9 自覚
久しぶりに料理を作って、ドッと疲れた私はリビングのソファーで一人倒れていた。
料理なんて久しぶりだった。ここに来てから外食やら、喧嘩して料理を作る時間なんて取れず二人でコンビニまで行って冷凍食品を買いあさっていたから。思えば、誰かに料理を作ったこと何てなかったなあ…と一人天井を仰ぎながら思った。
その初の相手が夏目なのは納得いかなかったけれど。
「まあ、料理は趣味で沢山作ってたし…!今は、贅沢に半額じゃない材料で作れるし!これは、勝った!」
と、一人でブツブツ呟いていると玄関が開いた音がした。
私は飛び起きて、玄関に向かう。
「お前が出迎えてくれるなんて珍しいな。やっと俺に惚れ直したか?」
「惚れ直すって何よ。惚れてないし」
「つれないな」
そういう夏目の顔は嬉しそうだった。
「そうだ、夕ご飯作ったんだけど…」
「あ…」
「あって何よ」
振り返り、夏目を見ると夏目は凄く気まずそうな顔をしていた。
言いたいことがあるならはっきり言ってと言うと、夏目は悪いと頭を下げた。
「その、夕食は済ませてきて」
「はあ!?」
私は思わず声を上げた。せっかく作ったのに……という気持ちもあったが、それよりも夏目が食べてくれないことの方がショックだ。
夏目が言うには、本当なら今日私と行くはずだったレストランに春音さんと行きそこで夕食を済ましたそう。夏目の中では夕ご飯は私と…というつもりだったのだが、ディナーまでがデートだと春音に押されてしまったらしい。まだ、夏目のことがよく分かっていないからか、私は夏目は女性の押しに弱くないものだと思い込んでいた。いや、相手が春音さんだったからかも知れない。どちらにせよ、私の料理より春音さんとレストランで食べることを選んだのだ此の男は。
「そのレストラン私も行きたかった」
「なら、今度…」
「でも、私が夕ご飯作の知ってて食べに行くってどういうこと!?連絡ぐらい入れてよ」
夏目の言葉を聞く前に私は怒鳴った。そんな私を見て、彼は困ったように眉を下げる。その表情が、余計に私の怒りを増幅させた。
それでも夏目は悪かった。と言って、あろう事か私に対して料理作れるのか?と聞いてきた。もう、此の男信じられない。
しかし、ここで怒ってお終いでは春音さんとの勝負何処のではない。私は、余裕のある女を演じるためふぅと息をつき冷蔵庫に向かう。久しぶりに料理を作ってテンションが上がったついでにケーキを焼いたのだ。ガトーショコラ…
「そうだ、ケーキ焼いたんだけどよかったら食べる?」
「遅くなったお詫びに、ケーキ買ってきたんだ」
私と夏目は固まった。
私の手にはガトーショコラが、夏目の手には白いケーキが入っているであろう箱が。そして、二人ともそのことに気が付き固まる。
私は夏目に、夏目は私に。お互いの手にある物を見る。
タイミングが最悪すぎるッ!
「ぁ、あ……」
夏目の手に握られていたのは有名洋菓子店の箱。それに比べ私が持っているのは手作りのガトーショコラ。
これを食べて何て言えない。私は冷蔵庫にガトーショコラを戻し今すぐにでもこの場を離れたかった。
何をやってもから回って、惨めになって。なんでこんなについていないのだろうか。
作った夕ご飯も食べず私は寝室へ向かおうとするがそれを夏目に遮られた。
「退いてよ!」
「…俺は、お前の作ったガトーショコラが食べたい」
「そんなの、貴方が買ってきたケーキと比べたら天と地…!無理して食べなくていい。どうせ美味しくない」
自分で言っていて悲しくなる。
夏目はそれでも食べたいと言ってくる。美味しくないわけじゃないと思う。でも、美味しいものを食べてきた夏目に、有名洋菓子店のケーキを持っている夏目を前にしたらそんなこと大きな声で言えない。
私は何度も夏目に退いてと言うけれど、退いてはくれなかった。
「俺の分はない」
「自分で買ってきたんだから自分で食べれば良いじゃない」
「お前のが食べたい。俺の為に作ってくれたんだろ?」
そう言われ、私は思わず首を縦に振ってしまった。すると夏目は満足そうに微笑み、私の頭を撫でた。
いつも以上に優しく撫でられ私は泣きたくなった。でも、泣いたら迷惑をかけるだろうしかっこわるい…それに、夏目の前ではなきたくなかった。
私は夏目の手を払いのけてガトーショコラを再び冷蔵庫からだし、切り分けた。その間に夏目は私の分のケーキを準備し紅茶を淹れてくれた。
目の前に出されたイチゴがたっぷりのったタルトを見て私は、もうどうなってもいいやと諦めた。それにしても、よく夏目はは私の好きなケーキを覚えていたな…とガトーショコラを口に運ぶ夏目を見ていた。そりゃそうか…イヴェールが好きだったものだから。
「どう?」
「本当にお前が作ったのか?」
失礼ね。と返すと夏目は、ガトーショコラと私を交互に見てもう一口食べる。
私もそんな夏目を見ながらイチゴのタルトを口に運ぶ。サクサクのクッキー生地からふんわり香るキュラソー、甘さ控えめの生クリームに甘酸っぱいイチゴ。さすが有名洋菓子店のケーキ。夏目はお世辞で美味しいって言ってるに違いないとフォークを置いた。
ガトーショコラを食べ終えた夏目もフォークを置き私を見つめる。
「これからも、作ってくれないか?」
「私の機嫌取りならいいから」
素直になれない私は、可愛げのない返事をする。
「お前の作ってくれた夕食食べたかった」
「外で他の女性と食べてきた人が何を言うの」
私はまた憎まれ口を叩く。本当は嬉しいのに、どうしてこんな言い方しか出来ないのだろうか。ガトーショコラも食べてくれたし、褒めてくれたし。それでチャラにすればイイのに。
夏目は少し考えてから口を開いた。
「…いつも俺の押しつけで、お前のこと考えずに行動して悪かった」
「今更…え?」
謝られるとは思っていなかった私は驚きの声を上げる。
だって、今更じゃない?今までずっと私が嫌がっても好き勝手してきたじゃん。勝手に1ヶ月一緒にいてくれなんて言って、人前でキスして、レストランに勝手に予約してた。
私が唖然としながら夏目を見ると、彼は真剣な顔で私を見ていた。
本当に今更だ。でも、そのことに気づいただけましかと私は息を吐く。
…まあ、それが彼の好意で彼がよかれと思って行動していたことだって事は知っている。夏目もから回っていたんだ。
「これからはお前がして欲しいこと何でもするし、聞く。お前の同意なしで何かはやらない」
「いや、別に、ほんと今更」
確かに、勝手に色々やられるのは嫌だし鬱陶しい。でも、それが今の夏目なのだ。だから私ももう慣れてしまっている。
それをいきなり直すと言われても……嬉しくないわけじゃない。
けど……
「うん…それは凄く嬉しいし、それが常識。押しつけられてもどう反応すればいいか分からなかった」
「ああ」
「でも、それが貴方なりの私への愛情表現で好意から来ているものだって知ってるから…それは嬉しい」
夏目は驚いた顔をした後、照れたように頬を掻いた。
「私は、今の貴方の方がよっぽどいいと思う」
エスタス・レッドベリルのように、愛情を確かめるためにイヴェールの前で他の女性と仲良くしたり、キスをしたりするような人間よりは全然マシだと思った。
相手が愛しているかと疑って、試すようなまねをするような事をしないだけ…それに、私を喜ばせようと頑張ってくれるのは純粋に嬉しい。
「そうか……」
夏目はホッとした表情をした。そんな彼を見て私は少し笑う。
イヴェールは、気づかなかった。愛に飢えていて愛されたい愛したいと思っていたエスタスのことを。
エスタスは、気づかなかった。イヴェールがずっと彼のことを愛していたことを。愛していたからエスタスの幸せを望み、自分の身分に苦しみ愛をしっかり伝えられなかったこと。
どっちも不器用だったから、最後…あんな結末をむかえたのだ。素直になっていればきっと変わっただろうに。イヴェールもエスタスを恨まず生きていけただろうに…
歩み寄ることが出来ていれば。
「まあ、から回ってる所も可愛いと思うけど」
「お前…可愛いって」
「怒ったり笑ったり…表情がころころ変わって、それで放っておけない」
私は、そう言いながら微笑んだ。すると、夏目は目を丸くして固まってしまった。
私はその様子に首を傾げる。あれ?私なんか変なこと言ったかな。
放っておけないって言うのは本当だ。なんだか、この人には自分が必要な気がする。一緒にいて飽きないし…もっといろんな顔が見たいとすら思う。
待って…?
「どうした?」
「なっ、なんでもない!私お風呂入るから、じゃ!」
私が慌てて立ち上がると、夏目が声をかけてくる。私は恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じて、そのままリビングを出た。
脱衣所まで来て私はその場でへたり込んだ。
ああ、そうか。そうか、そうか、そうか――――!
「私……夏目のこと好きなのか」
そう口に出すと、さらに顔に熱が集まるのを感じた。私はその場に座り込んで頭を抱える。
好きになるわけないって、恋も愛も馬鹿馬鹿しいって思ってたのに……!
私は、ギュッと下唇を噛み締める。
伝えるつもりは今のところない、伝えたら絶対調子に乗る。
それにまだ聞かなきゃいけない事がある。彼の返答を聞いてそれから伝えよう…それでも遅くない。
その前に……
「春音さんとの勝負負けたくない……夏目のためじゃなくて、高級焼き肉店に行くため!」
私は、認めたくないのでそう口にした。




