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1 出会い



 ああ、燃えてるなあ――――



 そんなちっぽけな感想しか出てこなかった。

 鳴り止まない消防車のサイレンの音、群れる野次馬、轟々と燃えさかる炎。そして、その炎に包まれたアパート。

 ついてないなぁ…の一言では本来済まされないが、私の心は何故か驚くほど冷めていた。




(次の物件でも探すか…)




 私は、鞄からスマホを取り出し近くの安いアパートを探し始めた。


 そう、私の住んでいたアパートは今まさに燃えているのだ。

 普通なら、ここでもっと悲しむべきだろうし、家の中にあった私物はどうなったのだとか心配するだろうけど、幸いにも通帳や必要な物は全て今さげている鞄の中にあった。元々安いアパートで、そろそろ引っ越しを考えていたところだったから丁度いいかもしれない。


 いや、燃えたことは全然良くないのだが、引っ越しの際に手当が出るだろうと、私は落ち着いて考えた。

 しかし、それにしてもよく燃えているなあと思った。何が原因で発火し、これほどまで日が広がったのか分からなかった。アパートにはタバコを吸う住民もいたし、認知症が進んだ高齢者もいた。それに、今は冬で乾燥しており火災が起きやすい。ヒーターの消し忘れという可能性も考えられる。



 まあ、何にしろもう燃えてどうしようもなくなってしまったのだからあれこれ考えても仕方がない。


 私は野次馬の中で、アパート探しを始める。

 なるべく安い物件をと検索をかけるが都内で安いと言ってもかなり高いため、私はため息を漏らす。別にお金がないわけじゃない。だが、浪費家でもないため安いアパートでいいと思ったのだ。だから、このアパートに住んでいた……いや。




「…母さんが出てったからそのまま使ってるだけだった。未練も何もないじゃない」




 そう吐いて、私はスマホの電源を落とした。




 両親は私が小さい頃に離婚した。離婚の原因は父親の浮気だった。親権は母に渡り、私は母と二人で暮らしていた。しかし、それは母の計画だった。

 後々父親は浮気などしていないことを知った。何でも、母親には愛人がいてその愛人と結婚したいが為に、父親に嘘の浮気の証拠を突きつけ離婚へと持っていった。父親は分かっていたが、母親に愛想を尽かし出て行ってしまったのだ。私を置いて。


 母親は、それからその愛人を家に連れ込んだり、愛人の家に泊まり込みにいったりと私と顔を合わせることも、家にいることも次第に少なくなっていった。けれど、母親は愛人に捨てられ、また新しい恋人を作りと繰り返し、私が作家デビューした頃から、ピタリと家に帰ってこなくなった。


 元から、母の顔すら覚えていないほど関わりはなかったし、いなくなっても何一つ生活が変わりはしなかった。バイトでこつこつと貯めていたため、確かに家賃云々で厳しい生活だったがそれなりに快適に暮らしていた。



 しかし、まあそんな子供の頃から住んでいた家も燃えてしまったわけだが。



 あっけないものね…



 そんなことを思いながら、ただひたすら燃えるアパートを私は野次馬の中で呆然とみていた。燃え盛る炎はまるで生き物のように激しく動き回る。その光景を見てると何故か笑えて来てしまい、私は口角を上げていた。




「離れて下さいっ!」




と、消防士の声が響く。野次馬は一気に動き、何人もの人と肩がぶつかる。逃げるぐらいなら初めから近づかなければいいのにと、私は心の中で舌打ちをしながら流されるように一歩、二歩…と後ろに下がる。




「おい、あぶねえって言われただろ」




 すると、後ろから誰かに腕を捕まれ引っ張られた。振り向くとそこには、金髪で長身の男がいた。

見上げるほどの身長に整った容姿、そして、その瞳はとても綺麗な赤色をしていた。一瞬、その瞳に見惚れたが、すぐに我に帰るとその手を払いのけた。

 私はその男の顔を睨むようにして見つめた。その男は、少し驚いたような表情を浮かべていたが、直ぐに不機嫌そうな顔になり私を見た。




「何よ」

「離れろって聞こえなかったのか?」

「聞こえたわよ。でも、この距離なら問題ないし、あそこ私の住んでいたアパートなのよ」




 そう言って私はアパートの方を指差した。燃えているアパートは私の住んでいた部屋だった。




「そうか…」




 そう言うと、彼は私から視線を外すと、燃えているアパートをじっと見つめていた。




(本当によく燃えてるなあ)




 私は男の横でアパートを見ていると、何を思ったのか男はまた私の腕を掴み無理矢理引っ張った。あまりにも力が強く痛いと抗議すると、足を止めたが腕離してはくれなかった。




「ちょっと、何処行くのよ」

「俺の家だよ」

「はあ?」




 私は思わず声を上げてしまった。


 男は何だ?とでも言うように、私を白い目で見つめ首を傾げた。それはこっちの台詞だと、私が言うと男は納得していないような表情を浮べ私をジッと見つめた。

 美しいレッドベリルの瞳に、見覚えがあり私も男の顔をじっと見つめる。




「やっぱり、変わらねぇなお前は…」

「何一人でブツブツ言ってんのよ」

「愛してる」




 男はそう一言云って、微笑んだ。



 え、今なんて言った…?

 愛、愛してる?




「愛してるってどういう意味よ。初対面の人に向かって」




 私がそう聞くと男はまた不思議そうな顔をする。




「初対面…初対面?そうか……そう、なるのか」

「そうかって、そうでしょ。私は、貴方のこと知らないし、会ったこともない。人違いなんじゃない?じゃなくても、怖すぎるでしょ」




 私が吐き捨てると、男は目を細めて私を見ていた。私を懐かしそうに見る彼の瞳はだんだんと光を失っていった。

 そうして、ぼそりと何かを呟き薄い笑みを浮べる。




「お前は、覚えていないのか…」

「…だから、さっきから何を言って」




 私は、男の言っていることに理解できず、眉間にシワが寄る。そんな私を見て男は悲しげな表情をした。

 思考回路を巡らせるが、此の男に関しての情報は一切思い出せなかった。こんなに綺麗な金髪と、レッドベリルの瞳の男…一度見たら忘れるはずがないのに。




 ああ、でも――――――





「エスタス・レッドベリル…」




 私は思わずその名前を口にしてしまった。すると、目の前の男はパッと顔色を変える。




「なあ、もしかして…っ」

「…に、私の書いてる小説に出てくる皇太子に似ていると思っただけよ。矢っ張り貴方とは初対面」




 私はそうばっさり切り捨てた。


 男は、がくりと肩を落としまた何か呟いているようだったが、私には聞き取れなかった。


 目の前の男は、私の書いている小説『暴君の彼を落とす方法』と『それでも暴君を愛しますか?』に出てく問題の皇太子エスタス・レッドベリルにそっくりなのだ。しかし、あれはフィクションの話であって現実にいるはずが無い。それに、現に彼は現代人らしい服を着ているし、目の色と髪色を除けば別人なのだ。

 ただ、妙にエスタスと親近感がある。まあ、それは私が小説を書いているからそう思うのだけであって実際は全く違うのだろうけど。けれど、確かに何処か懐かしさを覚えた。




「しょう、せつ?」




 彼は信じられないとでも言うようにあんぐり口を開けて固まってしまった。そうして、彼は首を傾げながら何度も私の言葉を復唱した。私はその様子に呆れながらも、説明をする。




「そうよ。私は小説家なの」




 それでも尚、信じられないという顔をし続ける彼に私は鞄の中から一冊の本を出した。

 サンプルで貰った『それでも暴君を愛しますか?』の本。出そうと思っていたのとは違ったがまあそれでもいい。

 男は、その本をまじまじと見てまた頭の上にクエスチョンマークを浮べる。




「読んでもいいか…?」

「どうぞ」




 私がそういうと、男は嬉々として読み始めた。

 本来なら買って読んで欲しいところだが、彼が何を疑問に思い、何を勘違いしているのか知りたかったため、私の本を読むことでそれが解決するなら安いものだと思った。

 男は真剣に文字を追っている。そして、ページを進める度にどんどん顔色が変わっていくのだ。




「……これ、本当にお前が書いたのか」




 男が顔を上げて、私を見る。




「そうよ?何か文句あるの?」

「いや……」




 そういって、男はパタンと本を閉じた。私はその様子をじっと見つめる。

 まだ何か腑に落ちないことでもあるのだろうか?と私は、彼の顔をのぞき込むと、またいきなり腕を捕まれ、引っ張られた。




「ちょっ!」

「ついてこい」




 そのままぐいっと手を引かれ、引きずられるようにして連れていかれる。




「ちょっと!離して!」




 いくら叫んでも、彼は止まらない。一体何なんだこの人は!?どうしてこんなにも強引なんだ!!と心の中で悪態をつく。

 人混みをかき分けながら進んでいく彼の姿をただひたすら見つめるしかなかった。




(初めて会ったはずなのに…如何して、こうも…)




 燃えるアパートを背に私は男に連れられ歩いた。

 まるで、あの物語の冒頭のように…



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