8 嫉妬しないのか?ええ、嫉妬しないわよ
いきなり大声で言われ、思わず眉間にシワが寄る。私は、夏目が言っている意味が全く分からず首を傾げた。
嫉妬?何に対して?
「嫉妬?何に嫉妬しろって言うのよ」
「俺に縁談の話がきたことにたいしてだよ!」
「あんなの、ただのモテ自慢じゃない!」
私は、怒りに任せて叫ぶ。ほんと呆れる。
「大体、私は貴方のことが好きじゃないの。好きじゃないのに、他の女性の話をされても何も思わない!嫉妬しろ?何それ、押しつけじゃない」
私は思いっきり机を叩いた。その拍子にカップが倒れ飲みかけの紅茶は机に広がった。けれど、そんなことお構いなしに私は夏目を睨み付ける。
すると、負けじと夏目は言い返してきた。
「俺は、嫉妬した!お前が他の男と喋ってるところを見て!俺には笑いかけてくれないのに、お前はッ」
「あー…あー分かったそういうこと」
私は納得し、ため息をつく。つまり、この男は私が橘さんと話しているところを偶然(後を付けられていたのかも知れないけれど)みかけ嫉妬し、話しかけ八つ当たりのように春音の話をしたのだ。私にも同じ気持ちを味わって貰いたいから…嫉妬して欲しいから。馬鹿みたい。そんなことでいちいち嫉妬するわけないじゃん… それに、私だって…… そこまで考えて、私はハッとする。私は今何を思った? 違う、そんな訳がない。
私は、夏目の事が嫌いで…でも、なんでこんなにも感情的になっているのだろうか。
「普通そういうことされたら、自分への愛情が冷めたんじゃないかって誤解するものよ」
私は倒れたカップを起こしそう吐き捨てる。
もし仮に、エスタスがそういう理由でイヴェールに嫉妬して欲しいというバカな理由で他の女性といちゃついているところを見せていたというなら…彼はとんだ阿呆だ。
まあ、私が彼を書いているわけだけど…それでも、彼のことはよく分からなかった。だけど、今夏目が私にした事と重ねたら何となく理解できた。
「私の事がそんなに好きなら、回りくどいまねと愛情の押しつけをやめて」
「……悪かった」
と、夏目は一言私に謝罪した。
正直驚いて、私は言葉もでなかった。夏目が謝罪したのだから。いつもならまたここで食い下がってくるものと構えていたのに、彼は申し訳なさそうに悪かったともう一度いい頭を下げた。
「イヴェールもそう思っていたのかも知れないな…」
そう夏目はぼそりと呟いて、悲しそうに笑う。
どうして、そこでイヴェールの名前が出てくるのか分からなかったが、彼なりに反省したのだろうと軽く流した。そういえば、彼は私の本を購入していたみたいだし…自分の行動とエスタスの行動とでも重ねたのだろうと、私は一人納得していた。
「それじゃ、私は一人で作業したいから帰るわね」
私は立ち上がり、鞄を持つ。すると、夏目が何か思い出したように言った。
「埋め合わせがしたい」
「何の?」
私は首を傾げて聞き返すと、夏目は2枚のチケットを取り出した。それは有名なテーマパークのペアチケットだった。
「本当は、ここに行かないかとお前に言うつもりだったんだ」
と、夏目は言って私に差し出した。
それからさっきのことをぐちぐちと言いながら続ける。
「あの男への嫉妬で言うのを忘れてたんだ。今週の土曜日、二人で行こう」
「つまり、デートしろ?って言うこと」
「そうだ…いいや、違う」
夏目は慌てて訂正する。先ほどの言葉が刺さったようで、彼なりに押しつけにならないよう言葉を選んでいるらしい。
「俺とデートしてくれ…お前をデートに誘っているんだ」
あまり変わっていないような気がするけど、まあいい。
しかし、デートとは好意を持った二人が予定を組んで会うことで、私は彼に一切の好意はない。だから、これは断じてデートではない。
けれど、彼が持っているそのテーマパークのチケットは子供の頃からずっといきたかったところで最近リニューアルもされたらしい。一人ではなかなか行けないハードルの高い場所だから、この際夏目とでもいいから行きたいと、彼とデートすることになってしまうかも知れないという気持ちより増さったため私は承諾した。
「デートじゃないけど、でも、そのテーマパークには行ってみたい。だから、仕方なく貴方と行ってあげる」
「素直に喜べよ」
と、夏目は苦笑して私の頭を撫でる。私はその手を払いのけて、少しだけ嬉しかったことを悟られないよう、そっぽを向いてやった。
「そういえば、いつ行くって…」
「今週の土曜日だ」
「…今週の土曜日って、明日じゃない!?」
私はカレンダーの日付を思い出し、驚愕の声を上げる。
どうして、そんな急な予定を入れるだろうか、此の男は。
「……本当に急すぎる。なんでもっと早くいってくれないの!?」
まだ夏目の家に来て一週間しか経っておらず、家事で服が全て燃えてしまったため今買いそろえている途中なのだが、買い物…しかもテーマパークに着ていくような服は家にないのだ。
「そんなの、買えばいいだろう。何なら、今から買いに行くか?」
「結構です。貴方とは一緒に買い物に行きたくない」
私は、夏目の提案を却下した。彼は、私が断ると思っていなかったのか驚いた顔をしていたが、何故か安心したような表情で続けた。
「まあ、お前用の服は何着か買ってあるから、それを着ればいい」
「へえ…って、はい!?私用の服を?それってどういう」
言葉通りの意味だが?と、夏目はきょとんとした目で私を見つめた。
通りで最近、クローゼットに女性ものの服が増えていたわけだ。真逆、自分用の(そもそも私と夏目しかいないのだが)服だなんて思ってもみなかった。サイズもぴったりだった…うん?そもそも何で夏目は私の服のサイズを知っているの?
「…なんで、貴方が私の服のサイズ知ってるのよ!」
「ほら、毎日一緒に寝てるだろ?」
「誤解を招く言い方しないで!」
私は、夏目を指さした。夏目は悪びれる様子もなく、私が怒る姿を楽しそうに眺めていた。
確かに、此の男と一緒に寝ているがそう言った関係はなく、ただキングサイズのベッドが羨ましく夏目一人で寝るには大きいだろうと私が言ったところ、半分使えばいいと彼が言ったので勢いのまま二人同じベッドで寝ることになった。元はと言えば私が原因で、ソファーで寝ると言ったら夏目は怒るし自分がソファーに行くからベッドを使えばいいなど言い合いになった為、仕方なく今の形に収まっている。
寝ているときは手を出さないという条件を突きつけ、破ったら出て行くと彼にはいったはずなのだが…
「真逆、私が寝てる間に私の身体に触れたんじゃないでしょうね!」
と、私が言うと夏目が一瞬固まった後、吹き出した。
「俺はお前と約束したからな。お前には指一本触れてない」
「なら、なんで分かるのよ」
「抱きしめたとき、俺の腕にすっぽりとはまるサイズだったからな」
と、夏目は得意げに言う。胸をはって言うことでもないのに。
確かに、私の身長と体格では夏目の腕の中にすっぽりはまってしまう。私は日本人女性の平均身長ぐらいで高いとも低いとも言えない。ただ、小食で子供の頃満足に食事を取れていなかったため小柄に見える。悪く言えば肉付きがよくない。
それに比べ夏目は高身長で筋肉質、顔も整っていて、まるでモデルのようにスタイルが良い。彼には何度か抱きしめられ(私はいいといっていないのだが)、その時いつもなんとも言えない安心感と心地よさを感じる。
と、そこは問題ではない。言いたいのは、ただそれだけのことで私のサイズが分かるのかと言うことだ。これ以上とやかくはい言わないが…
「はあ…まあいいわ。買う手間が省けたわけだし」
「そうか、それはよかった…お前はどんな服を着てもきっと似合うだろうからな」
「何よそれ」
私は、呆れたようにため息をつく。
この男は、よくこんな恥ずかしいことを平気で言うことができるのか…… もし、私の趣味に合わなかったら全部捨ててやると、私は心の中で思った。
「明日が楽しみだな。何せお前との初デートだからな」
「デートじゃないからね」
私は、夏目に釘を刺した。
デートではないけれど…そう思いながらも、私の頬はかなり緩んでいた。
誰かと何処かに出かけるなんて初めてだから、ほんの少しだけ楽しみに思えた。