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天使と魔女と郵便屋


「くっ、うおっ……ぬおおぉぉぉーーーー……っ!!」


 走る、ただひたすらに走る!

 仕事で鍛えた足腰にものを言わせ、フローラの手が追いつく前に部屋から部屋へと逃げ回る!


「ヒヒヒヒッ! そうか逃げるか! いいさ、逃げてみろ老いぼれの子よ!」


 バキッ!

 ベキボキッ!


 ゴリゴリゴリゴリッ!!


 フローラの腕のひと薙ぎごとにオフィスが更地と化していく。フロア丸ごとがだだっ広いワンルームにリフォームされているようだ。


「なんなんだよあいつ……っ。イカれてんだろ、会社の中だぞ……!!」


 こんな奴をヒロインにして本を書くなんて、作者はよっぽどセンスがない。


「エシェローーーッ!!」


 とにかく俺は叫んだ。背後に迫る破砕音から逃げ回りつつ、廊下の向こうでおろおろする彼女に呼びかける。


「ビルにいる人たちを避難させろぉーッ!! このままじゃ死人が出るーーーッ!!」


 そう伝えるとエシェロは目をパチッと見開く。

 意図したわけじゃないが『著作権者』としての俺の命令が効いたのだ。


「す、す、すぐにっ!」

「頼んだっ、あとっ……俺が死人第一号になる前に戻ってきてーーーッ!!」

「はいっ、デオ様、ど、どうぞご無事で……!!」


 異様な破壊の波はフロアにいた新聞記者たちの悲鳴をも巻き起こしていた。このままではやがて別の階にも影響が出る。最悪、ビルが崩壊しないとも限らない。

 なんとか時間を稼がないと……!


 俺は瓦礫の山を駆けずり回り、次々と壁を吹き飛ばすフローラから逃げる。


「はあ、はあっ……! ちょ、ちょっと息を整えないと……柱の陰に入って――」

「ヒヒヒッ!」


 甲高く笑ったかと思うと、俺の目の前を大きなコンクリート塊がゴゴッと通り過ぎた。冷や汗が流れてくらりとする。


「っっっ――ぶねぇっ!!」

「惜しいなぁ。当たったら今日はイイことがある、と思っていたのだが」

「ふ、ふざけんな! この、っ……バカ! トンチキ魔女!」

「フフン、可愛らしい言葉遣いだな。向こうの世界に置いてきた我がシモベを思い出すぞ。……それっ!」

「うおぉぉぉっ!?」


 再び巨大な塊が押し寄せるのを飛び込んでなんとかかわす。

 床に衝突して砕け散った塵埃が、酸素を求める気道に刺さってむせる。


「ゲホ、ガハッ……! や、野郎、好き勝手やりやがって……!」


 煙の中から走り抜けて、俺は再び逃走を始めた。

 体力はかなりギリギリだが――周辺の人々が安全なところに退避するまでは、倒れるわけにはいかねぇ!


「ふ、フローラ、お前……っ! いつまでもこっちの世界にいていいのかっ!」

「あぁ?」

「お前にも自分の世界がある、お前がいなくちゃそっちがどうなることか――」

「ハッ、どうにでもなればいいさ、あんな世界なぞ!」

「あんなって……!」


 振り返ると、箒に乗り悠々と瓦礫を越えるフローラ。その背後にもはや吹き飛ばすべき壁は一枚も残っていない。……俺が隠れる場所ももうないのだ。


「あんな世界って、お前(ヒロイン)のためにある場所だろ……! お前を活躍させるためにオヤジが作った世界じゃねぇかよ!」


 そう叫ぶと、四方八方から飛び交う壁材の砲弾の勢いが増した。


「あんな倫理の〝リ〟の字もないところがか! アタシも軽く見られたものだ!」

「くっ……! り、倫理って、エロ展開ある本ならそりゃ多少は――」



「アタシの相手役は八才こどもなのだぞ!! 八才、八才とは!! そんなのどこの世界でも犯罪ではないのかッ!!」

「ごめんなさいおっしゃる通りでしたぁっ!!」


 なんてこと、なんてもの書いてくれたのだオヤジめ!

 いくら成人向けだと言ってもダメだろ一桁は……! せめて十才。十才ならどうにか。だが、一桁は擁護の限界越えちゃってるんだよ!!


 念動術で固められた瓦礫の塊が俺の行く手を阻んだ。寸でのところで足を止め他に道を探す。

 しかしそこは窓際に突き当たった行き詰まりだった。

 埃まみれの窓の下には避難した人たちが心配そうにこっちを見上げている。


「クソッ、逃げ場が……!」


 牙を剥き、青筋を立てたフローラがブーツの底を鳴らす。


「全ての者が自らの世界を愛しているなどと思うなよ」

「小説のキャラのくせに、生意気だな……!」

「『フローラ』を単なる文字情報から、ここに存在する『アタシ』へと変えたのはキサマの父自身だ」


 つくづく面倒な遺産だ、こんなことになると知ってたなら葬式にだって行きやしなかったのに。


 フローラは金の髪にプレッシャーを纏わせる。空気を揺らめかせるような怒気――あるいは、これが魔力というものなのか。


「その抗議をすべきジジイはもういない……ならば、その骸に唾するほかない」


 その気配が高まるにつれ、窓ガラスがピシピシと軋みを立てる。


「――だが、キサマが邪魔立てをするというのなら、いいだろう。

 カミュワを継ぐ者がいるのならば……ジジイに代わり罪を雪がせてやるッ!」


 叫んで、髪を振り乱し、俺の目の前に腕を振るう。


「くっ……!」


 とっさに顔を覆ったその瞬間。


 バリンッ!!

 激しい音を立ててガラスがついに破れた。頭に無数の破片が降り注ぐ。もはや一巻の終わり――、


 ……いや、それはおかしい。

 フローラの力で割れた窓の破片は外へ飛んでしかるべきだ。内側に散らばるのは外側から力を受けた(・・・・・・・・・)ときで――。



「ぬおっ……!」


 フローラの呻き声にはっとして顔を上げた。

 その目の前に彼女が立っていた。


「――エシェロ!」

「ああ、こ、ここまで飛んで来ながら……も、も、もう完全にお亡くなりになっているものと……!」


 振り向いて目を潤ませるので俺は思わず頭を掻く。

 俺、そこまで弱そうかなぁ……。もうちょい信頼があると思ってたのに。


「でも……俺は信じてたぜ、絶対エシェロは助けに来てくれるって」

「デオ様……え、えへへへ……」

「ともあれ、あいつを止めないとな。まだ戦えるか?」

「も、もちろんです……!」


 きっ、と向き直る彼女の白い服の背中から、天使のような一対の翼が生えていた。両手は光でできたような直剣を握り締めている。

 ……なるほど、これが天上の国の魔法ということか。


「天空人魂……見せたります……っ!!」


 見つめる彼方のフローラは、箒を杖代わりに片膝をつく。


「戻ってくる度胸があるとは。ただの泣き虫娘とばかり思っていたぞ」

「わ、私だってヒロインです、物語内外で成長してるんですっ!」


 ニヤリとした笑みを吹き消すフローラは、両手で握った箒を肩に担いだ。力を込めると、漠然とした概念だった魔力が、紫色の光となって発散されはじめる。


「だがアタシには分かるぞ、エシェロ……。オマエとアタシ、どちらがより強い『設定』なのか」


 光は箒へ収束し――、

 身の丈すら超える黒刃の大剣へと姿を変えた。


「勝つのはアタシだ、ジジイの愛娘……!」


 睨み合う二人のヒロインを前に、俺は固唾を飲み下すことしかできなかった。



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