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終わらない整理


「ぜえぇ……はぁっ……ぐっ、おおおおぉぉぉぉ……!!」

「で、でおさま……でおさまぁ、も、もぉむりです……げんかいれす……ぅっ……!」


 向こうから聞こえるエシェロの泣き言を焼き尽くすように、俺は喉を絞って叫ぶ。


「頑張れ頑張れ、あと一周いける! もっと回せるもっと挽けるいくらでも動けるううぅぅっ!!」

「い、いくられもぉぉっ……!」

「見せろ天空人魂ィィッ!!」

「だましいいぃぃぃ…………!」


 二人で回す巨大な石臼がゴリゴリと音を立てて加速する。上下の石の間からは、サラサラの粉になった小麦がこぼれて出ていた。

 ……別に俺たちは奴隷になったわけでも地獄に来たわけでもない。当たらずとも遠からずではあるのだが。


 ここは屋敷から遠くない場所にある小麦粉工場だった。

 街のパン屋やパスタ屋なんかに原材料を出荷しているここは食の重要拠点なのだが……あまり資金繰りが芳しくなく魔動機械も電動機械も導入されていないのだ。

 そして普段石臼を回している川の水車が故障。やむを得ず人力で粉を挽くアルバイトを募集したところ……俺たちが応募した、というのが顛末なのだった。


「ううぅぅっ、腕が……プルプルします……っ」

「俺ももう痛くない場所がねぇよ……! でもまだいける、まだまだ動けるッッ!!」

「じ、自己暗示じゃないですかぁっ!」


 仕方ないだろ、そう言い聞かせてでも働かないと首が回らないんだから!!

 頭の中に、送りつけられてきた請求書の数字が浮かぶ。

 いち、じゅう、ひゃく……ダメだ、数えると気を失いそうになる。


「ぐぅっ、クソ……ッ、オフィス壊したのはフローラだろ、なんだって俺に修理費用の請求が来るんだよ……!!」

「ふ、フローラさんは戸籍とか住所とかありませんし……。デオ様しか関係者が見当たらなかったんだと……」

「畜生、最近面倒ばっかり承継させられてる……!」


 また鈍りゆく石臼の摩擦音の先から、甲高い笑い声が響いた。


「イヒヒヒヒヒッ、いい気味だなオマエら! このアタシに対し働いた無礼の代償よ!」


 真犯人たる森の魔女フローラが愉悦を湛えた目で俺たちを眺めている。……もう一基の石臼を一人で回しながら。


「本当ならお前が払う金なんだぞ、もっと働け……! そ、それに、あんなことしてムショにブチ込まれないだけありがたいと思っとけよ……!」

「フンッ、知ったことか」


 ブーツの靴底で薄く積もった粉に足跡をつけながら。


「それに百五十年以上の時を生きているアタシだ、たった数年ぽっちの罰がなんだというのだ」

「えっ……お前そんなに歳いってるのか……? ババアじゃん……」

「おいババアとか言うなキサマッ! 魔女ならばそれくらいは当然だろうが!」

「そうなのか、エシェロ?」

「そ、それは世界設定によりますからなんとも……」


 なんだよそれー……なら『捕まってこい』って命令して警察に引き渡せばよかった……。

 とはいえ小説の登場人物を裁く法なんてないだろうし、捕まえさせたって仕方ないだろうが……。


 ただ辛うじて幸いなのは、あの新聞社にも俺に対して――つまりフローラと組んでオヤジのあることないこと書いたという負い目があることだ。

 そのおかげで詳しい警察の追求を免れたし、財産の差し押さえといった強制執行は行われずに済んでいる。


 勘弁してもらっている間になんとか借金を返して、元の平穏な生活を取り戻すのだ!

 そんな日がいつ来るのか知らないが……。


「はぁぁぁぁ…………」

「ひぇぇぇぇ…………」

「ん? なんだオマエら、二人掛かりだというのに遅いな? 随分生っちょろい鍛え方をしているじゃないか、ヒヒヒッ!」


 やかましい笑い声を立てるフローラに俺はイラッと来て、


「えらく余裕そうだな……じゃあそうだ――『お前は今日一日で俺とエシェロの十倍稼げ』」


 それでフローラの目の色が否応なく変わった。

 一定を保っていたペースがどんどん速まり、それでもなおフローラは走り続ける。


「ぐおおぉぉぉぉぉっ……!! き、キサマ……よくもやってくれたな!? ぬうぅっ、と、止まらんじゃないか……!」

「よしよし、ちゃんと命令は効いてるな。……じゃ、俺たち先に休憩行ってるから。あとは頑張れよ」

「す、スミマセン、私も限界で……。お先に失礼いたします」


 エシェロは平謝りし、俺はバキバキになった手を振る。


「なにっ、キサマら――」


「腹減ったなぁ~……昼何食う?」

「わ、私は本にいればお腹減りませんし……」

「そういうわけにもいかないって。一緒に働いてもらってるんだし」

「そ、そうですかあ……? えへへ、ならお言葉に甘えて」


「オイ、オイッ、本当にアタシを置いていくつもりか!? この……っ、グオォォォォォォォォォッッ……!!」


 止めたくても止まらない臼の擦れる音をよそに休憩に出た。


 外でグルテンのニオイがしない昼食を摂って、休憩室で休んでいるときになって、やっとフローラが奥から這い出てきた。


「ぜえぇぇ……っ」

「おう、お疲れフローラ」

「キサマ、小カミュワ……がはっ……!」

「なんだよその音楽家みたいな呼び方、デオ様とお呼び!」

「キサマ、デオ様……クソがッ!!」


 これはいい、これは面白い。

 強制的に言うことを聞かせるとなれば、やっぱりエシェロみたいな従順な子より、元は命令する立場だった奴の方がいい。


「でもこれもお前がこっちの世界でしでかしたことの報いだ、甘んじて受けろ……あっこれも命令になっちゃうか」

「ぐううっ、アタシを虚仮にしやがって……!」


 強気に言いながらも、ふらふらとやってきたフローラはハリボテが風に吹かれるように一気にぶっ倒れた。

 なるほど、こいつの体力の限界はこの辺りか……見た目だけは少女だが、やはり力はその比ではない。稼ぎ頭としてせいぜい頑張ってもらおうか……。


 頭の中でそろばんを弾いていると、エシェロに水を飲ませてもらいながらフローラが起き上がる。


「……だが、その通りでもある。正直に言えばアタシも少々どうにかしていた。その因果に相応しい応報ならば受けねばなるまい」

「えぇっ?」


 まさかフローラの口からそんな殊勝な言葉が出るとは……。本当に魔法の暴走で気性が荒くなっていたのか?

 そして彼女は腕を組みつつ言う。


「そのどうかしたアタシを本に押し込めるではなく、こちらの世界にも出られるようにしていること……それは感謝してやらんでもない……ぞ?」


 口を尖らせそっぽを向く様子を見て、俺とエシェロはしたり顔で頷き合った。


「ほらほらっ、私の言ったとおりですよ~!」

「だなぁ。いやまさかこれほどとは……」

「な……何の話をしている、オマエたち?」


 クスクスと笑うエシェロがその口元を手で覆いながら答える。


「フローラさんは元々ツンデレさんだって話……これでデオ様に証明できました……!」

「…………ハァッ!?」


 顔を赤らめるフローラの周囲に怒気と魔力が舞い散った。


「ふ、ふざけるなよこのガキ、アタシはオマエの十倍生きて……!」

「だけど出版は私の方が先ですしぃ~……?」


 カチーン、と書いたような顔をして箒の得物を呼び出そうとするが、限界の体力ではそれすら叶わない。……〝ドS〟と化したエシェロにポンポンと頭を叩かれるのすら止められない風で。

 暴れ者の魔女には、これはいいお灸になりそうだ。


 ……何かあれば、俺の方でもフローラを黙らせられそうな話を用意していたのだが、どうやらここでは温存できそうだ。


 俺がフローラを完全に封印しなかった理由――それは、

 父の葬式や弔問にやってきたたくさんの人の誰よりも、彼女が一番激しく泣いてくれたから……だということ。


「よ~し、もうひと働きするか……挽くぞ、粉」

「は、はいっ! お供しますデオ様!」


 さっと立ち上がる俺たちを見上げ、フローラはサッと顔色を悪くして。


「冗談だろう? アタシは今、仕事を終えてきたところなのだぞ!?」

「お前を休ませるなんて冗談じゃねぇ、ほら、さっさと来い(・・)フローラ」


 俺の言葉が死に体の魔女に鞭を打った。ふるふると首を振る顔とは裏腹に体はあの石臼の部屋へ向かっていく。


「イヤだ、もういい、もうたくさんだ! 車を回すなどネズミにでもやらせておけ!」

「働くってのは社会のネズミになることなんだよ……」

「せ、世知辛いですねぇ……」

「ぬううぅぅっ……! この怒り、晴らさでおくものかアァァァァァァッッ…………!!」


 絶叫はむせかえるような小麦の香りと混濁として幾重も工場に響き渡っていった……。




   おわり

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