7 今日は貴方だけしか見ていない
「…それに、貴方が私だけしか見ていなかったように、今日は貴方しか見ていなかった」
私は、そう言いながら夏目に向かって微笑む。それは、作り物の笑顔ではなく心からの笑顔だった。
「機嫌取りか?」
「いいえ…でも、貴方がそう思うならそう思えばいい。それでも私は気にしないわ。今日私とここに一緒に来たのは貴方だけ」
私の言葉に、夏目は目を見開いて私を見る。その表情はとても驚いているようで、私はクスリと笑った。
夏目は、私に何か言おうとしていたが、結局何も言わずにそのまま俯いてしまった。
それからしばらく沈黙が続いたが、ようやく口を開いて悪かった。と謝罪した。
最近彼の口からよく謝罪の言葉が出てくるけど、別に謝罪して欲しいわけじゃない。多分、そのことを彼は知ることもないだろうけど。
「まだ、閉園まで時間あるんだし私を楽しませてくれるんでしょ?」
私がそう言うと、やっと彼が私と視線を合わせてくれた。そして、当たり前だと自信満々な顔で言う。
「けどもう、あんなことしないで」
「あんなこととは?」
と、とぼけたように夏目はいつもの表情で言う。
本当に分かっていないのか、それとも分かってて言っているのか分からないが、私はため息をついて、もう良いと言った。
夏目が不思議そうな顔をしてこちらを見たが、私はもう一度、今度は強めの口調で言った。
「人の前でき…キスすることと、私が許すまで私にキスするのは禁止」
私は恥ずかしさを押し殺し、彼にそう言った。
夏目は、分かったと少し悲しげな顔で言ったがこれで彼は私にむやみやたらにキスしてこないだろう。破れば出て行くという言葉が裏に隠れていることに感づいたのだろう。何となくだが意思疎通できるようになってきただけ進歩である。
ゴンドラは、ゆっくりと下向し、やがて地上へと着いた。キャストさんが扉を開けると、私達は外に出る。私は、先に降りた夏目に手を差し伸べられた。
まるで、エスコートされてるみたい。一人で降りられるなんて言ったらまた機嫌悪くなるだろうな…何て考え私は彼の手をとりゆっくり降りた。
「次は何処に行きたい?」
「そうね…」
観覧車とジェットコースターなどメジャーなものは乗ったが、勿論まだ乗り足りないし遊び足りなかった。
しかし、先ほどより混んできた為人気のアトラクションに乗るにはまた何時間もかかるだろう。
私はパーク内の地図を開き、とりあえず近くにある珍しいアトラクションを指さした。
「鏡の迷宮って面白そうじゃない?」
「迷路タイプのアトラクションか…」
私がそう提案すると、夏目は少し考えるような仕草をしてそう呟いた。
鏡の迷宮というアトラクションは、その名の通り鏡張りになっている部屋に入り出口を目指すというものらしい。
「今度こそ迷子になるんじゃないか?」
「失礼ね。なんで毎回そんな嫌みばっかり出てくるのよ」
私がそう言うと夏目は、嫌いじゃないだろ?と何処か自信ありげにいってくる。その態度がまた腹立たしい。
「嫌われるタイプね。大多数ね」
「その言い方だと、お前は嫌いじゃないと言うように聞こえるぞ」
「お好きにどうぞ」
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「鏡の迷宮は、全面鏡張りの迷路となっております。途中にあるチェックポイントで正しい道を選び、ゴールを目指しましょう」
キャストさんの説明を聞きながら、私は隣にいる夏目をチラリと見る。夏目は、真剣な眼差しで説明を聞いており、時折質問をしていた。
そして、説明を聞き終えた私達はキャストさんに笑顔で見送られながら鏡の迷宮に入った。
「結構真剣に質問してたけど、貴方も楽しみなの?」
「お前が迷子になったら困るしな。すぐに見つけられるように聞いていただけだ」
何それ。私が方向音痴だって言いたいわけ?
そこまで酷くないわよ、失礼ね!と 私がそう反論しようと夏目の方を見ると目の前の鏡に激突した。
「前見てないと、危ないぞ?」
「……」
そう、夏目はニヤニヤしていうので私は無言で彼の足を蹴った。高い靴だったことを蹴った後に思い出して、しまったと思ったが蹴ってしまったものは仕方がない。
全く、この男はいつも一言余計なのだ。
私は先を行く夏目に、どうか彼も鏡にぶつかりますようにとまじないをかけて追いかけた。
それにしても中は驚くほど静かで、思った以上に暗かった。青白い光が鏡に反射して私達の姿を映した。それが凄く不気味で、私は思わず身震いする。私は怖さを紛らわすために口を開いた。
「ねえ、そういえば…」
私が口を開いた瞬間バチっと照明が落ちた。こんな時に停電かな?と不安に思っているとすぐに照明はつきあたりはまたあの青白い光に包まれた。だが、まだ完全に回復していないのか時折点滅していた。
不気味だな…と、私が落ち着くために夏目を見ようと、顔を上げるとそこに夏目の姿はなかった。
「え、待って……だって、さっきまで」
私は、慌てて周りを見るが夏目の姿はやはりない。同じスピードで歩いていた筈なのに、と私の頭は真っ白になった。あの一瞬の停電で消えたのだろうか?そんなフィクションみたいな話あるわけがない。と言い聞かせるが、この何とも不気味な空間ではそんな前向きな考えにはなれずがたがたと震えてしまった。しかし、こんな所で震えていても仕方がない。
私は一歩また一歩と前に踏み出した。
「出口まで行けば……きっと合流できるわよね…」
視界が暗く数歩先までしか見渡せず、恐怖心からか足取りも重い。たかがテーマパークのアトラクション。そう言い聞かせるが効果はなかった。
するとその時、カツ…カツ…と後ろから何か音が聞こえてきた。私は恐る恐る振り返るとそこには大きな鏡があり、その鏡には私ではなく、別の誰かが写っていた。私は恐怖で足がすくみ、その場に貼り付けられたかのように動けなくなってしまった。
鏡の中の人物はゆっくりとこちらに向かってくる。反射的に逃げなきゃと思ったが思うように身体が動かない。そして、その人物が近づいてくると大きな鏡は眩しいぐらい青白くひかり、すぅっと鏡の周りを取り囲むよう炎のように揺らめき出した。
炎のような光に包まれた鏡の中に音の主の姿がはっきりと映し出され、私は思わず目の前に映る…彼女の名前を口にした。
「イヴェール・アイオライト?」




