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1 私じゃない




 嫌な予感という物は的中する物ね……


 いいや、初めから分かっていたのかも知れない。こうなることだって、あの日彼と出会ってからずっと抱いていた違和感。

 その正体は矢っ張りコレだったのだと………






「ねえ、貴方が好きなのはイヴェール・アイオライトなの?」




 私は口を開き、彼女の名前を出した。夏目は、ああと一言いうと頷いた。




「俺は、イヴェールが好きだ。今もずっと…姿が変わっても、俺はお前のことが好きなんだ」

「やっぱりそうなんだ…」




 私は、夏目の手を払った。夏目は如何して?とでもいうような顔で私を見た。しかし、次の瞬間彼の表情は固まった。




「貴方が見てるのは、連城冬華じゃないのね」




 夏目は、お前はイヴェール・アイオライトだろと叫び再び私の肩を掴んだ。強く、離さないとでもいうように。


 私は、顔をしかめた。

 彼は、根本的に勘違いをしている。


 出会った時からそうだった。彼は、私をこれっぽっちも見ていない。今の私…連城冬華には一ミリたりとも興味がないのだ。彼の眼中に、彼の心の中には常にイヴェールがいた。

 私がイヴェールの生まれ変わりだから、ただそれだけ。




「貴方は勘違いをしている」

「何を…?」

「私は、イヴェール・アイオライトじゃない。連城冬華よ」




 そう言うと、夏目は目を大きく開いた。彼のレッドベリルの瞳には一瞬だけ私がうつったような気がした。


 でも、もう遅い。夏目の気持ちは分かったから…


 出会った時からきっと私は夏目に惹かれていたんだと思う。その輝かしい金髪に、レッドベリルの瞳に。すぐ怒ったり、笑ったりと表情がころころ変わって詠めない人。何度もぶつかって、言い争ったけどそれでも自然と隣にいて離れたいという気持ちにはならなかった。

 遊園地で私の家庭環境のことに同情してくれたことも本当は嬉しかった。今の私を見てくれてると思っていた。でも、それは違った。


 彼が私に同情したのは、私がイヴェール・アイオライトだったから。

 私は夏目が好きだった。彼がエスタス・レッドベリルだからじゃない。彼が久遠夏目だったから。




「…私は、夏目のことが好きだったのにな」

「…は?なんで、お前泣いて…」




 ボロボロと零れ出す涙は止ることはない。嗚咽もどんどん大きくなっていくばかりだ。涙を止めようとしても決壊した涙腺はどうしようもなく、ただ真っ直ぐぼやける視界で夏目をみることしかできなかった。

 胸の奥底にぽっかりと穴が空いたような感覚に陥る。初めて恋した、初恋だった。でも初恋の人は、彼の初恋の人に囚われている。私は失恋してしまったのだ。




「私は、てっきり貴方が私を、連城冬華という人間を好きでいてくれたのだと思ってた。でも、違ったのね…貴方が好きなのはイヴェール・アイオライトなんだから」

「言ってる意味が分からない」




 彼はそう言うと私の肩を先ほどより強く掴んだ。夏目の手は震えていた。

 何で、貴方が傷ついたような表情をしているの?傷ついたのはこっちなのに。




「私は、貴方がエスタス・レッドベリルの生まれ変わりだと知った。私がイヴェール・アイオライトの生まれ変わりだと知った。でも、私が彼女であろうとなかろうと…私はきっと貴方のことを好きになったと思う。イヴェール・アイオライトは既に死んでいるの」




 そんなことない。と夏目は口にしたが、次の瞬間しまったと口を閉じた。

 やはり、彼は私の事なんて見ていない。恋愛作家で、ただ一人の人間として生きてきた連城冬華を。




「貴方がずっとその目にうつしてきたのは、私じゃなかったのね」

「俺は…」




 彼は何かを言いかけたがすぐに口を閉じるとそのまま、俯いたまま黙ってしまった。




「そういえば、明日で一ヶ月だったわね…でも、私の答えは決まってる。私は、貴方の家を出て行く」

「…ッ!」




 本当はやり残したことはあったし、水族館デートだって楽しみだった。

 でも、私を見てくれていない人と一緒にいるなんて今の私では耐えられない。好きでいることは出来るかも知れない。けど今の私にはそんな余裕も何もないのだ。

 今までと同じように夏目をみることができない。




「最後に一つだけいい?貴方が好きなのは、私?それとも、イヴェール・アイオライト?」




 夏目は黙ったまま何も答えなかった。否、答えれなかったのだろう。

 私はそんな夏目を見て、もう全て終わったんだと彼の手を払い背を向けた。すると、夏目が待ってくれと私に手を伸ばす。

 往生際が悪いと、振返った瞬間足がもつれ階段を踏み外してしまった。




「冬華…っ!」 




 そう叫んでいる夏目の声が聞こえ、伸ばされた手を目の前にして私は今更だ。と笑った。

 この階段が急だったことをぼんやり思い出し、落ちたらただではすまないだろうと、私は目を閉じた。




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