好きなものは仕方がない
当主のはずのヨシュアが去って行った後の広間は静まり返っている。
「さて、次はあなたね、お義父様」
「私も追放するか? 我が娘よ」
「そういう単純な話ではないのよ」
祝いの席の主人公は既に放逐してしまった。
乾杯も何もしていない会場で、オデットは同じ一族の一同を見渡す。
「この男が聖者であること、皆は知っていたの?」
無言だ。
だが、すぐに代表して分家の当主が「もちろんだ」と答えた。
「では、彼が己の魔法剣をダイヤモンドからアダマンタイトに進化させていたことは知っていた?」
広間の会場内がざわつく。
この反応だと、知っていた者はほとんどいなかったようだ。
「我らリースト一族の悲願は、魔法剣の材質をダイヤモンドの上位鉱物アダマンタイトに進化させること。……悲願は既に達成されていたのよ。ルシウス。あなた、どうして皆に伝えていないの?」
「………………」
「理由は?」
ルシウスの無言をオデットは許さなかった。
観念したようにルシウスが口を開く。
「私では、新たなヴィジョンを一族に示せない」
「どうして? 皆で話し合って新たな目的を探れば良いだけではないの?」
「………………」
また黙りだ。
会場からは、使用人たちも含め、一族から心配げな視線がルシウスに注がれる。
(別に吊し上げて虐めたいわけじゃない。でも、この男には妙な謎が多すぎる)
「親族会議で話し合った結果が、私の意に沿わぬ内容だったら。私は多分、従うことはできないと思うのだ」
「例えば、どんな?」
「聖者ならば聖者らしく、家を出て教会に所属し、人々の幸福や世界の平和のために尽くせ、といったようなことだ」
オデットは、青銀色の長い睫毛の目を瞬かせた。
「具体的に、何があなたにとって一番の懸念事項なの?」
何が一番、本人にとっての問題なのか。
「……この国を離れたくない」
「この国の何があなたをこだわらせているの?」
「兄の墓があるこの国を離れたくない」
というと、ヨシュアの亡き父で先代当主だ。
5年前、まだ伯爵家だったリースト家の簒奪を目論んだ後妻によって毒殺されたと聞いている。
「そっか。あなたの一番は、お兄さんだったのね」
オデットの一番は、かつて学園の生徒会長だった先輩の王女殿下だった。
ヨシュアは出奔した先王弟。
そしてこのルシウスの一番は、亡くなった兄だったということだろう。
「なら仕方ないわね。無理強いはしないわ」
麗しい容貌で感情も希薄だと勘違いされることの多いリースト一族だが、とんでもない。
一度執着したものへのこだわりは、並大抵のものではない。
それが恋愛感情かと言われると議論の残るところだが、好きなものは仕方がない。
心の拠り所に対して、他人がとやかく言う権利はないものだと弁えているから、称号や能力に見あった行動を起こさないルシウスに対しても皆は寛容だったわけだ。