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脱走者は魔女

 乗り合いの牛車に揺られて俺は行く。横には三次元化したエシェロも一緒だ。

 行先は件の死者冒涜新聞を発行した新聞社のある街――相続した屋敷からは北の方にある街だ。


「……うぅ」


 ゆらりゆらりと進む車の上で、フードをかぶったエシェロはどこかそわそわしていた。……なお、このフードは俺がかぶせたものだ。

 嘘みたいな――というかフィクションなのだが――顔立ちの綺麗さをしたエシェロはそのままじゃ周りに目立ちすぎる。あまり目を惹いて、俺たちが今話題の作家カミュワの関係者だと知れると面倒……というか、恥ずかしいとしか言えない。

 そういうわけで本の中に入れておくか、外にいるときでもフードはかぶせるようにしているのだ。


 そんなエシェロにこそっと話しかける。


「どうした、落ち着かないな。トイレか?」

「ち、違いますよぉ……。ただ、ちょっと……酔い、といいますか……」


 車酔いか。牛車はかなり安全運転で進んでいるし乗り心地も悪くないが……。

 と、思ったけど、そういえば彼女は『空の誘い』によると天空の国出身。地上を歩く乗り物、というのは耐性がなかったのだろうか。


「本の中入るか?」

「い、いえ……! せっかく景色も奇麗なので、も、もう少し頑張りマス……!」


 そう言って、彼女は見渡す限りの田園風景に目を向ける。確かによく晴れて気持ちのいい昼だ、せいぜい遠くの白化粧をした山でも見て気を紛らわすといい。


「にしても、父さんが裏名義とは……。まだ信じられない気分だな」

「お父様、かなり徹底して隠していらしたので……!」


 そりゃ知られたくもないだろう、新聞をして『世にも卑猥』なんて言われるような――ありていに言えばエロ本を作っていたのだ。知られたいと思う男がどこにいようか。


「新聞社にリークしたのも、その裏のキャラか?」

「昨日の新聞に続報がありまして……。どうやら、タレコミをしたのはフローラさん、のようですね……」


 フローラ。聞き覚えはない。


「確か、五年ほど前に書かれた……裏名義作……の、ヒロインでして」

「……ったく、いい歳こいて何を書いてんだ。で、そのフローラ何某を封印するための本はあるのか?」

「は、はいっこちらに!」


 肩掛けのバッグから取り出した一冊の本のタイトルを読む。



『快・虐・淫・獄 ~魔女様のおしおきとごほうび~』



「本当に何書いてんだあのジジイ!?」


 目を疑う、いや神経を疑う。

 どうやったら『金より出でし』だの『近代念動術概論』だのを書いた人間の頭からこのタイトルが出てくるんだよ!!


 一応エシェロから本を受け取っておく……。外に出た連中を文字の鎖に繋ぐのは、裏名義――この本では『ジャングル・ブラック』――はいえ、作者と同じカミュワを継ぐ俺の役目だ。

 見てみてもやっぱり中身は白紙。それだけに、残ったタイトルが妙な存在感を放っている気がした。


「こ、この魔女……ってのが、フローラってヤツのことなんだな?」

「ですね。本文ではよく〝ドS〟と表現されるのですが……そ、それに違わぬ苛烈な方で……。作中では拾ったみなしごの少年のことを召使いのように手ひどく扱って、無理難題を吹っかけて楽しんだり……せ、性的ないたずらをしたり……という風で……」

「みなまで言うなみなまで」


 なかなか厄介そうな女だ。カミュワ名義の作品のキャラならエシェロのように話もできようが、エロ小説のキャラなんて絶対イカれてるし。……気が滅入ってきた、こんなのがあとどれくらいいるんだろうか。


「あ~……そうだ。エシェロはそのフローラの顔は知ってるのか?」

「はいっ! お父様は時々、私たちをお茶会に呼んでくださいましたから! 繋がりのないシリーズでも顔見知りはそれなりに!」

「へぇぇ~……」


 なーんか楽しそうだなーそれ……。どうせ他のキャラもエシェロみたいに美形なんだろーなー…………。

 母さんに言いふらしてやろうかな。


 それからしばらくエシェロはお茶会での思い出を楽しそうに語っていた。その横顔はやっぱりすごく美しい。……が、それは整った顔立ちからのみ出るものではなかった。


「デオ様のお話もよく伺っていて! 小さな頃に絵の具で遊んで全身真っ赤になっちゃって、奥様がゴブリンと見間違えて警察を呼んだ、なんてお話でもうドッカンドッカン大爆笑ですよっ!」

「ああ、あったねそういうこと……。よかったよウケたんなら……」


 息子の恥で茶をシバくな。と思う所はあったが。


「……なのに、ご挨拶もできずにお別れなんて。……はぁ」


 なんだかんだ、慕われてはいたんだな。エシェロを見て思う。


 血を分けたわけじゃないが、たくさんの娘がいて。単身、各地を転々とする生活でも彼女らのおかげで寂しくはなかったんだろう。……じゃ、いいか。今は許そうオヤジのことを。

 向こうでこの子に感謝することだな?


「……そのフローラは見れば分かるとして。あとはまだ新聞社のある街にいるかどうか、だな。別のところに移動してたら足取りを追うのが大変だ」


 そう呟くと、エシェロは思いついたような顔をした。


「で、でしたら……チェックしてみますか?」

「チェック?」

「え、っと……とりあえず、私の本でやりましょうっ!」


 そう言うと彼女は俺の懐から『空の誘い』を引っ張り出す。


「本と人物は、元は渾然一体だったものです……なので、お互いに磁石のように引き合う力があって……」


 ページの端をわずかに切り取って、その紙くずを俺に渡す。


「本の一部を漂わせれば、その欠片は自然とその外にいる登場人物の方へ……そうっ、私の方へと流れてくるはずなのです!」

「ほほう、なるほど?」


 俺は受け取った切れ端を空中に向け吹いてみた。

 すると確かに、ひらひらと宙を舞ったそれは吸い付くようにぴと、とエシェロのおでこに張りついたのだった。


「ど、どうです、すごいでしょう!?」

「すごいな。魔法っぽさある」

「えへへ」


 俺はもう一切れ、紙を切って風に流した。

 ぴとっ。やはりエシェロのおでこへ。


 方向や位置を変えて試してみる。

 ぴとっぴとっ。紙くずらしい自然な挙動ながら最後にはやはり同じところへ吸い付く。……間違いなく『空の誘い』はエシェロと繋がっているようだ。


「あ、あのぅ……こ、こんなに何回もやる必要あります……?」


 痒そうにして彼女は紙片をつまみ取った。


「実験するなら結果に確証が持てるまでやらないとな」

「なるほどぉ」


 それも嘘ではないが、白状すると、むず痒そうにしているエシェロが面白くてやった。後悔はしてない。


 そういうわけで、改めて『魔女様以下略』を開きページ端を切り取った。

 ざわざわと田畑を吹き抜ける風にそれを流すと、一瞬高く舞い上がり、それから風上の――北の方へと飛んでいく。


「少なくとも、フローラはこの方角にいる、か……」

「は、早く見つけてお父様の記事を止めないと……! 放っておくと、もっと、も~っとまずい爆弾が出るかもしれませんから……!」

「…………だなぁ」


 あんな穏やかな顔で死んでおきながら……遺品整理のみならず、これほどの面倒を遺してくれるとは。


「相続放棄、すりゃあよかったなぁ……」


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