6 何で私が弁解しなきゃいけないの?
『殿下…今日はお忙しい中連れてきてくださりありがとうございました』
『お前は楽しかったか?』
『…はい』
人気のない静かな場所で、エスタスとイヴェールは二人並んで夜空を見上げていた。
楽しかったか?というエスタスの質問に対し、イヴェールはぎこちなくはい。と答えたが、実際楽しかったかと聞かれれば微妙である。
勿論、エスタスと祭りを回れたことは大いに楽しくこれ以上にない幸福な時間だった。しかし、彼と身分という距離、住む世界が違うという現実を突きつけられどうしようもない気持ちで一杯だった。来年も、この祭りにこれる保証などない。
これは、夢と同じなのだ。一瞬にして終わるもの。
イヴェールは、俯いた。そして、そのまま暫く黙っていたがその静寂を破ったのはエスタスだった。
『顔を上げろ』
『え、はい…』
イヴェールが顔を上げると、突然エスタスに、顎を持ち上げられキスされた。
『殿下ッ!?』
イヴェールは思わず、エスタスを押し返してしまった。
まずい、とイヴェールは目を瞑る。さすがに、怒らせてしまっただろう…しかし、その後罵倒も暴力もとんでくることはなかった。
彼女は、恐る恐る目を開いた。
そこには、困ったような表情をしたエスタスがいた。イヴェールは何故彼が困った表情をしているのか分からず取り乱し、意味のない動きをして口を鯉のようにパクパクと動かした。
『…嫌だったか?』
『え、え…』
イヴェールは質問の意味が分からなかった。
しかし、状況から察するにあの突然のキスのことだろうと理解すると、顔を林檎のように赤くした。
『いいいい、いえっ…!』
『そうか、ならよかった』
エスタスは優しく微笑むとイヴェールの額にキスを落とす。
イヴェールには、やはりエスタスの考えている事が分からないようであった。
彼は、一体何を思って自分に口づけたのか。どうせ、気まぐれに決まっている。と、イヴェールは決めつけるが、彼から与えられる愛を少しだけ信じていた。
きっぱり切り捨てることが出来たのなら、楽だろうに。
『さっきキスをしたとき強ばった表情をしていたからな…てっきり、嫌われているのかと思ったんだ』
『まさか!…ち、違います。ただ、殿下なんかが奴隷の私にき、キスなんて…』
イヴェールは慌てて否定したが、最後の方は声が小さくなっていた。しかし、エスタスには聞こえていたようで小さく笑っていた。
そうして、しばらくするとエスタスの顔から笑顔が消えた。
『お前だからだ。俺は好きな女にしか、キスはしない』
当たり前です。とイヴェールは言いたかったが、グッと言葉を呑み込んだ。
エスタスが愛しているのと、身分の差は別問題である。
『お前はいつも俺を見ると、恐怖に怯えた表情を見せるな…』
エスタスの指先がイヴェールの頬に触れる。彼の顔はとても悲しく、辛そうな表情だった。イヴェールはそんな彼に何か言わなければ。と思いながらも、何も言えなかった。
ただ、違います。とだけ、いってエスタスを見た。
『俺が嫌いか?』
『いいえ、違います』
イヴェールは首を横に振る。
イヴェールは不安なのだ。来年も、いいや明日もエスタスが自分を愛してくれるのか。まだ、彼の愛を疑っているから…
イヴェールは拳を握って彼に言う。
『殿下は来年も私を一番側に置いてくださりますか?』
それは、イヴェールのエスタスに対する愛を確認する、自分が一生愛するに値する男なのか見定める遠回しの愛の告白だった。
ガチャリと開けられたゴンドラに機嫌悪く乗り込んだ夏目は、向かいの席に私を座らせるとそっぽを向いてしまった。キャストさんもとても慌てた様子でどう声をかければいいのか分からず、それでは楽しんでくださいね…と消えそうな声で言うと、ゴンドラを閉めた。
私はたすけてという目でキャストさんを見たが、怯えて終いには泣き出してしまった。それぐらい今の夏目は機嫌が悪い…と言うことだ。
そんな夏目と私は観覧車に乗ることになった。まだ先ほどのことを怒っているのか、私と顔を合わせようとしない。気まずい空気がゴンドラの中に流れ、息が詰まりそうだった。
「あのね、昨日も説明したはずだけど…私と橘さんは仕事上の関係であって」
「黙れ」
私が話そうとすると遮られてしまった。
今は刺激しない方がいいと分かっているが、あまりに態度が悪いため私は夏目のその長い足を蹴飛ばしてやろうかと思った。しかし、高そうな靴を履いていたため断念した。
私は早くこの気まずい空気をどうにかしたいのにと、ゴンドラの外を見た。結構な高さまで上がってきていたため、パーク内が一望できる。ジェットコースターはパーク内で一番高い乗り物だったがあの時は、景色を見る余裕なんてなかったため、改めてパークを見渡してみるとどこもかしこもキラキラと宝石のように輝いていた。
「ほら見てよ」
そう、夏目に話題を振ったが彼はピクリとも動かなかった。
「…いい加減やめてよ。まだ怒ってるの?」
私は夏目に強く言うが、彼は私と反対側を見ていてこちらに顔を向けようとしなかった。
子供じゃあるまいし、いつまで怒っているんだ此の男は…
怒りたいのも口を利きたくないのもこっちだというのに、自分が被害者みたいに拗ねて怒って。ただの仕事上の関係である橘さんの前で、パークに来ていたゲストの前でキスをして恋人でもないのに恋人だと言い張って。自分勝手すぎて、呆れてくる。
一ヶ月で惚れさせるとか言ったくせに、これじゃあ逆効果なことぐらい分かるでしょうに。
それでも、私は先ほどのことを許せないものとしても自然と夏目の元から離れようとは思わなかった。なんだか、此の男が情けないような…いや、隣にいてあげなければならないと思ってしまったのだ。
「私が好きなら、他の関係無い男に嫉妬の火の粉を飛ばさないで。おかげで私の評価まで下がったじゃない」
私は、少しだけ声色を変えてそう言ってやった。すると、夏目は驚いたように私の方を見たが、すぐにまたそっぽを向いてしまう。
そして、ボソリと俺は、お前が好きだから心配すると呟いて、また黙ってしまった。




