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悪辣なる魔女、フローラ


 ビルの一フロアに潜入する。

 遠巻きに見ると、たくさん並んだデスクでは記者と思しき連中が各々筆を執っていた。……なんだかオヤジを思い出してしまう。


「ま、参りましょうデオ様……!」


 意気込むエシェロに頷きを返す。そして独特の緊張感を持った新聞社のオフィスに忍び込んでいった。

 忍び込む、とは言っても、廊下を渡り歩く記者たちの横を堂々と通るだけの話だ。部外者二名が逃げも隠れもせずに歩いていても、彼らはまるで見咎めもしない。


 やるな、エシェロ。建物に入る時にかけてもらった気配を薄める魔法の効果は覿面てきめんだ。

 どこか自慢気な彼女はフードも脱いで、オフィスの中にフローラの姿を探している。


「いるか?」

「いえ……今のところ……」


 小声でやり取りした。魔法が効いていると言っても気配が薄まっているだけ。目立つことをすれば看破されかねない。


「目立つ方なので、いれば見落とすことはないと思うんですけど……」


 悪辣な森の魔女か……果たしてどんなキャラなのやら。

 そう思うこと数分。声が漏れ聞こえる一室の中を覗き込んで、俺は合点がいった。


「――そうおっしゃられましても、さすがにこう毎日カミュワさんの記事ばかりは書けませんですよ……。そろそろ購読者も飽きてきますし、ご家族から訴えられかねませんで……」

「ダメだ、まだ書いてもらうぞ」


 紳士服の男が汗を拭いつつ頭を下げる向こうに、一人女がいた。

 金一色の長い髪に小柄な体型。やっぱりエシェロに並ぶほどの美形だ、なかなか見落としはしなかろう、これがフローラで間違いない。

 その見た目は十五、六にしか見えないが、多分外れてる。

 そう思うのは、奴が放つ雰囲気、威圧感というか、プレッシャーのせいだ。ふわふわと宙に浮かぶ箒に体を預け、男を見下ろすドギツい視線はとても少女のそれじゃない。


「しかしフローラさん」

「フローラ様」

「ふ、フローラ様……。こちらももう書くネタも尽きてきていて、これ以上はそれこそ創作になりかねませんかと……。それか、他にもカミュワさんの創作人物が見つかれば、そこから深掘りもできますが……ねえ」

「ふむ、そうかそうか。なるほどそれもそうだ」

「おお、分かっていただけますかフローラ様――うぐ!?」


 フローラは平伏しきりの編集長の顎をくいと上げさせた。……足で。


「ところで……どうだ、最近の売り上げは? 伸びたか、それとも落ちたか?」


 ブーツの爪先が汗ばんだ顎を撫で回し、今にも蹴り上げそうに小さく揺れる。


「そ、それはもう過去にない売れ行きで……!」

「ヒヒッ、それは何よりだな! ――ならばアタシの命令にどう答えるべきか。分かるな?」

「う、うう……」


 うわぁなるほどそういうキャラ……。

 ちょっと引きながら隣を見ると、エシェロも心配げな様子でいる。


「ひぇぇ……フローラさん、あ、荒れていらっしゃいます……! 以前は、それに、作中ではもうちょっとこう……ツンデレ~、な感じでいらしたんですが……!」

「今のところデレる様子は一切ねぇぞ」

「もしかすると、これもお父様の魔法が暴走しているせいでしょうか……?」


 可能性はある。いくらエロ小説と言っても、あんなのどう考えてもヒロインじゃなく悪役の言動だし。オヤジの文章ではもうちょっとマイルドな感じだったのかもしれないな……。

 だがそんなことより気にすべきなのは、この魔女の頭をどうやって一発シバくかということだ。


「このフローラ様への恩、まさかもう忘れたわけではあるまい?」

「はあ、うちに持ち込んでくださったこと、とても感謝しておりますですが……」

「ならばあることだけでなく、ないことも書いてくれてもよかろう? ……なぁに、オマエの部下がいつもやっていることさ」

「それは禁句じゃありませんか……!」


 フローラは箒から降りると編集長に顔を近づけた。

 ――つつつ、と彼の首元に細い指を這わせると、皮膚の上から頸動脈をトントンと触りつつ目を細める。


「アタシは己の運命をオマエに預けた。……ならばオマエも預けてくれたっていいだろう? 大丈夫、一緒ならできるさ。共にカミュワの恥部を全て丸ごと暴こうではないか。……あのクソジジイの名を地の底に叩き落とそう……編集長。それがアタシの――アタシとオマエの望み、だろう……?」


 甘く囁く毒の息の邪悪さよ……! 美しき魔女に唆された編集長は、言葉の魔法に酔ったように朦朧としはじめた。

 まったく死人を貶めるためにどうしてここまで情熱を燃やせるのか、到底理解できない。


 だがやはりあいつは止めておかなければいけない存在――それはハッキリと理解した。


 俺は部屋の後ろの窓までゆっくり移動した。鍵はかかってない。今のうちに忍び込んで背後からお仕置きの一撃を見舞ってやる。

 自然と息を殺して、俺は静かに窓を押し上げる。


「どうかな、編集長? 我々の使命を思い出したか?」

「うぅっ……。も……もう一度、会議にかけてみましょう……フローラ様……」

「ヒヒヒヒッ! さすがは我が忠実なるシモベ! この世界でもオマエのような存在に巡り合えたこと、嬉しく思うぞ!」


 待ってろ編集長さん……その洗脳もすぐに終わらせてやる……。


「では早速仕事にかかるがいい。アタシもやることがあるのでな。

 ……なあ、そこのネズミよ?」


 鋭い眼差しが突然こちらに向いたかと思うと、机の上のペン立てから、鋭利な万年筆がひとりでに飛び出した。


「――うおぉぉぉっ!?」

「デオ様っ!!」


 顔をかすめ思わず発した叫びに編集長がはっとする。


「だ、誰ですかな!? 編集長室に忍び込もうとは……誰かガードマンをここに!」

「いや気にするな、アタシの客らしい」


 フローラは彼を制すと、大きな箒をドンと突く。


「その程度の隠蔽術でフローラの目を誤魔化せるとでも?」

「う、くっ……バレてたか!」

「そんなぁ、バッチリかけたはずなのに……」


 動転するエシェロを指さし、フローラは目を見開く。


「ああだが……今気づいたぞ、誰かと思えば、天空人のエシェロか! ヒヒヒ、久々だな! どうだ、まだご自慢の売り上げは他のヤツに抜かれてないのか?」

「お、お久しぶりです。そ、そうですね……最近は小説業界全般で売り上げが不振で……」

「そうかそうか。だがオマエらはいいなぁ、表紙にカミュワの名があるだけでアタシらの何倍も売れるんだろう?」

「え、えっとそれは――」



「いや世間話してる場合かぁーッ!!」

「あっ、ああっスミマセン、訊ねられたもので、つい……!」


 万年筆が飛んできたのはフローラの念動術だ。

 炎みたいな分かりやすい形がない分、どこから攻撃されるか予測しにくい。


 あいつの魔法を避けながら、どうにか収録・・までこぎつけられるだろうか……?


 ……いや、無理じゃね?


 一度態勢を立て直すべきだ。なんとか隙を見て逃げないと!

 そう思った矢先、フローラが改めて俺を見据えた。


「オマエは知らない顔だな、誰だ――と言おうと思ったが、やはり無用だ」

「何だと?」

「見ればすぐに分かったぞ、オマエのこと……。いや、そのニオイ、纏う気だけでも分かる! ――オマエ、ジジイの息子だな? あのふざけたクソジジイのッ!!」


 そう叫んで腕を振り抜く。


 ヤバいッ!!

 直感した俺は素早く隣の部屋に滑り込んで身をかがめる。


「よ、よしここにいれば――――へ?」


 メリ。バキバキバキバキッ。

 背筋を刺すような音に見上げると……、


 なんということでしょう。

 部屋と部屋を仕切る壁があっという間に吹き飛んでいるではありませんか――。


「いいところに来たな。……ちょうど、訊きたいことがあったのだ」


 箒に腰かけた魔女は嗜虐的に微笑むと、その指先で狙いをつける。


「さあ聞かせてくれ息子殿……あのジジイの死に様をよ」


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