6 夏目が全部悪い
私は首を傾げた。春音さんが一体何を言っているのかよく分からなかったからだ。
春音さんはフォークを置いて、真っ直ぐに私の目を見た。そして、ゆっくりと頭をさげる。
「私、冬華さんのおかげで目が覚めたんです!」
「春音さん待って、まず頭を上げて」
「あげません!」
そう言って頑として頭をさげ続ける春音さん。私は困ってしまった。
まさか、こんな展開になるとは思わなかった。私が春音さんに感謝されるような事をした覚えがない。
私が困惑していると、春音さんは頭を下げたまま続けた。
「冬華さんと夏目様は愛し合っているのに、私が割り込むようなまねをして!」
「え、え…いや、別に愛し合ってはいないけど…」
春音さんは、私の言葉を聞いて驚いたように目を開いた。
どうしよう、なんか変なこと言ったかな? 春音さんは私に向き直ると勢い良く席を立った。
ガタンッ!と大きな音が鳴り響く。
「あんなに熱烈なキスをしたのにですか!?」
「声が大きいって!」
春音さんが叫ぶと店の中に居た客達は皆私達の方を一斉に向いた。
私は、春音さんを落ち着かせながらもう少し分かるように言ってくれと頼む。
「すみません、取り乱しました」
そう言うと、春音さんは再び椅子に座り直す。そして、私の目を真っ直ぐに見据えて言った。
「私は、夏目様に夏目様のいいところは何かと聞かれたとき答えることが出来ませんでした」
そういえば、前にそんなことがあった気がする。
でも、あの状況で聞かれてもすぐには出てこないだろう。私もあの時夏目のいいところなんて一つも出てこなかったわけだし…
春音さんは、拳を握りながら熱く語った。
「そうして、冬華さんは夏目様への愛を私に証明するためキスをした…」
「……あはは」
あの場の勢いでしてしまった事を今になり後悔した。とても恥ずかしい。
「そこで気づいたんです。私は夏目様のこと何も知らなくて、私の思いは薄っぺらいと」
「そんなことないわよ、きっと」
いいえ、そんなことあるんです。と春音さんは首を横に振った。
その言葉を聞いて私は唖然とした。
顔しか見ていなかったと、春音さんはきっぱり言ったのだ。確かに、夏目のあの容姿はイケメン俳優も真っ青なほど整っている。だから、顔に目が行くのは仕方がない。
しかし、もしそれだけが理由で夏目に付きまとっていたというなら春音さんの頭は本当にどうかしている。
私は、春音さんをちらりと見た。
「そんなとき冬華さんが現われたんです!愛とは何か私に教えて下さいました!」
春音さんは目を輝かせ私の手を握った。
愛を教えた覚えはないと私は春音さんを見るが、彼女の目は真剣だった。
どうやら本気で言っているらしい。私は春音さんから手を離すとため息をついた。
全くこの人は……
私はもう一度、今度は大きく溜息をつくと春音さんに聞いた。
「それで?私とな、夏目が愛し合ってるから身を引いたと」
「身を引いたというよりかは、冬華さんと夏目様の恋を応援したいと!いいえ、間近で見ていたいと思ったんです!」
厄介なカップ癖、ここに爆誕……!! 私は心の中で叫んだ。
目の前にいる春音さんは、私と夏目の関係を応援すると言い出した。そして、それを邪魔する気もないと言う。つまり、私と夏目がくっつくのを近くで見守っていたいと……。
私は目の前のケーキを見てフォークを手に取る。どれも胸焼けしそうなぐらい甘そうで、矢っ張りフォークを元の位置に戻した。
私と夏目の関係はそんな甘々ラブラブじゃない。
「なので、冬華さんを見かけたので声をかけました。謝罪と、夏目様との進展を聞くために!」
「…進展って」
春音さんに期待の眼差しを向けられ、私はどう説明するか迷った。
進展と言っても何もないのだが…進展どころか停滞…破局したに近いのだが。
これ以上誤解されるのも面倒だ。私は仕方なく春音さんに説明した。
「そ、そんな!別れていたなんて…!」
「いや、別に付合ってもなかったんだけど」
私の言葉を聞いた春音さんは目を大きく開き、口を押さえている。そして、涙目になりながら私を見た。
「切なすぎます」
私はその言葉に呆れつつ、紅茶を一口飲んだ。先ほど秋世さんと飲んでいた紅茶よりも美味しい。
私は、ふぅと息を吐いて春音さんにずっと思っていた疑問をぶつけた。
「それはそうと、私の事応援するといいながら夏目と一緒にいたのは何で?」
そう聞くと春音さんはきょとんとした顔をして首を傾げた。
まさか質問の意味がわからなかったのかと不安になったが、すぐに笑顔に戻り答えてくれた。
さっきまで泣く寸前だったとは思えない明るい表情で。その変わり身の早さに少し引いた。
「夏目様が、今度のデートはもっと冬華さんを楽しませたいって下調べをしたいから付合って欲しいと言われたので。なので、断じてデートではありませんよ!私が冬華さんの邪魔するわけないじゃないですか!」
いや、だからといって男女で水族館に行くなんて…なくはないけど、それはどうかと私は春音さんを睨んだ。
しかし、春音はそれには気づかず続ける。
「遊園地デートでは、冬華さんに不快な思いをさせたと夏目様引きずっていたみたいで、今度は冬華さんが楽しめるようにって、一生懸命だったんですよ!」
春音さんはそう言うと、目をキラキラさせ嬉しそうな顔を見せた。そして春音さんは両手を組み、頬を赤らめて体を震わせた。
どうやら春音さんの頭はお花畑のようだ。
というか夏目は遊園地での事を引きずっていたのかと、私は思わずため息をついた。あれは、確かに夏目が全て悪かったが。
「…でも、まだ私の事」
「そうですよ!夏目様の頭の中はずっと冬華さんの事ばっかりなんですから!口を開けば冬華さんの事ばかりで…」
春音さんは熱弁しているが、それを聞いているとまるでまだ夏目が私の事好きみたいに思えた。
しかし、あれから一度も夏目から連絡は来ていない。
あの時、私達は終わったのだ。もう会うことはないだろう…そう思っている。
「別れてから一度も顔を合わせてないし、連絡も来ていない」
「え…」
私の言葉に春音さんは驚いた様子で固まった。そして、信じられないと言わんばかりに大きく目を開いた。
私はそんな春音さんを見て、何だか申し訳なくなり苦笑いをした。
「それは、夏目様が悪いと思います」
春音さんは眉間にシワを寄せてそう言った。私はそれに同意するように何度も頷いた。




