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サヨナラ 愛

作者: オムネ

偽善活動

サヨナラ愛、サヨナラ。それでも俺は生きます。


 大学のある江東区でボランティア活動を募集していた。大学3年の冬、就職活動中の俺は、履歴書の足しになればと応募してみた。

 故郷の秋を思い出す暖冬の都内、10代から50代の男女、20人が区営公園に集まり、社交的な挨拶を交わしている。世話好きな街のおばさんといった感じの40代女性が俺に話しかけた。

「良二さんはこの会は初めてですか?」、唐突に名前を呼ばれしどろもどろに

「はい」と答えた。

「私は涼子、ほら、ネームプレート」胸の名札を持ち満面の笑みを浮かべる涼子。他愛ない会話を涼子としていると、突然若い女の声で

「ふざけるな!」と叫び声が上がり、一堂が注目する。

メガネをかけた中年の区役所職員、斉藤に食って掛かる若い女。しゃがみこむ斉藤。車椅子から転げ落ちるくらいに胸ぐらを掴み

「今更不参加はないでしょ?身障者はボランティアもできないダメ人間ってこと?」

斉藤も困った様子で

「ですから、何度もご説明申し上げましたが、今日は、区内のゴミ拾い活動ですから、車の往来が激しい場所も行います。お身体のご不自由な方は」遮るように女が

「前回もダメだったでしょ?お身体の不自由な私にも出来る活動って何?」


涼子が俺にため息をつき

「また愛ちゃんか」

「お知り合いなんですか?」

「毎回ボランティアに参加するんだけどね。いつもあの調子。お友達でも出来ればね」

上目遣いで俺を見る涼子

「やはりそういう展開か。世話好きオバサン」心で呟きながら歩み寄る俺に

「涼子が背中を叩き、頑張って、良二君」と即す。

愛は斉藤の横を向き、不機嫌ですと体全体で表現している。近寄る俺に気づいた斉藤は

「お願いします」とそそくさと愛の前から立ち去る。

「それでは皆さん、本日の日程をご説明します」涼子の近くで斉藤の公務員的説明が聞こえる。


「説明始まったよ愛さん」愛と書かれたネームプレートをちらりと見て話しかけた。

「私、偽善活動には興味がないの良二さん。もう帰る」車椅子の車輪を器用に動かし公園の外に向かう愛。ため息をつき、説明を聞こうとするが、涼子が追いかけるよう大袈裟にジェスチャーする。

「判ったよオバサン」諦めて愛を渋々追いかけた。

「若いって素晴らしい」涼子が俺を見て中年男性を話し相手としている。

「面倒くせー女だな」愛の第一印象はそんな感じだった。


枯木の並木通りを愛の後ろから歩いた。

愛の背中に向かって

「どうしてあんな活動に毎回参加するんだ?」と沈黙を埋めた。

「偽善者に答える気ないから」素っ気ない態度に流石に腹がたった。

「俺は善人でも、偽善者でもないんだけど」

愛が振り返り

「車椅子の可哀想な娘、だからついてくるんでしょ?」と言い放つ。

「別にお前の事可哀想とも思ってないし、大体ボランティア参加は履歴書の趣味覧埋めるため」

「良二年は?」

「23だけど、あと呼び捨てにするな愛」

「23か、私と同じね。今幸せでしょ?幸せな人間じゃないと偽善はできないもんね」

「どうしてお前はそんなに卑屈なんだ?大体その理屈だとお前も幸せなんだろ?」


「幸せよ。月に一回あの手の偽善者に文句言いまくるの。特に役所の人には最低の言葉を使うわね」

「お前最悪の女だな?」

「最低なのは身障者の助けになろうと哀れみを施すあなた達健常者じゃない?」

「どうでもいいよ。とにかくお前のおかげでボランティア参加出来なかったよ」

「別に区役所主催の会に参加することだけがボランティアじゃないでしょ?明日空いてる?」

予定はあったが何となく興味を持った俺は

「さあ」とあやふやに答えた。

「じゃあ3時に区営体育館に来て。今日のお詫びに面白いもの見せてあげる」

そう言うと愛は車椅子の車輪を力一杯漕いだ。

「バイバイ」

長い黒髪が風になびき愛はあっというまに並木通りから姿を消した。


夕暮れになりようやくアパートにたどり着いた。今日は咲に逢いたかった。力無く玄関の扉を開けると期待通り咲が振り返っり

「良二、お疲れ。ボランティアどうだった?」と笑顔をくれた。

「最低だったよ。特に車椅子に乗ってた奴がさ」

「楽しそうな展開ね?」イタズラに笑う咲を見たら愛の事がどうでも良くなった。

「まあいいや。疲れたよ」咲を押し倒しじゃれ合う内にいつの間にか寝てしまった。

「ホントウザイ女だな…」


駆け抜けること


区営体育館、重い扉を開けた。

目前を全力で車椅子を走らせる愛が通りすぎた。

少し遅れて、おそらく中学生の男の子が車椅子の車輪を力一杯漕いで愛を追いかける。

俺と反対側には車椅子に乗り楽し気に会話する20代の男女が数人と少し離れた所に保護者らしき年輩者がグループを作っている。

周りに気を取られていると愛が少年を引き離し大差でトラックを駆け抜けゴールしていた。

唐突に保護者集団から

「良二君!」と聞き慣れた声で呼び止められた。


ボランティアオバサン涼子が昨日に引き続きオーバーアクションで手招きしている。

「今日は、昨日は愛ちゃん押し付けちゃってごめんね」

「いいえ。ああしたコミュニケーションも福祉の勉強になります」とりあえず、優等生的解答。

「今日はね、車椅子の人達がスポーツを楽しむ会なの。愛ちゃんなんて本気でパラリンピック目指してるんだから」

「そうなんですか…」と曖昧な返事をしたが全く興味がわかなかった。

涼子が肩をたたき

「それより昨日は愛ちゃんとどうだったの?」

答えに詰まっていると愛が車椅子を起用に使いこちらに向かって来る。


「本当に来たんだ?」愛が流れる汗をきにせず話しかける。

「お前が来いって言ったんだろうが」

「そうだけどさ…それより私速いでしょ?これだけは誰にも負けないつもりよ」

「誰にも負けない?」

「何その含み笑いは?」

「俺とトラック1周勝負するか?」愛と話す内に不快になって思わずくだらない勝負を持ち掛けてしまった。

「いいわよ。でも何を賭ける?」

高校ではちょっと話題になったスプリンターのプライドに火が灯った。神聖なトラック競技を賭けるなんて…

「俺が勝ったら俺と寝ろよ?そっちが勝ったら何でも言うこと聞いてやるよ」

傷つけるつもりで投げた言葉に愛も答えて

「いいよ?奴隷にしてあげる」と捨て台詞をはいた。

「ちょっと本当に勝負するの?」涼子がスタートラインに立った二人の顔を覗き込む。

久しぶりの100メートル、涼子の声が耳に入らない

「合図お願いします」

涼子が渋々手を挙げ振り下ろし様に声を出す

「スタート!」

愛を突き放し俺はスタートを切った。後ろからタイヤが床に擦れる独特の音がする。第1コーナー、愛が俺を抜こうと横に並ぶが俺はなんとか振り切った。それからはしばらく愛が俺のすぐ後ろを走っているのが解る。

最終コーナーで再び愛に並ばれた。

「ヤバイ、やっぱ練習不足だな」そう思った瞬間足先が愛の車椅子に接触してしまった。

愛がコースを大きく外れる。俺は惰性でGoalを切ってしまった。


100メートルを駆け抜ける時は無心になれる。流れる景色だけが目に映り去っていく。気がつくと体育館の全ての人が俺を見ている。

愛も少し遅れてGoalした。

「負けチャッたね」

愛の嫌味につい言葉が粗くなった

「どうして本気で走らなかった?いつでも抜けただろ?」

「2本足で走る姿が綺麗だったから…ずっと後ろから見つめていたかったの…」

なにも言い返せなかった。沈黙に耐えられずペットボトルを愛に投げフラフラと壁際にへたりこんだ。


愛を抱く


「自分から誘ったくせに?馬鹿じゃない?」愛が俺を怒鳴る。

「障害者とはセックスできないの?」

売り言葉に買い言葉。愛の

「約束は守りなさいよ?」の一言でラブホテルまで来てしまった。

「健常者も障害者も関係ない。あんな勝負で軽々しくエッチするなんておかしいだろ?俺はただお前が神聖なトラック競技で賭けるからムカついただけでさ…」

「根性無し」愛のつぶやきで理性が弾けた。勢い良く愛をベットに投げると夢中で服を脱がせた。

裸の二人。愛の足は枝のように細く枯れていた。愛の上に乗ると必死に唇を貪る。

「良二…」

「愛…」吐息に混じりお互いの名前を呼び合い果てた。



「自分から誘ったくせに?馬鹿じゃない?」愛が俺を怒鳴る。

「障害者とはセックスできないの?」

売り言葉に買い言葉。愛の

「約束は守りなさいよ?」の一言でラブホテルまで来てしまった。

「健常者も障害者も関係ない。あんな勝負で軽々しくエッチするなんておかしいだろ?俺はただお前が神聖なトラック競技で賭けるからムカついただけでさ…」

「根性無し」愛のつぶやきで理性が弾けた。勢い良く愛をベットに投げると夢中で服を脱がせた。

裸の二人。愛の足は枝のように細く枯れていた。愛の上に乗ると必死に唇を貪る。

「良二…」

「愛…」吐息に混じりお互いの名前を呼び合い果てた。


俺の腕の中で目を閉じる愛はまるで子供のような無垢な顔をしている。

「ねぇ陸上やってたの?」

「高校2年までは。受験前にやめたけどさ…」

「良二は速かったの?」呼び捨てで呼ばれる自分の名前が心地良く聞こえた。

「九州じゃそこそこ有名だったよ?期待もされてたし」

「どうして辞めたの?」

「陸上好きだけじゃ生きていけないだろ?東京の大学行きたかったし。なあ質問ばっかりするなよ?そんなことよりもう一回しよ?」

「ばか…」愛が小さく拒否をしたが構わず一つになった。


死ぬのも良いね


愛と寝てから数週間後、自宅にいると突然携帯がなった。

「愛だけど良二?」

「ああ、久しぶり」

「ねぇタマ大橋に来れる?ちょっと死のうかなと思ってるんだけど?」

タマ大橋は東京と近県を繋ぐそこそこ大きな橋。新タマ大橋の施工に伴い何れ取り壊される運命にある。

台所で夕飯を作る咲の顔を伺った。

「死ぬことが目的じゃなくて気を引きたいだけだろ?寂しいから会いたいとかまともな言葉は言えないの?」

「半分正解で後はハズレだょ?死ぬのは本気。気を引きたいのは当たり!」

「わかった行くよ?」

「待ってます」、電話が切れた後、咲がすかさず歩み寄って来た。

「死ぬとかどうとか?大変そうね?ボランティアの関係?」

いつも穏やかな咲、こういう時は政治家にも負けない真っすぐな瞳で俺を追い詰める。

「タマ川に飛び込む前に話したいんだってさ」

「ねぇ…」咲が心配そうに俺を見た。

「解ってる。あんま深入りしないよ」

咲が俺を抱きしめたので俺も咲を強く抱きしめた。

「すぐ帰ってくるよ」咲の頭を撫でた。


手摺りの上に座る愛、数メートル下に川が流れている。

「落ちても死ぬことはないか」そう思い愛に近寄った。

「走って来なかったんだ?残念」

愛が遠くを見つめる。

「もう帰ろうぜ?寒くなって来ただろ?」

「どうせ死ぬつもりないと思ってるんでしょ?」

「はっきり言ってそう思ってる」

「そうなんだ、お騒がせ娘が!メンドクサイなって感じでしょ?」

「そうは言ってないだろ?」

俺の言葉を聞いた愛は

「ありがとう、バイバイ」と言い残しゆっくり後ろに倒れ川へ一直線に落ちていく。

ドラマではこういう時手を掴んで格好良く引き上げるが、実際は何も出来なかった。


落下する愛はまるでトラックを走っている時の景色に似て早くもありとてもゆっくりとしていた。

「バシャーン!」

愛が水面に着くと同時に俺は川に飛び込んだ。落下しながら愛を探した。着水の水しぶき、体の痛みを忘れて愛を水から引き上げた。

目を閉じた愛。

「おい、起きろよ?」頬をひっぱたいた。

愛が目を開けた

「ありがとう、良二なら助けてくれると思ったよ…」

愛を力いっぱい抱きしめると涙が止まらなかった。愛が助かった安心感、身投げする愛への同情。理由も分からずただ涙が流れた。


落下する愛はまるでトラックを走っている時の景色に似て早くもありとてもゆっくりとしていた。

「バシャーン!」

愛が水面に着くと同時に俺は川に飛び込んだ。落下しながら愛を探した。着水の水しぶき、体の痛みを忘れて愛を水から引き上げた。

目を閉じた愛。

「おい、起きろよ?」頬をひっぱたいた。

愛が目を開けた

「ありがとう、良二なら助けてくれると思ったよ…」

愛を力いっぱい抱きしめると涙が止まらなかった。愛が助かった安心感、身投げする愛への同情。理由も分からずただ涙が流れた。


ずぶ濡れの2人。愛の家まで車椅子を押して歩いた。テレビドラマや子供の頃の遊び、九州と東京の文化の違いなどたわいのない会話。

「どうして死にたかったのか」核心に触れる会話はお互いに必死で避けた。

「もうそろそろ家だからこの辺りで良いよ。今日はありがとう」

「なあ?」

しばらく沈黙し見つめ合った。

「どうして自殺したか知りたい?」

言葉が出なかった。

「どうせ死ぬなら良二の心に残りたかったの。あんなことした娘なら一生忘れないでしょ?」

切ない気持ちで胸が痛くなり愛を抱きしめた。愛は何となく怒った表情だったが無視してキスをした。どぶ臭いキスだった。


ずぶ濡れの2人。愛の家まで車椅子を押して歩いた。テレビドラマや子供の頃の遊び、九州と東京の文化の違いなどたわいのない会話。

「どうして死にたかったのか」核心に触れる会話はお互いに必死で避けた。

「もうそろそろ家だからこの辺りで良いよ。今日はありがとう」

「なあ?」

しばらく沈黙し見つめ合った。

「どうして自殺したか知りたい?」

言葉が出なかった。

「どうせ死ぬなら良二の心に残りたかったの。あんなことした娘なら一生忘れないでしょ?」

切ない気持ちで胸が痛くなり愛を抱きしめた。愛は何となく怒った表情だったが無視してキスをした。どぶ臭いキスだった。


さよなら 愛


「愛ちゃん!保育園遅れるわよ?」咲きが保育園の制服を持ち愛を追い掛ける。

「良二捕まえて!」、本気で怒ってる咲はお父さんではなく名前で俺のことを呼ぶ。

愛が飛び降りてから2ヶ月後に多発性硬化症とは別の感染症で亡くなったと涼子さんに聞いた。

大学を卒業し大手メーカーに勤め数年で咲と結婚した。娘の名前を決める時に咲が

「愛」にしたいと言った時は少し驚いた。


あの日、愛は医者と家族から死刑宣告を受けたのだろう。そして俺に助けを求めた。最後に会った時の泥臭いキスが今も忘れられない。


愛がようやく捕まり強引に着替えをさせられている。

テレビを見ているとパラリンピックのニュース。車椅子の少女がバスケットボールをしている。

「あなた?どうして泣いてるの?」

咲に言われるまで涙が頬を伝うのに気がつかなかった。涙を手で拭うとさらに涙があふれた。心配そうに愛が近寄り膝の上に腰掛ける。思わず愛を抱きしめた。

「大丈夫、ちょっと昔を思い出しただけだから」

愛を掴む両手の指に力が入った。


「さよなら、さよなら、愛。それでも僕は生きるよ」

区役所役員を罵倒する愛、駆け抜ける愛、裸の愛、足が枯れ枝のような愛、柔らかい愛、強がりな愛、泥臭い唇の愛、愛、愛、愛、愛、愛。

愛に会いたい。君の言う通り俺の心に一生愛は生きているよ?強く湿っぽい風が吹くと手摺りに座り流れる髪の愛を思い出すよ?今もあの場所には愛が居て俺を待ってる気がするよ?愛、愛、愛、それでも僕は生きるよ。君のいない世界は少し切ないよ。愛、愛。

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― 新着の感想 ―
[一言] 身体障害者と健常者と言う事で、なかなかテーマとしては難しかったのではないでしょうか?よく纏めてあったと思います。 残念なのは、台詞なのか感情なのか読み取りにくい場面と、良二と咲の関係性。逆に…
[一言] うーん。何ていうか、良二の気持ちが見えない…。愛に対する気持ちは『好き』だった?愛を抱いたのは勢い?でも「もう一回しよ」?ってやっぱり『好き』だった?じゃぁ、咲はなんだったの?その辺がぐるぐ…
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