6 選ばれたのは<私>じゃないじゃない
「如何したんですか?冬華さん?もしかして、緊張してます?」
「別に」
「あっ!私、夏目様への愛なら負けませんからね!」
春音さんは笑顔でそう言った。私は、その言葉を鼻で笑う。そして、握っていた手を離すした。
彼女は夏目の何が好きなのだろうか。確かに夏目は、顔はいいがかなり性格に問題がある。現に彼女だって冷たくあしらわれているじゃないか。そういうことを加味して、考えたとき夏目のいいところとは何か?と疑問が浮かんでくる。
だけど、私も彼女と同じ事が言える。好きじゃなくても…夏目のいいところを10あげろと言われたらさすがに困る。10個もあげられない気がする。
(いいところ…か、子供っぽくて怒ったり笑ったり表情はころころ変わるし。正直鬱陶しい…けど)
私は、夏目の横顔を眺める。やっぱり顔は良い。優しいところだって少しだけあるし…
そんなことを思いながらぼんやりしていると、スマートフォンのバイブ音が聞こえた。
私は自分のスマホを取り出し画面を見ると、案の定橘さんからだった。
今すぐでなければと思ったのだが、この状況で電話に出るのは躊躇われた。急ぎの用事だったら申し訳ないと思っているとまもなくして電話は切れた。代わりに一通のメールが送られてきて、そのメールが仕事関係のものだったので私はひとまずこの話を終わらせることにした。
「春音さん。勝負は、交互にデートして彼の好感度を上げ最終日に選んで貰った方が勝ち…ということでいいのよね」
「はい!一言一句間違ってません!」
「それじゃあ、先攻は春音さんに譲るわ」
本当ですか!?と春音さんは嬉しそうに飛び上がる。その姿はまるで子供のようで、とても可愛らしい。
別に先攻だろうが後攻だろうがどうでもよかった。ただ、仕事が入ったから春音さんに譲ったただそれだけ。
「おい、さっきの電話…」
私がこの場を去ろうと背を向けると、夏目が慌てた様子で声をかけて来た。
「何?私は仕事にいっちゃいけないの?」
私の冷たい態度に、夏目は眉間にシワを寄せていた。その表情はどこか苦しそうにも見える。
「それとも何?自分の存在が賭けの対象になったことに腹でも立ててるの?」
夏目は首を横に振った。言いたいことは分かる。私がまた橘さんと会うから、ついて行きたい…若しくは行かないでくれと言いたいのだろう。
だが、私だって仕事だ。
「違う、その」
「言いたいことは分かってる。というか、何回説明すれば分かってくれるの?」
「彼奴の目が…っ」
夏目はそこまで言いかけて口を閉じた。気持ちが悪い、最後まで言えばいいのに。と私は夏目を見てため息をついた。
そして、彼に耳打ちをする。
「一応これは勝負だから。最終日まで私に好きも、愛してるも言わない。その二つは禁止」
「分かった」
夏目の顔には不満の色がありありと浮かんでいた。
「別に、愛してるなんて言葉で言わなくても行動で伝えてくれればいいのよ」
彼は一瞬きょとんとした顔になり、それから顔を真っ赤にして視線を逸らした。私だって恥ずかしいのだ。そのくらい察して欲しい。
どうせ、夏目のことだから愛してるって伝えなくなったら、私が夏目はもう自分に飽きたんだと思うから嫌だっていうのが見え見えなのよ。本当に分かりやすいんだから。
夏目は、私が離れていくのを恐れている。そういえば、イヴェールは離れていったわけじゃないこと、彼は…エスタスは気づいていたのだろうか。
「そろそろ行くわ。仕事が入ってるから。春音さんとのデート楽しんでね」
私は夏目に背を向けた。
春音さんは任せて下さい。と相変わらずのテンションで叫んでいたが、夏目は何も言わなかった。
「それじゃ、行きましょう、夏目様っ!…夏目様?」
「……あぁ」
夏目は私の方をチラリと見たが、すぐに目をそらして春音さんの方に歩いて行った。私はその二人の背中を見ながら小さくため息をつく。
「……エスタスは結局、イヴェールが死んだ後ヒロインを選んだのよ」
それでもいいと思っているし、私には関係無い。
けれど、なんでこんなに胸が苦しいのだろうか。私はイヴェールじゃない。けど…けど、私は夏目のことを。
私は、首を横に振り靄がかかった考えを振り切って反対方向に歩き出した。
 




