4 見たくないもの
祝日の早朝だったが、水族館は多くの人で賑わっていた。家族連れやカップルが仲睦まじげにしている姿を眺めていると、チケットを買いにいっていた橘さんが戻ってきた。
「お待たせしました」
「いえ、全然待ってないですよ」
私はそう言って橘さんの持っているチケットを受け取る。
「えっと…その、変ですか?」
橘さんは私に視線を向けると、じっと見つめてくる。何か変なところがあっただろうかと、自分の服装を確認する。
温かくなってきたため、若竹色のカーディガンに白いワンピースを着ている。髪型も普段と違い、ポニーテールにしてみた。靴はヒールではなく歩きやすいローファーを履いているし、可笑しくはないと思うが…
「とてもよく似合っていますよ」
と、橘さんは微笑む。
「いつもと違う雰囲気の服だったので…見惚れてしまって。冬華さんとてもよく似合ってます」
「ありがとう」
褒められるのは慣れていなかったが、素直に嬉しかった。
しかし、橘さんは私の胸元で輝くレッドベリルのネックレスを見た途端に顔をしかめた。
「冬華さんそれ…」
「ああ、これ…?これはもらい物で」
私がそう言うと、橘さんの顔はさらに険しくなった。どうしてそんな顔になるのか分からず私は首を傾げる。
そういえば、橘さんは夏目のことあまり好いていないような…そんな印象を受ける。まあ、橘さんと夏目の性格は真逆だし相性が悪いんだろう。
そう結論付けた私は橘さんを見る。橘さんは、先ほどとは違いいつもの柔らかい笑顔で私を見ていた。さっきのは見間違いだったのだろうか。
「行きましょう、冬華さん」
橘さんはそう言い、水族館に向かって歩いていく。私は慌てて後を追った。
館内に入ると薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。魚たちは優雅に泳いでおり、その姿は美しくまるで宝石のようだ。私は水槽に近づき、ガラスに手を当てる。
ガラス越しに伝わる水の温度が心地よくて、ずっと触っていたくなる。
しばらくそうして、ぼーっとしていたのだが橘さんの声によって現実に戻された。
「冬華さんは気になるエリアとかありますか?この水族館広いですし、ほらこんな風にブースごとにわれていて」
「そうね…特に気になっているところはないんけど…でも、イルカショーは見てみたいかも」
私は水槽から離れ、橘さんについて行くことにした。
それから、橘さんは様々な場所に連れて行ってくれた。ペンギンやアザラシなどの可愛い動物たちを見て癒されたり、深海魚のコーナーでは神秘的な光景に感動したりした。
現実を忘れさせてくれるこの空間に私は酔いしれていた。初めてきたというのもあるが、こういう静かな場所が好きなのだ。
円柱の水槽に漂う色鮮やかな光を帯びたクラゲを見ていると、ふと水槽の奥に見覚えのある人物の姿が見えた気がした。
「冬華さん?」
見間違い…な筈がなかった。見間違うわけない。
水槽の奥の方で野次馬が出来ているのが目に入ると、いよいよ信じるしかなくなってきた。血の気が引いていくのが分かり、私は水槽に手をついた。
そんな私の異変に気づいた橘さんが声をかけてくるが、答える余裕なんてなかった。
心臓がバクバクと脈打つ音が聞こえる。
まさか、なんで……ここにいるの? 頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
そして、輝かしい金髪の横に見慣れた薄桃色の髪の女性を見つけ私は橘さんにもたれ掛った。
「冬華さん大丈夫ですか?顔色が悪いみたいですし…」
と、橘さんは私の顔をのぞき込んでいう。そうして、私が見ていた方に視線を移し、何かを悟ったように言った。
「帰りましょう。冬華さん」
「……」
私はコクリと頷いた。本当はもう少し回りたかったけれど、鉢合わせたら面倒だ。
(何で、夏目がここにいるの―――?)




