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プロローグ

 ここは剣と魔法と『ステータスオープン!』のある世界。

 舞台は、円環大陸の北西部にある、魔法魔術大国と呼ばれるアケロニア王国で始まる。




 この国にはリースト伯爵家という魔法の大家があって、一族の者は皆、青みがかった銀髪と湖面の水色の瞳の、大変麗しい容貌の持ち主として知られている。


 オデットはそこの本家に生まれた令嬢だ。上には年の離れた兄がひとりいる。

 年は16歳。貴族学園の高等部に入学したばかりの1年生である。

 一族特有の青銀の髪は真っ直ぐで、腰まで伸びている。

 湖面の水色の瞳の虹彩には、銀の花が咲いたような模様がある。

 彼女も一族の者や家族と同様に、見る者の心を蕩かすような麗しの美貌の持ち主だった。




 当時、伯爵令嬢だったオデットが通っていた貴族学園の高等部では、自由恋愛が流行だった。

 だから、入学後間もないオデットが同級生の男子生徒から告白されたとき、自分には既に家同士で決められた婚約者がいるからと断っても、


「今はそんな考え古いよ。学園にいる間だけでもいいんだ、僕の恋人になってくれないだろうか」


 としつこく食い下がられてしまった。


 オデットは幼い頃から儚げな外見に見合ったおとなしい少女だったので、やはり男子生徒からの告白は断った。


「もしかして、誰か他に好きな人でもいるのかい?」


 繰り返し、婚約者がいるからと断るオデットに、なおも男子生徒は迫ってくる。

 婚約者がいても、好きな人がいないならまだ自分にもチャンスがあると考えているようだ。


「好きな人。おりますわ。生徒会長様をお慕いしておりますの」

「はあ? 生徒会長は女性だろう?」

「? ええ、そうですね。王女殿下であらせられますもの」


 好きな人は、と聞かれたから、正直にオデットは答えたのだ。

 貴族学園は小等部も中等部も男女で分かれていて、共学になったのはこの高等部から。

 その頃のオデットにとっての「好き」は、友情も愛情も、尊敬も何もかも一緒になったもので、区別されていなかった。

 家族を除けば、ずっと女性ばかりに囲まれていた環境だったから、好きか嫌いかも女子たちとの関係でしか考えてこなかった。


 だから、その直後に男子生徒に言われたことに、とても傷ついた。


「信じられない! 女性が女性を好きだなんて、気持ち悪い! 僕の求愛が迷惑ならそう言ってくれればいいじゃないか、そんな嘘をついてまで拒むなんて! 見損なったよ、オデット嬢!」

「私、嘘なんてついておりません」


 オデットは必死に言い募ったのだが、男子生徒は聞く耳を持たなかった。


「もういい! 同じ女性の王女殿下が好きだなんて言う女、告白なんてするんじゃなかった! ああ恥ずかしい!」


 咄嗟に、思わず手が出てしまった。

 それでも淑女のオデットがふつうに叩いただけでは、ぺちん、と可愛らしい音がたつだけだったのだが。


「な、何をするんだ!?」

「あなた、最低だわ。自分の勝手なことばかり言って、私があなたの意に添わないことを言ったからと、一方的に批難するだなんて。私はあなたのような人が大嫌い。だからあなたからの交際の申し込みはお断りします」


 普段ならそんな強気なことは決して言えないはずのオデットだった。

 だが、オデットは本気で生徒会長の王女殿下に憧れていたので、彼の言い草がどうしても許せなかった。

 言うだけ言って、さっさとその場を立ち去り、後はもう彼のことなど忘れてしまうことにした。




 これが、リースト伯爵家の令嬢オデットに起こる悲劇の始まりとなった出来事だった。


 オデットに告白してきた男子生徒は、国内の有力貴族、フォーセット侯爵家の分家出身。彼自身は本家筋の令嬢の婚約者だった。

 このときの告白劇がどう漏れたものか、男子生徒の婚約者のフォーセット侯爵令嬢の耳に入り、オデットは彼女からも逆恨みされることになった。

 格下の伯爵令嬢が自分の婚約者を奪おうとしたと曲解したのだ。


 フォーセット侯爵令嬢は、オデットに告白して手酷く振られた自分の婚約者と結託して、オデットを陥れる計画を立てた。




 一方オデットは、この件を機に心機一転、中等部までの穏やかな自分を改造することにした。


 淑女たるもの、殿方より前に出ることなく控えめに。


 そんな貴族令嬢のマナー本はすべて燃やして、思うままに学園生活を送ることにしたのだ。


 そもそも、オデットのリースト伯爵家は魔法の大家であり、魔法剣士の家なのだ。

 オデットも幼い頃から魔法剣士としての訓練をさせられてきたが、あまり好きではなかった。


 だって、婚約者が「剣を使う女などはしたない」と文句を言ってくるから。

 それはリースト伯爵家の女すべてを侮辱する言葉だったが、強く言われて、大人しかったオデットは無条件に頷いて受け入れてしまっていた。

 それまで、オデットの知る“男性”とは、父親や兄のような麗しくも優しい美丈夫ばかりだった。

 だが、同い年の婚約者は熊のようなずんぐりむっくり体型の大男で、そんな男に詰め寄られたら、か弱いオデットは従うしかなかったのだ。


 でも、もうそんな自制はやめた。

 オデットは強い女になると決めたのだ。


 オデットの婚約者は、そんな彼女の突然の変貌に苦言を呈してきたが、忠告は無視することにした。

 婚約者は自分を立てるために成績をセーブしろなどと言ってくる男だったから、ろくなものではない。

 しまいには「お前のような女は婚約破棄するぞ」と脅しまでかけてきたが、それこそ望むところだった。

 自分の人生に制限をかけてくるような男と、結婚などしたくはない。




 そしてお転婆という言葉では言い表せないほどオデットが学園でやんちゃするようになって、しばらくした頃。

 その行動がさすがに目に余ると、生徒会室に彼女を呼び出したのが、何とオデットの憧れてやまない生徒会長だったのだ。


 窓から夕陽の差す教室で、生徒会室は一面オレンジ色だった。


(ああ。何だろう、とても切ないような、悲しいような。不思議な気分)


 オデットを呼び出した生徒は、学園の3年生で生徒会長のグレイシア。

 この国、アケロニア王国の王女殿下だった。

 豊かな波打つ黒髪、輝く黒い瞳。

 一見すると男性的な端正な顔立ちだが、ビリジアングリーンの制服のブレザーの上からでもわかる豊満な胸元や括れたウエストと相俟って、とてもセクシーな女性だった。


 オデットはたんまりと日頃のやんちゃ行為へのお説教を頂戴し、しまいには不貞腐れて横を向いてしまった。

 そんな彼女を見て、王女殿下は仕方なさそうに笑った。

 そしてオデットの艶のある青銀の長い髪を一房手にとって、


「綺麗な髪だな」


 と言った。

 そして髪に口づけた。


 多分、ふたりきりのシチュエーションが良かったのだと思う。

 オデットは深いことは何も考えずに、黒髪黒目の先輩に詰め寄った。


「先輩、キスしてもいい?」


(どういう反応するのかな。……あの男みたいに、気持ち悪いって言われてしまうかしら)


 だがそんなオデットの心配とは裏腹に、王女殿下は驚いてその黒い瞳を見開きはしたものの、すぐに笑ってオデットの細い顎に指をかけて顔を上げさせた。


「悪い子だ、オデット。……内緒だぞ?」


 音も何もたてず、そっとオデットの小さな唇に口づけたのだった。


 オデットは思った。

 ああ、もう死んでもいい。




 憧れの先輩にキスしてもらえた。


 浮かれた気分のまま、余韻を味わいたいからと家の馬車を先に返したのが良くなかった。


 自宅へは徒歩でも30分とかからないからと、歩いて帰ろうとしたのがオデットの運の尽きだ。

 放課後の夕方過ぎ、生徒会室を後にして夜道を歩くオデットは誘拐されてしまったのだ。

 オデットを誘拐したのは奴隷商だった。

 しかも奴隷商をけしかけてきたのは、何とオデットに告白してきたあの男子生徒と、その婚約者の侯爵令嬢ではないか。

 罠に嵌められた、と気づいたときにはもう遅い。

 そのまま誘拐されあっという間に国外に運ばれて、気づいたときにはオークションにかけられていた。




 オークションでは売り物だからと髪も肌も手入れされ、光沢ある緑色のシルクのドレスを着せられた。

 しかし丁重な扱いはそこまで

 売られた先は嗜虐趣味のある豚のように醜悪な男のもとだった。

 故郷ではその頃には既に魔法剣士として、強さを恐れられるようになっていたオデットも、魔力封じの術によって魔法どころか、身体強化も何も使えなくなって抵抗する術がなかった。

 魔法が使えなければ、オデットはか弱いただの少女に過ぎなかった。

 もっと自分の肉体そのものを鍛えておけば良かったと思っても後悔先に立たず。


(でも、この身には自動発動の魔法が仕掛けられている)


 オデットはリースト伯爵家、直系の娘だ。莫大な魔力を持つ血筋の女だった。

 そんな彼女には、身を守るための魔法が仕掛けられている。

 本人が不慮の事故で死ぬようなことがあれば、自動的に。

 あるいは、本人にとって命の危機に等しい状況に陥ったと思えば、自分の意思でも可能になる。

 ただ、安易に発動することのないよう、発動条件が少々厳しかった。




 落札者の男に従わないオデットは、振り下ろされる鞭で、白い肌はあちこちミミズ腫れで赤く腫れ上がった。

 緑のドレスもあちこち破けている。

 男の芋虫のような指が、オデットのドレスを胸元から引き裂いた。

 胸が片方、乳首まで露わになる。

 男が舌舐めずりする。臭い息を放つ唇がオデットに近づいてきた。


 ここだ、とオデットは魔法の発動を決めた。

 男の太って弛んだ肉体を思い切り突き飛ばす。


 オデットの身体を足元から順に、透明な魔力の樹脂が覆っていく。


「ふふ。お前のような豚に、高嶺の花(わたし)はもったいなくてよ」


 そこで指を咥えて悔し泣きでもしてなさい、と最後まで言う前にオデットは完全に透明な樹脂の中に封印された。


 オデットの身を封じたものは、“魔法樹脂”という。

 彼女の実家、リースト伯爵家が得意とする魔法のひとつで、魔力で透明な樹脂を形成し、物品を封入するものだった。

 中に封じ込められたものは、時間の経過が止まる。


 解凍されるまで、これからオデットは何年、何十年、何百年でも、己の魔力が続く限り、16歳の肉体のまま時間も意識も止まった状態で過ごすことになる。





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