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イヴェール・アイオライトははたしてただの奴隷だったのだろうか。
彼女は記憶をなくし、奴隷商人達に捕まり奴隷として1年、いや2年程過ごした。それは売られては逃げ、売られては逃げの繰り返しだった。
その後、エスタスと出会い恋に落ちた。
しかし、その奴隷になる前の空白の時間一体彼女はどのように過ごしたのだろうか。
イヴェールには苗字があった。平民は普通苗字を持たなかったため、エスタスや皇宮の使用人達は彼女の事を不思議がり疑っていた。確かに拾われてきた当時、見た目は小汚い奴隷で、骨が浮き出ていたほど痩せこけていた。
しかし、作法やマナーと言った貴族として必要な知識を持っていた為、どこかの貴族の隠し子ではないかと言われていたのだ。一応、それらを一から全て習い直したのだが、それにしても覚えが早く完璧にこなした。
そんな彼女の出自を調べるため、エスタスは隣国から遠い国の文献まで読みあさった。そして、ある記述を見つけた。
それは、滅亡したある小国の姫君であると言うものだった。しかし、大国に滅ぼされてしまった為に、名前までは記載されていなかった。
エスタスは彼女がその滅亡した小国の姫君だったのではないかと思い始めていたが、それを確かめる術はなかった。
また、それをイヴェールには確かめずにいた。もし違った場合彼女を傷つけるかもしれないと恐れたからだ。
しかし、それらを全て知る人物がいた。
それがイェシェィン・マカライトだった。
彼は、イヴェールが小国の姫君だったこと、かつて捕虜だった自分を逃がした少女だったことを知っていた。エスタスが彼女を拾い、王族だと知る前からずっと。
そして、自分がずっと探し求め、恋い焦がれていた人物であることを。
イェシェィンはイヴェールの事が大好きだった。それはもう、イヴェールの幸せが自分の幸せなのではないかと思うほどに。
あの日救いの手を差し伸べてくれた彼女のことを1日たりとも忘れたことはなかった。
皇宮で再会したとき、彼女は自分の事を覚えていなかった。記憶喪失だと知らされたが、もし彼女が記憶喪失でなかったとしても何年も前のことなど覚えていないだろうと。
また以前は綺麗だった黄金の髪もくすみ焼け焦げ真っ黒になっていた。以前の彼女の面影はなかったが、一目見たとき彼女だとイェシェィンは確信した。
だが、イェシェィンは彼女と再会できた喜びよりも、彼女が自分では手の届かない男の元に行ってしまったことに対して絶望していた。そして、嫉妬という醜い感情に飲まれていった。
ずっと、ずっと大好きで恋い焦がれ求め探してきた女性が他の男と結ばれる事を何が何でも阻止したかった。
だからイェシェィンは行動を起こした。エスタスからイヴェールが離れるよう仕向けた。
エスタスを唆し、イヴェールから引きはがそうとした。
イェシェィンはエスタスにフラれてしまえば、イヴェールが自分の元へ戻ってくると思っていた。そうして、傷ついた彼女を癒やし彼女の心を自分に向けさせる……
そうして、全て計画通りに言ったイェシェィンはイヴェールがエスタスに振られたと聞いて歓喜した。だが、イヴェールの心はずっとエスタスにあったわけだ。
どうして自分ではないのか。
一人の女性を愛し、幸せに出来ず人にそれを教えて貰わなければ行動出来ない皇太子の何処がいいのかと。
自分がどれだけイヴェールを愛し、恋い焦がれているのか知りもしないで。
しかし、イェシェィンはイヴェールに自分の思いを伝えることはなかった。否、出来なかった。エスタスのお気に入りである彼女を奪うという事は即ち、彼を敵に回すということ。そんな無謀な賭けに出ることはできなかった。
彼女が自分を好きと言って、エスタスの元を離れてくれるまで思いを伝えずにいた……けれども、その願いは、そんな日は訪れることはなかった。
――――――― 何故なら、イヴェールは死んでしまったのだから。
 




