いつの日か....
晃行達のグループと離れた私。
一人ぼっちを覚悟していたが、意外にも元の友人達は私を受け入れてくれた。
『あんな奴等に騙されて馬鹿ね』
友人の言葉は私の心を抉った。
しかし帰って来れただけマシ。
そう割りきる事にした。
龍平は三年になると特進クラスへ編入した。
もう登下校は一緒に行けない。
学校での接点も殆ど無い。
龍平に謝りたいが、彼は私に近づこうとしない。
時間だけが過ぎて行った。
「おめでとう美里ちゃん」
「ありがとうございます」
「龍平君もたいしたもんだ」
今日は私の家族と龍平の家族での食事会。
11月の公開模試で美里は全国50位以内に入り、龍平も素晴らしい成績を取った祝賀会も兼ねていた。
私の結果は言わずもがな。
完全に蚊帳の外だった。
「凄いわ、山本さん!」
お母さんが龍平のお母さんに話し掛ける。
あんな嬉しそうなお母さんの顔久しぶりに見たよ。
「まぐれよ、まぐれ」
「ちょっと母さん」
龍平も嬉しそう。
あの笑顔を私にも...
「おめでとう龍平」
そっと近づいて話し掛ける。
これくらい大丈夫だよね?
「悠里さんも綾南大学行けそうで良かったな」
「...ありがとう」
『悠里さん』
他人行儀な彼の言葉。
表情こそ笑顔だが、もう昔の笑顔じゃないのは直ぐに分かった。
「ねえ兄さん」
美里が割り込む様に龍平に話し掛ける。
「何かな美里?」
「私も龍平って呼んでも良い?」
「そんな事か、もちろん良いよ」
「やった!」
嬉しそうな美里。
龍平の笑顔は私の時と明らかに違っていた。
その後、私は龍平に一言も話す事が出来ないまま食事会が終わった。
翌日、私はお母さんをリビングに呼んだ。
お願いをする為に。
「少し相談があるの、お父さんに言う前にお母さんに聞いて欲しくて」
「分かった」
私の様子にお母さんの表情が引き締まる。
真剣さが伝わったみたいだ。
「私、綾南に行きたくない、浪人させて下さい」
「はい?」
呆気に取られた声のお母さんに頭を下げる。
顔を見るのが怖い。
「...貴女、まさか」
「うん立才大に...」
「龍平君に?」
「うん」
沈黙が流れ、額に汗が滲む。
「浪人するのは構わない、でも龍平君からは離れなさい」
「え?」
お母さんの言葉の意味が分からない。
なんで龍平と離れるのが条件なの?
「悠里、貴女がした事はみんな聞いたわよ、美里からね」
「嘘...」
なんで美里はお母さんに?
頭に血が昇るのを感じた。
「私も最初は信じられなかった。
龍平君に聞いても何も言わないし。
最後は予備校のお友達から聞いたのよ」
「...お父さんも?」
「もちろん知ってるわ」
「そんな酷い!!」
みんな知っていてたなんて!
思わず椅子から立ち上がっていた。
「酷い?」
「そうよ!昨日だって...」
「あなた龍平君に一言でも謝った?」
お母さんは全く動じず、私を見つめ返す。
力の籠った目に声が続かない。
「一年前、龍平君の約束をすっぽかして別の男の子達と遊びに行ったんでしょ?
それも謝ったの?」
自分がしてしまった愚行。
そして悪夢の記憶が甦る。
「その子達、龍平君を呼び出して更に酷い事したらしいじゃない。
あなた謝ったの?」
「...許してくれないよ」
謝れない。
謝る資格なんか無い。
今更許してくれないだろうし。
「悠里!許す、許さないじゃない!
人の心を傷つけたら先ずは謝罪からでしょ!
そんな事もしないで貴女は!」
涙を浮かべたお母さんの目にようやく気づいた。
そうだ、今からでも!
「行ってくる」
「待ちなさい悠里!!」
お母さんの手を振りほどく。
早く龍平の家に行かなくては!!
「姉さんはいつでもそうよ」
リビングに姿を現した美里。
その目には怒りが滲んでいた。
「み、美里?」
「帰ってきたの?」
お母さんの言葉を無視して私の前に立つ。
気迫に押され前に進めない。
「昔からそう、兄さ...龍平が中学の時に女の子から告白されて私は断ってってお願いしたのに、姉さんは龍平を無言で睨むだけで」
そうだ美里はちゃんと口にしてた...
「高校もだよ、龍平がなんで姉さんと一緒の高校に行ったか分かってるの?」
「それは...龍平は併願の公立に落ちたから」
私は専願で今の高校に入った。
龍平は併願だった。
「バッカじゃないの?
わざとに決まってるでしょ!!」
「まさか?」
「龍平は言わないけどね。
落ちる筈無いよ、私より勉強が出来たのに」
初めて知る事ばかり。
そんな、龍平は私の為に今の高校に。
私を見守っていたの?
美里を押し退け私は自分の部屋に走った。
もう堪えられない!
「逃げるな!」
美里の叫び声に身体が固まる。
何故?動けないよ!?
「また逃げるつもり?
見るべき物を見ないで、楽な方へと流されてばかり」
...そんな...声が出ない。
「やり直せるとでも?まさかそんなバカな事考えてないわよね?」
背中から美里の言葉が突き刺さる。
一つ一つの言葉が。
「いくらバカな姉さんでもそんな事言わないか」
「...美里、もう龍平と?」
何とか声を出す。
これだけは聞きたかった。
「まだよ、まだ付き合ってないわ...」
「...そう」
思わず安堵のタメ息が出る。
まだだ、龍平はまだ美里と...
「大学に受かったら告白してくれるって約束してくれたの」
美里の言葉に微かな希望が打ち砕かれ、絶望が襲い掛かった。
「何でよ美里!!なんで私に告白してくれなかったのに...」
「お前が先に捨てたんだろ!」
「私が捨てた?」
「あんたの裏切りに龍平がどれだけ傷ついたか分かってるの?
去年誕生日、散々兄さんを馬鹿にして!」
「ち、違う!」
そうじゃない、馬鹿になんかしてなかった!
少し余所見しただけだ!
「違う?何が違うの?言ってみなさいよ!」
「....あれは」
ダメだ言い返せない!
「ほら何も言えないじゃない!
あんたはいつもそうよ!」
回り込んだ美里が目前に迫る。
その目からは涙が流れていた。
「止めろ」
後ろから聞こえたのは彼の声。
一番聞きたかった筈なのに、今は怖い。
「龍平兄さん...どうして?」
「おばさんからの電話で」
美里は龍平の隣に立つ。
そこはずっと私の場所だったのに。
「俺を支えてくれたのは美里だ。
お前の裏切りを教えてくれたのも、お前がアイツらと一緒になって遊び歩いてたのも全部な」
「...なんで」
どうして美里は知っていたの?
「あんな大声で喋ってれば私の部屋まで筒抜けよ」
「...そんな、どうして言ってくれなかったのよ」
「言う、何を?」
「聞いてたのなら私を止めて...」
そうよ、止めてくれたら絶対に私は行かなかった。
「悠里いい加減にしろ!!」
龍平は私を睨む。
初めてだ、こんな表情の龍平は...
「確かに俺は悠里に告白しなかった。
言葉にしなかったのは間違い無い、だがそれとこれは話が別だろ!」
「そんな」
「あいつらの評判くらい知ってただろ。
陽キャだ、リア充だ、そんな下らない物しか人を見ないアイツ等に靡いたお前を信じられるか?
止めたらお前は帰って来たのか?」
「...」
何も言えない、その通りだ...
「俺のメールやラインも無視してたお前が...俺はそこまで馬鹿じゃない」
苦しそうな彼の言葉。
私はそこまで龍平を苦しめていたのか...
「それじゃな」
龍平は私から視線を逸らし立ち去る。
そんな!
「待って!!」
龍平の背中に叫んだ。
「諦めなよ」
「うるさい!私はまだ謝ってないのよ!」
「....もう手遅れだ」
静かに呟く龍平の言葉。
表情は分からない。
ただ、僅かに震えていた。
私はその場に崩れ落ち、泣きじゃくった。
気づけば美里は居らず、お母さんの悲しそうな視線だけがあった。
卒業後、龍平は立才大学に進んだ。
あれ以来言葉を交わす事無く、彼は大学近くで下宿する為に家を出て行ってしまった。
今美里は龍平の家で来年の受験に向けての勉強を本格化させている。
私が家に居たら邪魔なんだろう。
私が家を出るのは反対された。
家族の信用を失った私に反論の余地は無かった。
結局私は綾南大学に進んだ。
幸いにも高校時代の友達はその後も私を受け入れてくれた。
家で腫れ物扱いの私は親が選んだバイトをしながら日々を過ごしている。
晃行達の噂は知りたく無いのに噂好きの友人が教えてくれた。
晃行はコンパで知り合った子に酒を飲ませ停学処分を食らったそうだ。
靡かない女の子に業を煮やしてという理由に呆れ果てた。
眞由美はテニスサークルの先輩と浮気したのが顕二にバレ、2人は早々に別れた。
顕二は浮気相手の先輩に殴り掛かり逆に叩きのめされた。
先輩は眞由美に恋人が居る事を知らなかったそうだ。
尻軽ビッチの烙印を押された眞由美だが意外と平気そうなのは性分なのかもしれない。
『アイツ等高校のリア充気分を引き摺って馬鹿みたいだね』
教えてくれた友達は堪えきれない笑みで私を見た。
なんて事は無い、私はまだ晃行達の仲間と思われているのだろう。
本当は友人から受け入れられてなんか無いんだ。
私は未だに幼馴染みを馬鹿にして晃行達に踊らされた奴と実感した。
そんな私は勉強を再開した。
目標は立才大学。
何年掛かっても良い。
例え龍平達が卒業した後でも。
もし合格したら、その時は言うんだ。
龍平、あの時はごめんなさいって...
ありがとうございました。