8 思ってくれる人
「あっ、連城先生こんにちは。すみません、急に呼び出してしまって」
「いいえ、仕事だから。それに、まだお昼食べてなかったし」
それなら良かった。と橘さんは微笑んだ。
お気に入りのカフェのいつものテラス席で待っていてくれているあたり、橘さんは本当に気が利くなあと思った。リモートでも出版社にいくでもなくこうして私の落ち着く場所を選んでくれるあたり…
私は店員に冷製パスタを頼み、先に注文した紅茶に砂糖を二つ入れた。
「それで、急な呼び出しの用件は?」
「実はですね…連城先生の『暴君な彼を落とす方法』のアニメ化が決定しまして」
アニメ化!?と思わず声を出してしまい、周りの客から視線が集まった。私は恥ずかしくなり咳払いをして誤魔化した。橘さんは、苦笑しながら説明を続けた。
「はい。アニメ制作会社の方々が、是非うちでやらせて欲しいと言ってくださって」
「へえ」
言葉や態度では平然を装っている私だが、内心かなり嬉しく舞い上がっていた。自分の作品がアニメになるなんて、こんなに嬉しいことはない。コミカライズ化の話を聞いたとき以上の喜びだった。デビューが決まったあの日とおなじぐらい。
私は冷製パスタを食べながら、橘さんの話しに相槌を打ち続けた。
『暴君な彼を落とす方法』は現在完結済みで、13巻まで出ている。コミックの方は3巻…先月番外編も出して貰えた。これまで出してきた一巻完結型の小説と比べれば、このシリーズが一番長く続いているし、読者にも読んでもらえている。私は、恋愛小説家としてそこそこ売れてきたと思っている。
「それで、あの…話は変わるんですけど」
橘さんは少し言いづらそうに私を見る。
ああ、多分あのことだろうと私は、薄い笑みを浮べる。遊園地で出会った時のこと…だろうきっと。
「あの、失礼承知で聞きますが…彼とは付合っているんですか?」
「付合ってないわよ。まあ、居候はしてるけど…」
と、あの時言えなかったことを私は橘さんに説明した。
遊園地デートの前の日、何処に引っ越したのかとか…夏目との関係とか。それを黙って聞いてくれている橘さんの顔は、どこか寂しげだった。
まあ、目の前でキスしているところ見せられたら何事かって思うだろうし、私もアレは夏目が勝手にやったことだって説明したかった。今度橘さんにあるときどんな風に見られて、どんな言葉をかけられるか凄く怖かったけど、何てこと無かった。橘さんは居たって冷静に話を聞いていた。
ただ、一言だけ……
「その方とお付き合いされているわけではないんですよね?」
と念押しされたときはドキッとしたけれど…… 私が、はい。と答えると橘さんは、そうですか。と言いそれ以上何も言わなかった。
「好きでもない人とそれも異性と同居するのは矢っ張り危ないですよ」
確かに、そうなんだけど…私は、紅茶を飲んだ。
「確かに橘さんの言っていることは間違っていないけど、別に私はあの人の事が嫌いというわけじゃないし…それに、お金持ちだし」
「久遠財閥の御曹司ですもんね」
「…え」
橘さんはにこりと笑った。名前は伏せていたはずだったのだが、と橘さんを見たが思えば有名財閥の御曹司だしあれだけ目立つ容姿ならばしっていても可笑しくない。私がしらなさ過ぎなだけだった。
「でも、そんな理由で男女が同じ屋根の下で暮らすのはやっぱり良くないと思います」
「うーん……それはそうなんだけど」
「…まあ、連城先生が大丈夫と言うならこれ以上は言いません。ですが、本当に困ったらいつでも言って下さいね」
「心強いです」
私はそう言うと、食事を終えた。橘さんは、私の食べ終えた食器を見て立ち上がった。
「本気で言ってますからね」
「あはは…ありがとうございます。でも、私もそこまで弱くないので」
「それでも、心配なんです。連城先生は大切な人なので」
その言葉に何処か引っかかりを覚えたが、私は気にすることなく席を立った。アニメ化の話や、下巻の原稿の話…その他一寸した世間話もして橘さんと別れた。
帰り道私は、先程の橘さんの言葉を頭の中で繰り返し再生していた。
―――大切な人だから そう言ったときの橘さんは少し悲し気な表情をしていた。
それは、大事な看板作家だからだろうか…。そうに違いないと私は言い聞かせ、買い物に行くことにした。元々それが目的だったし…と、ふとスマホを開くとそこには大量のメッセージが来ていた。十中八九夏目からだ。
何か緊急の用事だろうかと一瞬焦ったが、彼に限ってそんなことはないだろうと落ち着いて開く。すると、メッセージ欄には大量の写真…春音さんとのツーショットが送られてきていた。
思わずスマホを握る手に力が入る。
「あの野郎……またおなじ作戦ッ!?ほんと飽きないわね!?」
嫉妬して欲しいから見たいな理由でこの写真を送って、大量に送ってきたに違いない。と私は電源を落とそうとした。しかし、どの写真も夏目が撮っているわけではなく、位置的に春音さんが取ったものと思われる。私のLINEを知らないからと言って、夏目のLINEでこんな写真を送ってくるのはどうかと思う。
よく見れば夏目も嫌そうな顔をしているし……
宣戦布告…を受け私の怒りは頂点に達していた。別に、夏目が好きとかまだそこの地点まで達していないけど、これは負けるわけにはいかないと思った。
彼女に全て劣っている私に勝ち目はあるのか。いいや、夏目がそんな簡単に彼女を好きになるわけない…
私の事好きだって言っていたし…
「それでも…不安…」
私はそう呟いてからスマホの電源を落とした。
恋は一瞬で冷める。其れを私はよく知っている。春音さんは、デートとか男性との接し方とか慣れているだろう。今日だって私じゃ着こなせないような可愛い服を着ていた。化粧をしなくてもあれだけ可愛く良い匂いもして…容姿では勝てない。
私は、とりあえず料理だけでも…そう、胃袋だけでも掴もうと張り切りスーパーに向かった。せめてもの、せめてもの抵抗。
 




