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6 ◆




 イヴェール・アイオライトは、元奴隷の少女だった。




 幼い頃の記憶はなく、気がつけば奴隷商人にかわれ奴隷としてオークションに出される前夜から彼女の物語は始まる。イヴェールは、焼き焦げてしまったようなくすんだ黒髪と、名の通りアイオライトの瞳を持つ少女だった。綺麗にすればそれなりの美女だったのだが、奴隷として粗末な食事しか与えられず全身骨が浮き出ており、肌も殴られ青痣だらけだった。



 そんな彼女は、奴隷商人達の目を盗み逃げ出した。雪の降る街の中一人で走る彼女。しかし、空腹と身体の痛みでその場で倒れてしまう。逃げたところで彼女の居場所などなかった。


 自分がどこで生れ育ち、そしてこうなったのか彼女は分からなかった。

 ボロ雑巾同然の彼女を誰も助けてはくれなかった。待ちを行き交う人は邪魔だと言わんばかりに彼女を避け蔑み、徹底的な無視を決め込んだ。



 雪は酷くなり、もうこのまま凍え死んでしまうのかと思ったとき、目の前に手が差し伸べられた。動く気力もなかった彼女は、視線だけをその手の主に向ける。そこにいたのは、黄金に輝く金髪と、レッドベリルの瞳を持った男だった。格好からして、貴族…イヴェールは状況が理解できなかった。すると、目の前の男は言ったのだ。




「いい目をしてる。一緒に来い」




と。そうして、氷のように冷たくなったイヴェールの身体を男は持ち上げ濡れないよう自身が羽織っていたマントを彼女に掛け歩き出した。そこでイヴェールの意識は途絶える…






 目が覚めるとそこは見知らぬ場所だった。奴隷商人達から逃げれたのが夢だったのかとさえ思った彼女だったが、オークション会場でもなさそうでイヴェールは身を固くした。ここは一体何処なのか、自分はどうなるのか……不安が一気に押し寄せてくる。煌びやかな装飾が施されたベッドや絨毯、宝石のような光を放つシャンデリアまで、イヴェールは見たこともない自分の生きてきた世界とは全く違うこの空間に怯えていた。 


 イヴェールは、恐ろしくなってその場から立ち去ろうとしたが、この部屋唯一の扉が開きイヴェールは完全に逃げ場を失う。すると、意識を失う前に出会った金髪の男が部屋に入ってくる。入ってくるなりイヴェールを見つめ、安堵の笑みをこぼす。


 その笑顔を見た瞬間、何故か胸が締め付けられるような感覚に襲われた。今まで感じたことの無い感情に戸惑いながらも、警戒心を解くことなく、ただじっと男の次の言葉を待った。そうして、男は口を開いた。




「今日からここがお前の住む場所だ」

「…え…え…?」




 そう男は言うと、イヴェールの寝ているベッドに腰を下ろした。そして、ゆっくりと手を伸ばして来る。

 思わず後ずさりをしたイヴェールだったが、男の顔から笑顔が消えるとイヴェールの身体はピタリと固まった。そして、叩かれる…と目を瞑ると、頬に触れたのは優しい温もりだった。



 イヴェールは驚き、顔を上げる。

 そこには、先ほどまでの冷たい表情ではなく、慈しむような微笑を浮かべた美しい男性がいた。


 イヴェールは、信じられないと口を開く。




「ど、どうして…叩かないのですか?その、あの…えっと」




 イヴェールがそう聞くと、男は何故だ?と首を傾げる。そして、優しく頭を撫でられる。イヴェールはその行動の意味がわからなかったが、不思議とその手に嫌悪感はなかった。


 それどころか、今まで与えられたことのない温もりに涙が溢れ、そのまま泣いてしまう。

 男は、泣き止んだイヴェールに優しく微笑みかける。それから、優しく抱きしめられ背中をさすられた。 


 イヴェールは、初めて感じる他人の体温に戸惑ったが、次第に心地よさに身を任せていた。これはきっと都合の良い夢だろうとイヴェールは思った。しかし、今はこの温もりを感じていたい。そう彼女は初めて笑った。



 それから、イヴェールが落ち着いたところで男は安心したように先ほど話した「住む場所」そして、自分が何者なのか話を再開した。




「俺は、エスタス・レッドベリル。いずれこの国の王になる男だ」

「…エスタス…レッドベリル……王……え、はう!?」




 イヴェールは男の名前を聞いて、慌てて頭を下げた。その名前にイヴェールは心当たりがあったからだ。


 エスタス・レッドベリル。この帝国の第二王子であり、次期国王と噂される『暴君』である。第一王子は身体が弱く、先が短いとの噂もあり、実質彼がこの国を継ぐことになるだろうと言われている。そんな彼の性格は荒く、横柄な振る舞いをすることで有名だった。戦いを好み、無数の屍の上に立つ姿は王というよりかは軍人だと。常に血を纏い、不機嫌であればただ目が合っただけでも首を跳ねてしまうほど。暴君の名にふさわしい皇太子だった。


 そのため、国民からも家族からも嫌われ命を狙われてきた。誰からも愛されない第二王子…それがエスタス・レッドベリルなのだ。

 そんな人物がなぜ自分を助けたのか、イヴェールには理解できなかった。今目の前で笑みを浮べているのは、本当にあの噂の暴君エスタス・レッドベリルなのだろうか。




「お、恐れながら申し上げます!私は貴方様に助けられる理由などありません!私のような汚い奴隷をッ!殿下の評判がッ…」




 イヴェールの言葉に、エスタスは驚いた顔をする。そして、ふっと笑うと再び頭を撫でてくる。その手つきはとても優しくて暖かく、イヴェールは困惑した。




「お前は自分のことを卑下しすぎだ」

「そ、それは……私は奴隷ですから…汚れています」

「お前は綺麗だ。それとも、俺の目が腐ってるとでも言いたいのか?」




 滅相もございません。とイヴェールは首を横に振る。エスタスは「ならいい」と満足そうに微笑んだ。

 噂とは全く違う皇太子を前に、イヴェールはどう接すればいいのか…いいや、元から奴隷の身分で彼と話すなんておこがましいことだ。それに、今は優しくともいつ機嫌を損ね首をはね飛ばされるかわからない。そう思うと、イヴェールの心は恐怖に震え上がった。しかし、もうあの冷たく恐ろしい場所にいるぐらいなら…と、顔を上げる。




「わ、私は…ここで何をすれば…いいのでしょうか」

「お前はいるだけでいい」

「え、それは、えっと…どういう…」




 イヴェールは予想外の言葉にまたもや困惑した。

 てっきり、奴隷の身分だと分かっているから雑用やメイドより酷い重労働でもさせられるのかと思っていた。しかし、彼は全く思ってもいないことを言ったのだ。




「俺の側にいてくれればそれでいい」




 ただそれだけだと。そして、「だから、何も心配することは無い」そう言ってエスタスは再びイヴェールを抱き寄せた。




「でも、私は奴隷で…っ」




 そういうと、エスタスは眉をひそめ「そんなことは関係無い」ときっぱりと否定した。




「俺はお前が欲しいと思っただけだ」

「……」

「俺の側に置いておきたいと……そう思った」

「それが、理由なのですか?」




 エスタスの言葉に、イヴェールは何も言えなかった。まさか自分がこんな言葉をかけられるとは思っていなかったからだ。今まで、自分を物として扱い、人間として見てくれる人はいなかった。イヴェールにとって、初めてのことだったのだ。自分の存在を認めてくれた人は。


 噂は、噂でしかなかったのかとイヴェールは胸をなで下ろす。




「ああ、だからお前は俺を一生好きでいろ。今日からお前は俺のものだ」




 そう、力強く言うエスタスに、イヴェールはまた涙を流した。誰よりも輝いている彼に、全てを捧げようと思った。




 奴隷の少女イヴェール・アイオライトはこうして恋に落ちた。

 暴君と恐れられているエスタス・レッドベリルに――――――――



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