3 勘違い
結局夏目の支度が終わるまで待っていた私は、二人で家を出た。外に出た途端に冷たい風が頬に当たり、思わず身震いしてしまうほど寒かった。
夏目はそんな私を見て、自分の首元に巻いていたマフラーを私の方にかけた。いきなりだったので驚いてしまい、ありがとう。とお礼を言うのが遅れてしまった。
「それで?何処に行きたいんだ?」
「近くのショッピングモール。食材とか色々足りないものを買い足したいから。あぁ、でも!もう服はいらないからね!」
「もうじき春物が出るんじゃないか?」
隣で歩く夏目にそう言われて、確かにそうかもしれないと思った。だが、私が買いたいといったらそれはそれは大量に勧めてくるだろうから嫌だ。
「私は服になんて興味ないの。見せる相手もいないし、自分を着飾っても楽しくない」
一般的な女性の持つ考えとは違うだろうが、それが私なのだ。
子供の頃からそうだった。服が買えないのもそうだが、自分がかわいい服を着ているところが想像できなかった。ただ、キラキラした自分とは違う世界をガラス越しに眺めていただけ。
「貴方は、容姿や服装で人を判断する人?」
「まさか」
夏目はハンッと鼻で笑った。その態度にムカついたので睨みつけてやれば、彼は肩をすくめて歩き出した。
「じゃあ、私を好きになったのは何で?」
「……お前だから」
その答えはズルいと思う。その一言だけで納得できるわけがないじゃないと、私は言いかけたが言葉が出てこなかった。まだその時ではない気がして、まだ私にもそれを聞ける勇気がなかった。
答えになっていない答え。理由を教えてくれない夏目。
(貴方の目には私がしっかりうつっているの?)
それから、ショッピングモールまでは少し距離があるのでバスで行こうという話になり、私達は近くのバス停に向かって歩いていた。
先程まで普通に話していた筈なのに、急に黙り込んでしまった夏目を不思議に思いつつ、私は彼に声をかけた。
空気が重たいため、息苦しくなり私は仕方なく話題を振ろうと口を開いたが後方からこちらに向かって走ってくる誰かの足音が聞こえ、背筋がゾッと凍るような感覚に襲われた。
「夏目様ーッ!」
その声を聞いた瞬間、私は酷い頭痛に襲われた。
夏目とともに振り返り、その声の主を見て二人して顔を引きつらせた。
呼吸を整え、肩に掛かった薄桃色の髪を手で払うと花のような可愛らしい笑顔を彼女…一条春音は私達に向けた。
「夏目様酷いです。今日は、私とデートの約束をしていたのに…」
「あぁ、悪い。忘れてた」
夏目は悪びれもなくそう言うと、私に視線を向けた。
「先客がいたのね」
私が笑って返すと、彼女はフンっと鼻を鳴らして夏目の腕に抱きついた。夏目は鬱陶しそうな顔をしたが、何も言わなかった。私はそんな二人の姿を見て、胸がズキりと痛むような感じがした。別に、二人が付き合っているわけではないことは知っているが、それでも私の心はモヤモヤした。それに、まだ本気で好きというわけではないし…私は。
そう自分に言い聞かせていると、春音さんは怒った口調で話しかけてきた。
「大体貴方は何なんですか!?夏目様の何なんです!?馴れ馴れしくしないでもらえますか?」
ぎゅっと、夏目の腕にしがみつく春音さんを見て私は私はため息をついた。
この人は本当に夏目の事が好きなのだろうか?こんなにベタベタしていて…婚約者といっていたけど夏目の方は微塵もそんな気配はなかったし。いや、私に隠していただけかも知れないけれど。
夏目はどう思ってるんだろうと思い、チラッと見てみると彼は面倒くさそうに眉間にシワを寄せていた。
「さっ、夏目様。行きましょう!」
私に見せつけるように腕に絡みつき、引っ張っていく。
夏目は私に助けを求めるようレッドベリルの瞳を向けてくるが、助ける気も失せていた。
「婚約者がいるなんて初めて知った。春音さんは可愛い子だしよかったんじゃない?」
私は冷たく突き放す様に言った。
遊園地デートの前日、見合いの話がどうたらこうたら言っていたから多分その事だろう。私の知らぬ間に話が進んでいたに違いない。
一ヶ月とは、春音さんと結婚を前提にお付き合いするまでの間私で遊ぶという意味だったのかも知れない。春音さんと正式に付き合い結婚する前に女性の扱いにでも慣れておこうと思ったのだろうか。そうだったら本当にたちが悪い。私は、踏み台にされたのかも知れない。
「違う」
「何が違うのよ」
夏目が何かを言いかけたので、私は食い気味に聞いた。すると、夏目は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに元の無愛想な顔に戻った。
「お前勘違いしてるだろ」
夏目は、そう言うと意地悪そうな笑みを浮かべた。私は意味が分からず首を傾げた。
誤解?誤解することが今の会話であっただろうか。
確かに、夏目は春音さんの事を好いている様子はないが以前見合いの話も私にしてきたし一条商事のご令嬢さんだし、結婚しても付合っていても可笑しくないだろう。政略結婚…とか、そういう。
私は、夏目をただ見つめることしか出来ずにいた。すると、夏目はニヤリと笑って春音さんを見下ろした。
「此奴はな……俺のストーカーだ」
「ええ!?」




