかしい美少女に自己紹介されたぐらいで揺らぐメンタルで書いたら書き損じが多くなる。無職の身の上。出費は抑えたい。
「あ、安心してください!私、男なので!」
何も安心できないが?
やばい。思った以上にやばい美少女だった。違った。男だった。
焦る自分を余所に、よもぎちゃんと名乗るセーラー服美少女(男)は続ける。
むしろ何故絡んでくる。
でも話し掛けられたらつい返してしまう。たとえ変人相手でも。やめたいこの性分。
「よもぎさん「よもぎちゃんです!」………よもぎちゃんはなんで話し掛けてきたの?」
「元気がなさそうだったので!」
「うーん。元気がなさそうなだけで見ず知らずの他人に話し掛けたら事件に発展する世の中だからあんまり気安くそういうことするのはやめた方がいいよ」
「でも暗くて無害そうだったので」
暗いは余計だよ、よもぎちゃん。
しかもこれ、よもぎちゃんが満足するまで帰れないパターンだな。
よもぎちゃんがどれほど美少女な男でもこちらからしたら不審者なので、スマホを握りいつでも110番できるようにしておく。
「よもぎちゃんはなんでセーラー服を着ているの?」
「今しか出来ない、やりたいことだからやってるんですよぅ」
確かに、学生期間は決められてはいるが、平日に学校をサボることは感心しないな。模範的な大人としては。
あと昨今男でも女性服着ているのを非難してはいけない風潮だしな。
でもやりたいことか。
自分のやりたいことってなんだろう?
何回も転職を繰り返し、1番長く居たところは自身が誇りを持って仕事出来ていたところだ。
まぁ、そこも人間関係が嫌で辞めたんだけど。
あぁ、人間がいないところで仕事がしたい。もしくは人様に迷惑掛けずに死にたい。
そんなことを考える日々。
「そっかぁ。そうなんだねぇ。若いうちにやりたいことやっておくのは大切だと思うよ」
少々投げやりに答えながらも距離を置く。
今までの自分の悩みを上回る異常事態だ。
「そうなんですよねぇ。でも、もう21歳なんでそろそろ女生徒の制服厳しいかなって思っているんですよねぇ」
「いやー、僕からしたら21歳も女子高生も誤差の範囲だよ」
とはいいつつ内心どぎまぎした。21歳なんかい!
「平日に着るとサボりと思われて職質も掛けられるので、平日は女生徒の制服着るのやめてたんですけど、今日は着たいから着てきちゃいました!」
えへへっと笑うのもかわいいがセーラー服を着た21歳男児。
立派な不審者である。
「今は大学生で、ある程度の自由もきくけど、これからはお兄さんみたくやりたくないこともやらなきゃいけないなら、今のうちにやりたいこと、服装をやっておきたいんですよね」
地味に刺さるよ、よもぎちゃん。
「そのやりたくないことも出来て無いんだけどね~。無職だから」
「なるほど、やっぱり!よもぎちゃん、話し掛けた方で無職の方たくさん見てきました!」
そんなにたくさん見てきたの!?人生相談でもしてきたの!?よもぎちゃん!
「大丈夫ですよ。ご縁があるところはどんなものでもご縁がありますし」
「いやーーー。そんなもの今のところまっっったくないんだけどねー。どこにあるんだろうねぇ、ご縁」
出来れば良縁希望。僕も転職を繰り返したくない。一つの会社で末長く居座りたい。
「それが就活の難しいところですよ。よもぎちゃんも未だに内定貰えませんし」
内定貰えてないんかい!
人にアドバイスしてくるから人生の勝者かと思っちゃったじゃねーか。美少女だし。男だけど。
そこでふと思った。
「よもぎちゃんは何になりたいの?」
平日の昼間にセーラー服を着て見知らぬ人物に話し掛ける21歳男。
よもぎちゃんと自称し奔放そうに振る舞う彼のなりたいものに興味があった。
「よもぎちゃんは、よもぎちゃんになりたいです」
「よもぎちゃんは、理想なんです。こんな風に生きられたら楽しいだろうなって、希望の形なんです」
「だから、なりたいものって聞かれたらよもぎちゃんがなりたいものですかね」
へへっと照れ臭そうに笑うよもぎちゃん。
よもぎちゃんも自分を探してみては彷徨って『よもぎちゃん』になっているのか。
不審者と呼ばれそうになっても。
それはそれでやばいと思うが、よもぎちゃんとしての彼はそうすることで自分を鼓舞し憧れの自分を体現しているんだろう。
もう一度、自分のやりたいこと、なりたい自分を考える。
よもぎちゃんより長く生きてもわからないが、少なくとも今は職に就くことが最優先だろう。
出来れば、自分を偽ることなく自分らしく過ごせそうな場所。
今まで闇雲に自宅近くや受かりそう(受からなかった)会社に応募してきて、落ちたり何かあると『何か』を言い訳にして自分は悪くないと思い込んできた。
でも、何も悪くないのならば落とされることはないだろう。
ならばやはり自分に悪いところがある。
考えるとあれやこれや悪いことはたくさん出てくるが、それこそ際限がない。
面接者に訊ねたいくらいだ。
自分の何が悪いのか、それは永遠と出てくる難題だろう。
よもぎちゃんのようになりたい自分になるよう努力することも億劫だと思う時点で自分の下衆さがわかる。
「よもぎちゃんはすごいね」
「そんなことないですよ。いつだって恐くて虚勢しか張れません」
にっこり笑うよもぎちゃんに、強いなと思った。
そのまま何事もなくよもぎちゃんと別れた。
まるで白昼夢のような一時だった。
とりあえず、いつもの自分と違うことをしたくなった。
それくらいなら、出来そうだ。しよう。
変われるのは自分からしかない。
ペットボトルのお茶を飲みきり帰路に着いた。
まずは履歴書を書くことからだ。




