00 愛してる――それは嘘でしょ?
目覚めは最悪だった。
いつ脱いだのか分からない服、半裸の状態で目覚め、横で寝ている男を私はとびきりの憎悪を込めて睨み付けた。幸いにもまだ起きる様子はないので、安堵の溜息を漏らす。
「はあ……最悪。連載始まったばかりなのに、こんな夢……」
ひとまず、服を着替えるため私はベッドから降りた。
私、連城冬華は今をときめく恋愛作家である。
高校生の時デビューをし、二一になる今年まで何冊ものベストセラー小説を世に出してきた。
恋愛小説を書くぐらいなのだから、それはもう数多の恋愛経験を積んできたのだろう…と思われがちだが、全くそんなことはなく、私自身、愛とか恋なんてくだらないと思っている。あまりにも聞こえが悪いため、公言はしていないが心の中は冷め切っている。
だからといって、それを小説にぶつけているわけではなくフィクションと現実は別物ととらえている。
今人気の異世界転生ものや悪役令嬢ものなどを中心に胸が締め付けられるような、燃える恋を描く。流行にのることで、より手にとって貰いやすくなり、王道に新たな要素を加えることで、さらに読者を読みたいと思わせる…そう、世の中は絶世の恋愛ブームなのである。
ファッションや飲食の流行に疎かった私だが、この異世界転生やら悪役令嬢、異世界溺愛逆ハーレム物などにはいち早くのっかった。おかげで、私の書く作品はどれも大ヒットだ。
私の代表作は『暴君な彼を落とす方法』である。タイトルの通り、暴君の皇太子を女主人公が惚れさせハッピーエンド。それまでに起るハプニングを二人で乗り越え愛を育む…そんなベタな物語だ。
そして、そんな代表作の番外編が先月から発売開始された――――。
「……何だって、こんな夢見なきゃいけないのよ」
しかし、それからだ。私が悪夢を見るようになったのは。
番外編は本編である『暴君な彼を落とす方法』に出てくる悪女が主人公の物語である。
けれど、実際悪女ではなく本編の主人公こそが新の悪女だったという衝撃的な物語になっている。
番外編は『それでも暴君を愛しますか?』というタイトルで、主人公はイヴェール・アイオライト。元奴隷の少女の物語だ。
奴隷商人達から逃げいく当てもなく路上に倒れ死を待つだけだったあの寒い日に、皇太子の気まぐれで拾われ、彼の側で働くことになる。彼に惚れた彼女は、彼に振向いて貰うため一生懸命努力した。皇太子も初めのうちは彼女のことを溺愛していたが、徐々に冷めイヴェールを追い詰めていった。
そして、婚約者…本編の主人公と愛し合う姿をイヴェールに見せつけ、イヴェールは主人公に嫌がらせをするようになる。それが原因でイヴェールは身の程をわきまえない悪女と言われるようになり、最終的に愛されなくなった彼女は皇太子と主人公を恨み自ら命を絶つ…
そんな報われない物語である。
ここ一ヶ月で、賛否両論が繰り広げられているが、売り上げは伸び、主人公の行動に違和感を覚えていた人達からは、イヴェールに共感する、彼女と皇太子が結ばれて欲しかったなど声も上がっている。
しかし、作者の私からしてみれば今後発売予定の下巻で彼女は自ら命をたち結末をむかえるので、上巻で既に胸を痛めている人にとってすれば、下巻はさらに報われないのである。
そもそも、この物語は皇太子が全て悪いのだが……
「自分で書いてて思うけど、イヴェールもバカよね……こんな男を好きになって」
本当に自分でも呆れてしまう。気分屋で暴君の皇太子を愛し続けたイヴェール。いつか振向いて貰えるだろうと、彼を愛し続けた。恋は盲目。皇太子は、イヴェールの恋心を弄んでいただけなのだから……
私は、10時からの打ち合わせのため支度をしようとタンスから服を取り出した。
「おい」
「……」
私が支度を進めていると、後ろからドスのきいた声が聞こえてきた。
「ああ、起きてたのね。てっきり起きないから、死んでいたのかと思った」
「お前……」
私は、振返りながらそう言った。
「何よ?」
そう、ベッドの上でムスッとした表情を浮べる男は、さらに不機嫌そうに舌打ちをならした。寝起きが悪いこと…
「おはようぐらいいえ……後、勝手に出て行こうとするな」
「……そんなことで怒ったの? 呆れた。それに、私は今から仕事なの。私は貴方と違って忙しいの。貴方も、朝の講義に遅れないように支度でもしたら?」
私がさらにそう言い返すと、彼の表情はさらに険しいものになった。
彼、久遠夏目は久遠財閥の御曹司である。そして、私をこの家に縛り付けている張本人。
彼と出会ったあの日、私の住んでいたアパートは火事で燃えてしまった。そして、行く宛てもなくなった私に衣食住を提供するから、側にいろと言い出したのが夏目である。そして、とんとん拍子に話は進み、居候…同居している形になっている。
そして、何度でも思い出す、あの日のこと……
彼は、初対面の私にあの日、とんでもないことを言ったのだ。
「愛してる」
「昨日も聞いた」
そう言って、彼は強引に私の腕を引き自分の方へ引き寄せた。私はバランスを崩し彼に抱きつく形になる。
「ははッ……捕まえた。俺の腕の中からいなくなるな」
夏目は、私を抱きしめ嬉しそうに笑う。満足そうな笑みを浮べ優しく私の髪を撫でた。愛おしそうな表情で。
ああ、嫌だ……
夏目は、典型的な俺様なのだ。俺様キャラはフィクションの中だけ許されるのであって、現実に、今目の前にいる俺様御曹司に抱きしめられているだけでゾッとしてしまう。
フィクションと現実は違う。
「愛してる。誰よりも」
そういう夏目に、私は溜息しか出なかった。私は、彼に吐き捨てる。
「貴方の愛って安いのね」
「俺は好きな女にしか、愛してるなんて言わねぇよ」
「……当たり前でしょ。バカなの?」
聞き覚えのあるその言葉に私は眉を寄せた。
『愛してる。誰よりもな。だから、お前は一生俺を好きでいろ』
私が夏目を嫌いな理由、それはもう一つある。
(似ているのよ、何もかも……)
冷たいレッドベリルの瞳、太陽の光を反射し輝く金色の髪……
あの暴君の皇太子、エスタス・レッドベリルに――――
前世の記憶が絡んだ、ラブコメ……になります。
俺様御曹司の夏目と、恋愛作家の冬華の物語になります。
連載中の作品があるのに!と思われた方、ご安心を。
こちらは既に完結しているので出すだけです。(略称)召喚聖女と同じく、午後6,7時の1日庭更新の予定です。
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