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気づいた時は手遅れだった

 

 龍平を失ってから私の日々は急速に色を無くしてしまった。

 何をしても楽しく無い。

 毎日の登下校、残り1年半の学校行事、そして将来の進路。

 今の時間が大切なのは分かっている筈なのに。


「お帰り悠里ちゃん」


「...ただいま」


 今日も1人で帰って来た。

 学校帰りに晃行達と喫茶店で喋って、適当な時間になったら帰る。

 それだけの事、何の話をしたかなんて覚えて無い。

 ただ空気を悪くしない為に相槌を打ってただけだ。


 そんな私は晃行と付き合っていない。

 さすがに彼等も強引過ぎたと思ったらしい。


『ごめんな悠里』


『すまん川井』


『少し強引だったかしら、悠里ゴメンね』


 一応謝った彼等に、


『ううん、いいの』


 そう言ってしまった。

 本当は私より龍平に謝るべきなのに。

 私も一緒になって龍平を傷つけてしまったのだから。


「どうしたの?」


「なんでもない」


 心配そうなお母さんの声に慌てて靴を脱ぎ家に上がる。

 その時、玄関である事に気づいた。


「美里は?」


「予備校に行ったわよ」


「予備校?」


 そんな話聞いて無かった。

 今まで美里は塾や予備校に通わず家のリビングで勉強していたのに。


「先月からよ、龍平君と一緒なんだって」


「龍平の?」


「ええ、今日も一緒に行ったわよ」


「どうして言ってくれなかったのよ!」


 声を荒らげてしまう。

 お母さんが悪い訳じゃないのに。


「どうして言わないとダメなの?」


「え?」


「悠里は新しい友達と勉強するって言ったわよね?

 龍平君に内緒にしててって言ったのは悠里でしょ?」


「...それは」


 お母さんの言葉に何も言い返せない。


 確かに言った。

 晃行達と遊ぶ時間が欲しい為に言ってしまった嘘が自分に跳ね返って来たのだ。


「龍平君と何があったのか聞かないけど、悠里はそれで良いの?」


 真剣なお母さんの言葉。

 龍平とあった事を知らないの?


「悠里も美里と一緒に行く?」


「...私は良い」


「大丈夫?後悔しない?」


「...分かんない」


「ならお母さんは何も言わない」


 後悔、そんなのはとっくにしてるよ。

 でも手遅れなんだ。

 あんなに龍平を傷つけてしまった私が今さらどんな顔して会えば良いの?


 無言でお母さんの隣を通り抜け、自分の部屋に急いだ。

 このままじゃ龍平を美里に取られてしまう。

 もう何をどうしたら良いか分からなくなっていた。


 それから私は美里を避け始めた。

 向こうも私を避けている。

 1歳年下の美里は私の高校と違う、この地域で一番偏差値の高い高校に通っているので家族でありながら接点を益々失ってしまった。


 それから1ヶ月が過ぎた。

 定期試験の結果が高校の廊下に張り出されていた。

 元々中位だった成績。

 こんな状態で点数が上がる訳も無く、私の結果は惨憺たる物だった。


「スッゲエな龍平!」


「ありがとう」


「え?」


 聞き覚えのある声に辺りを見回すと、すっかり印象の変わった龍平が成績表の前で数人の生徒に囲まれ、笑っていた。


「いきなり8位かよ、参ったな」


「ヤマが当たっただけだよ」


「んな訳あるかよ!」


 楽しそうな龍平。

 龍平の周りに居る人って確か特進クラスの生徒だ。

 一般クラスの龍平があの中に食い込んでいるって事なの?


「...おめでとう」


 そっと近づいて龍平の背中に呟く。

 聞こえてないだろうが構わない。


「ありがとうな」


 全く予想してなかった。

 龍平は私の方を振り返って微笑んだのだ。


「君は確か...」


「誰この子?」


 周りの視線が痛い。

 明らかに私の存在は異端扱いだ。


「川井悠里だよ、幼馴染みなんだ」


「龍平?」


 またしても龍平から予想してなかった言葉。

 一体どうしてなの?


「今は俺から近づいた訳じゃないだろ?」


「...うん」


 確かにそうだ。

 龍平は私を避けている。

 それだけの事を私はしてしまった。

 でも私から近づくのは大丈夫って事なの?


「私達みんな同じ予備校なの、だから山本君と知り合いって訳」


 1人の女の子が教えてくれた。

 でもどうして龍平の肩に手を置くの?

 龍平もどうして払わないのよ。


「川井って確か五十嵐のグループに居る?」


「え?」


 別の1人が私に言った。


「本当、見た事あるって思ったわ」


「山本、幼馴染みでも相手を選べよ」


 次々と浴びせられる言葉。

 決して罵倒じゃない、しかし一つ一つの言葉は私の心を抉った。


「ごめん私、行くね」


 居たたまれない空気に急いで立ち去る。

 ひょっとしたら龍平が追い掛けてくれるんじゃないか。

 そんな期待をしてしまう。

 しかし龍平からは声一つ掛からなかった。


「山本ってさ、最近カッコよくなってない?」


 いつもの喫茶店、眞由美がアイスコーヒーをストローでかき混ぜながらポツリと呟いた。


「そうかな」


 眞由美の意図が分からない。


「絶対そうだよ、私の友達も言ってるし」


「...眞由美」


 確かに龍平は変わった。

 少し長かった髪を切り、眼鏡を止めて最近はコンタクトに変えた。

 元々整った顔立ちの龍平。

 中学時代は数人から告白されていた。


 でも高校に入ると龍平は髪を伸ばし、眼鏡も黒縁の地味な物に変えてしまっていたんだ。


「大学はどうするの?」


 何とか話題を変える。

 これ以上龍平の話を眞由美から聞きたく無かった。


「もちろん綾南大学だ」


 あっさりと晃行が答える。

 綾南大学は私達が行ってる高校の併設校。

 内部進学枠があり、知名度もそこそこで普通科の生徒は殆どが綾南大学に進んでいた。


「みんな一緒ね」


「そうだな」


 眞由美と顕二が頷く。

 やはりそんな物なのか。


「悠里もだろ?」


「...うん」


 晃行の言葉を否定出来ない。

 今回の成績じゃ綾南大学と同じ偏差値の他の大学なんかとても無理だ。

 いや、このままじゃ内部進学枠すら怪しい。

 と、言う事は大学も晃行達と一緒になるのか...


「そういや山本君って立才大目指してるって」


 眞由美は何かを思い出したように呟いた。


「嘘だろ?国立じゃんか」


「マジかよ」


 晃行達の言葉は耳に入らない。

 立才大学はもちろん知っている。

 それは地元の国立大学ってだけじゃない。

 あの子が昔から目指しているのだ。

 妹の美里が...


「山本の話は良いからさ、そろそろ返事を聞かせてくれよ」


 ショックを受ける私に晃行の言葉。

 もう返事をはぐらかすのは限界か。


「うん、あのやっぱり」


 勇気を振り絞る。

 ちゃんと言わなくっちゃ。


「悠里、諦めも大切よ」


「...眞由美」


 眞由美は分かってるんだ。

 もう龍平と私は元に戻れないって事に。


「どうするよ?

 俺達と離れるならそれでも良いんだぜ、もう山本は居ないけどな」


 晃行の言葉に怒りがこみ上げる。

 誰のせいだ!

 もちろん私自身の過ちが一番の原因と分かっている。

 でもあんまりじゃないか!


「もういい、その目が一番の答えだ」


「ああ」


「さよなら悠里」


 次々と立ち上がる晃行達。

 私は何も言えず、1人テーブルに取り残される。


「...龍平」


 脳裏に浮かぶのはやっぱり彼の姿。

 何もせず、こうなるのが分かっていながらあんな奴等にしがみついていた愚かな自分。


「龍平...」


 私は一体何をしていたんだ?

 下らないグループに惹かれ、ずっと一緒だった幼馴染みを一方的に裏切って、そして見捨てられた。

 全ては自分の身から出た錆びなんだ。


「り、龍...平、ごめんなさい」


 もう何も考えられない。

 止めどなく流れる涙が私の制服を濡らした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。愚かすぎる。まあ、最後に奴等と縁切りだけは正解だが。 だが、こりゃあ、彼からの最期レベルの温情にも気付かん辺り含めて転落止まらなそうな気が。第一、未だ謝罪も無しと…
[気になる点] あんなことした奴らに「いいよ」なんて、この女には後悔する権利もないな
[一言] 謝るべきなのを認識していながら謝りはしない グループでは空気を悪くしないために相槌うつだけ 距離が開きつつあるのに現状を嘆くだけで何もしない 告白してくれない云々の時もそうだったけど悠里は結…
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