8 一つ気がかりなこと
あの日以来特に何もなく、頻繁にスマホを開いては閉じるの繰り返しをしていた。
夏目から連絡が来るのではないかと期待してスマホを握っているが、連絡が来るのは春音さんばかりで。彼女曰く、夏目はいつも通り大学に行って時々一人で食事に行ってと変わりなく生活しているらしい。元気そうで何よりなのだが、いつまで経っても私に連絡してくる気配がないのは少し腹立たしい。
「夏目は如何してるの?」
『いつも通りです!いつも通り、歩いていて時折あの色は冬華さんに似てるだとか、あの服は冬華さんに似合うだとか言ってます』
「そう…」
春音さんと連絡を取り合って、そんな話ばかりしていた。
そして、気付けばまた1週間が経過していた。私は、基本今日も一日引きこもり生活だ。
以前までは気軽に外に出ることが出来ていたのだが、橘さんは私が外出することを良しとしていないようで。まあ、窮屈には感じていないため過保護すぎるなあ程度に思っている。
それ以外は橘さんも普通だし。
「普通…なのかな」
橘さんのことを思い出すと、ふと疑問が生まれた。
そういえば、橘さんは私が夏目と出会ってから行く先々に現われた…気がする。それはただの偶然かも知れないがもしそうだったとしたらストーカーなのではないかとすら思った。しかし、夏目の方がよっぽどな事をしているためまだ橘さんの事は許容範囲である。
私が橘さんに対して甘いというか、信頼を置いているからかも知れないけれど。別に危害を加えてくることもないし、それに何だかんだ優しいところも嫌いではない。
それに、橘さんとの時間が増えてから彼はよく笑うようになったし。
いつも何処か違う方向を見ていて、表情筋が固まっているのかと思ったけどそうではないらしい。きっと、ボロアパートで専業作家の私の事を心配してくれていたからだろう。その心配が今なくなって、少し気が楽になったのではないかと思った。
そう思うと、かなり橘さんには迷惑かけてるし、申し訳ない気持ちにもなる。
「誰と連絡してるんですか?」
「わっ…吃驚した。秋世さんおはようございます」
突然現れた橘さんに驚きつつ挨拶をする。
私はスマホをポケットの中にしまうと橘さんの方を見る。橘さんは、じっとこちらを見つめて動かない。
「えっと」
「連絡相手は?」
私の言葉を遮るように橘さんが質問してくる。相変わらず、橘さんの瞳は真っ直ぐで吸い込まれそうになる。
どう答えようか悩んでいると、橘さんが私の頬に手を伸ばしてきた。そして、そのまま指先でそっと頬に触れる。
「…っ」
「……ああ、すみません。つい」
「いや、別にいいですけど……」
橘さんの行動に驚いて声を上げれば、すぐに手を引いて謝られる。
「ああ、えっと。友達と連絡していて」
「友達ですか…?」
「はい。最近仲良くなって…この年まで友達と呼べる人がいなかったので嬉しいんですよね。勿論女の子ですよ!」
嘘は言っていない。
何故、そこまで言わないといけないのかと私は不満に満ちた目で橘さんを見つめた。
私が誰と連絡を取ろうがかってだろうに…
橘さんは安心したように笑い、仕事があるので。と、言って部屋から出て行った。
「はぁ…吃驚した」
私は橘さんが出て行った後、力が抜けそのままソファーに倒れ込む。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ見えた橘さんの顔が怖かった。
あの孔雀石の瞳に貫かれるような感覚を思い出すだけでも身体が震えた。あれは、私の知っている橘さんだったのだろうか?
私は、鞄の中に入れっぱなしだった自分の小説を手に取った。
橘さんは、あの小説の中で言えばイェシェィン・マカライトに近い存在だと言える。イヴェールの理解者で、彼女を支えてくれた人。まるで、橘さんのようだ。
イェシェィンは、誠実で優しくて…確かに過保護だったが。でも、あんなに怖い顔はしなかったし…イヴェールも彼はいい人だと、彼と結ばれるべきだと言った。
「…そうか」
私は、あること思い出しスマホを取り出した。
「ねえ、春音さん今日会えるかしら?」
 




