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決戦の時〈6〉


 訓練。計画。訓練。計画。

 ゲインズ商会戦に備えた準備に明け暮れる。時間が矢のように過ぎる。

 どれだけ準備しても準備しすぎるということはない。

 命を賭けた殺し合いの場へ備えのないまま迷い込むのはただの自殺だ。


 もちろん、僕たちの背後には一時的に五海商会がいる。

 救護も支援も態勢は万全だ。

 フェイナも”頭が吹き飛ばなければ助けてみせる”と豪語している。

 それでも絶対はない。負けて全滅する可能性はある。

 ゲインズ商会の側も準備を進めているのだから。


 ……もっとも、五海商会とゲインズ商会では底力が違いすぎる。

 ゲインズ商会の内情は筒抜けだ。向こうの計画はだいたい判明していた。


「見ての通り、カジノの警備は厳重だ。普段からいる警備員に加えて、幹部陣とラクートが集まってる。それ以上の実働部隊がいないのは救いだけど」


 机に広げたカジノ内部の図を広げて、僕は言う。


「はっきりした理由はある。外聞を気にしてる五海商会が、カジノに段階を踏まず直接殴り込みをかける可能性は低いと踏んでるんだ。僕とリルの二人に対処できる戦力があれば十分だと見てるらしい」


 なので、ラクートさえ何とか無力化すれば戦える範疇の戦力差になる。


「警備してるのはパーティ単位で雇われた冒険者だ。警戒すべき相手は……」


 敵の情報を元に黒板にチョークで陣形を描き、僕たちの取るべき戦術を決めていく。

 マークして真っ先に落とすべき相手。注意すべき技能。敵の弱点。

 戦闘中に判断を下すよりも、戦闘前に判断を終えておくほうが圧倒的に早い。

 そして、少数で多数を相手にするための命綱は、速度だ。


 カレンダーを確認する。残り五日。



- - -



 翌日。

 用事を終えて帰ってきたとき、ちょうどリルとモウルダーが倉庫で訓練中だった。

 リルが魔法の盾を展開し、そのまま突進して壁にぶつかる。

 〈大盾撃/ワイドガード・バッシュ〉だ。


「なんと。既に〈独自(ユニーク)技能(スキル)〉を覚えられているのですな」


 モウルダーが驚いたように言った。

 もともと彼は技能に頼るタイプじゃない。

 指導する上で技能関連は後回しにしてたんだろうな。


「今の技能枠には、何を?」

「〈大盾(ワイドガード)〉のままにしているのです。防御力が上昇する常時発動(パッシブ)技能の〈鉄壁(フォートレス)〉も試してみたのですけど、そうすると〈大盾〉が小さくなるので」


 リルには一通り、〈独自(ユニーク)技能(スキル)〉についての説明をしてある。

 十分に何らかの技能(スキル)を使いこなし、〈クラス〉の技能枠に刻まずとも自力で技能を発動できるレベルになった冒険者がたまに習得するものだ。

 当人の個性に応じて技能の性質が変化するため、まさに〈独自(ユニーク)技能(スキル)〉という名が相応しいものになる。

 この〈独自(ユニーク)技能(スキル)〉を技能枠に刻むことも、一応は可能だ。

 あまり効果はないが……。


 むしろ、技能を自力発動できるようになってからも技能枠に元の技能(スキル)を刻んだままにしておく場合が多い。

 というのも、技能枠に刻んでいる状態で技能を使うほうが効果は高くなるからだ。

 せっかく〈独自(ユニーク)技能(スキル)〉を持っていても、元になった技能の効果が低い状態では〈独自(ユニーク)技能(スキル)〉まで一緒に弱くなってしまう。


 リルの場合、技能枠から〈大盾(ワイドガード)〉を外した状態だと、展開される魔法の盾は一般的な盾と同程度のサイズだった。

 〈大盾撃/ワイドガード・バッシュ〉を放とうとすると更に魔法の盾は小さくなり、ワイドどころかせいぜい少盾(バックラー)ぐらいの大きさでしかない。

 単に盾で殴るよりも弱くなってしまうのでは、せっかくの独自技能も無意味だ。


「ふうむ。しかしリル殿……クオウ殿を守りきるのが、あなたの役目ですぞ? 私が目指す冒険者像を聞いたときも、仲間を全力で守る盾役だと仰っておられた」

「そうなのです」

「リル殿の戦い方も、派生した独自技能の性質も、そういう盾役としての方向に向いているようには見えませんな……無論、悪いことではないのですぞ? とはいえ……」


 さすがにベテランの盾役だけはある。リルの性質はもう分かってるみたいだ。

 本人は他人を守りたがってるけど、実際のところ性格的には”引いて守る”より前に前に出ていって敵をぶん殴るタイプだ。

 味方の前に陣取って攻撃を弾いているときよりも、むしろ敵を攻めて圧力を掛けているときのほうがリルは活きる。


「リル殿が目指す戦い方と、心の底で求めている戦い方は違うようですな。そのせいで真の可能性に蓋がされている可能性があると、頭には留めておくべきでしょう」

「わたしの可能性?」

「ええ。……いいですか、リル殿。私は仲間を守ることを使命として長いこと戦ってきましたが、その過程で掴んだ教訓がある。”自分が皆を守っているのだ”という自覚は毒です。あなたが味方を守っているとき、同時にあなたは背後にいる味方の力に守られている」


 モウルダーの背中が大きく見える。

 僕よりも長く盾役として冒険者を続けてきた男の人生が、そこにあった。


「守るというものは、一方的な関係ではないのですぞ。完全に攻撃力に特化したアタッカーですら、その攻撃力で味方への援護を提供して守っている。守りの形は一つではない。味方の前に飛び出して守ることに固執する必要はない、ということです」

「……なるほど、なのです」

「ですから。あなたの心に従って戦うことに気後れする必要はないですぞ。存分になされるがよろしい。彼は器用な男ですから、きっと合わせてくれるでしょう」

「そうだね。もともと支援役なんだし、合わせるのには慣れてるよ。任せて欲しい」

「クオウ殿? 帰っておられたのですな」


 モウルダーは僕とリルを見比べた。


「……ふむ。やはり私の見たところ、お二人は前衛と後衛の関係ではない。役割を固定するよりも、横に並んで戦うほうが合うでしょう。……いえ、出過ぎた発言ですな」

「さすがだね。僕もその通りだと思う」


 僕とリルがもっとも息が合った瞬間は、確かにそういう連携だった。

 西の山へのプローブ回収依頼に行って、ユキオオカミの群れに襲われたときだ。


「……勿体ないな。迷宮都市からモウルダーが居なくなるのは」

「迷宮都市が私を惜しがるとしても、私は迷宮など惜しくありませんのでね。迷宮だけが人生ではありませんぞ?」

「分かってるよ。それでも僕の人生は迷宮にある。……幸福を祈るよ、モウルダー」


 僕たちは握手を交わした。

 彼は午後の船便で迷宮都市を出る。見送る余裕はない。

 これが最後の機会だ。


「クオウ殿こそ。あなたなら、必ず目指すものを掴めるでしょう。応援しておりますぞ」


 しばらくリルに指導を続けたあと、彼は時計を見て、大きな荷物を背負い込んだ。


「では。幸運を」



- - -



「完成したぜ」


 煤と汗に塗れて誇らしげな顔のマイザが、一振りの剣を掲げる。

 暗い朱色の剣身には血管のごとく管が渦巻き、その刃はぎざぎざに乱れている。

 禍々しさの奥に妖しい魅力を湛えたその剣には、まさに魔剣の名が相応しい。


「〈バイター〉。あらゆるものに噛み付いて血を吸い、自らの力に変える剣だ」

「切った相手の力を吸収するってこと?」

「いいや。触れたもの全てから力を吸収する」

「……使い手からも?」

「使い手からも」


 良くも悪くも、マイザの作った魔剣らしい特性を備えているようだ。

 〈ブラックマッチ〉と同じく、使い手を害する危険性が高い。

 ……にも関わらず、危険な魔剣を作り上げた当人は純粋に誇らしげな顔だ。


 マイザという女は、無自覚に危険なラインを踏み越える奴かもしれない。

 フェイナや僕は、そこに踏み越えるべきじゃない線があることを承知の上で越えるけれど……こいつは馬車の前に飛び出していく幼児みたいに、意識すらせず飛び出している。

 過去に裏社会絡みで偽の魔剣を作っていたときも、きっと同じだったんだろう。

 自分にとって良い剣さえ打てれば、他の何もかもどうでもいいやつなんだ。


 大変結構。どれだけアレなやつだろうが、鍛冶師としての腕さえあればいい。

 魔剣〈バイター〉を握る。瞬間、ぐさりと腕に何かが刺さった。

 僕の腕に血管じみたグロテスクな管が刺さり、血を吸っている。

 ……マイザの義手からも、似たようなケーブルが伸びているのを見た。

 きっと同じようなものだ。たぶんフェイナの知識が入っている。


「……体がだるい」


 赤黒い剣身がわずかに湿り、鈍い光を放っている。

 僕の気力と引き換えに、魔剣は濃い魔力の気配を漂わせていた。


「そりゃ、力を吸収する剣だからよ。何か切っちまえば体調良くなるぜ」

「何を切れって?」

「試しにこの魔石でも切ってみろよ」


 マイザが小さな魔石を放り投げる。

 僕は剣を振るい、その魔石を空中で両断した。

 瞬間、ぞくぞくと腕から快感が伝わってくる。

 魔剣が喜んでいる。吸われていたものが逆流し、魔剣が僕へ力を与えた。

 ……が、すぐにまた魔力が吸い込まれ始める。


「あとは……ポーションとか、斬ってみれば効果出てもおかしくねえぞ?」


 言われた通り、魔力のポーションを魔剣に注いでみた。

 ステータスの補正と、ポーションそのものが持つ魔力が剣から伝わってくる。

 しかし、さっきよりも物足りない感じがあった。

 試しに瓶ごと斬ってみると、注ぐよりも効果がある。

 ……なるほど。斬ったときにこそ最大限の効果が出るらしい。


「おっ、やってるね!」


 巻物を広げたフェイナが、彼女の工房から顔を出す。


「見てこれ! その魔剣ね、斬ったものの術式を送信できるようにしたんだよ!」


 巻物には複雑なグラフと魔法陣が浮かび上がっている。


「何の役に立つわけ?」

「……見てて面白いでしょ!? なんかの役に立つといいよね!」


 彼女は部屋に引っ込んだ。

 ……また体がだるくなってきた。

 何か斬るべきものを探している自分に気付き、慌てて剣を引き剥がす。

 腕に刺さっていた管が引き抜かれて血が垂れた。


 こいつで人を斬ったとき、どんな感覚があるんだろう?

 恐ろしい剣だ。


「この腕に刺さるやつ。何でこんな仕様にしたわけ」

「持ち手に力を与えるためには、そうするのが一番良かったからな。それに、今回は長持ちして再充填可能な高級魔石を仕込む金が無かった。魔剣を駆動するための動力をどっからか取ってくる必要があるだろ? あとはな、打ってるうちに自然にそうなったんだよ。良いものが出来るときは、剣の方からあたしに要求してくるんだ」


 誇らしげだ。

 ヤバい剣を作ってしまった、みたいな後悔は一ミリも見えない。

 ……まあ、最終的に責任を負うべきなのは剣を扱う僕の方だ。

 道を踏み外さないように気をつけておかなければ。


「全力は出し切ったぜ。一振りのためにこれほど時間をかけたのは初めてだ。そいつは今までで一番の最高傑作(マグヌム・オプス)だ……あたしが次の剣を作るまではな」

「ああ。確かに、この剣は傑作だよ。危険だけれど、それに見合うだけの価値はある」


 暗い朱色の剣を〈アイテムボックス〉に収める。

 四つある”バレル”のような魔剣収納部分のうち三つが埋まった。

 これからの決戦を生き延びられれば、いずれマイザが四本目を打つだろう。


 横目でカレンダーを見た。あと三日。



- - -



「強さは相対的なものよ」


 ブレーザーへの指導を終えたスノウ・ソーラティアが、最後に言った。


「重要なのは絶対的な強さよりも、相手と比べたときの相対的な強さ。何か一つでも相手に勝っている点があれば、そこを軸にして戦える」

「ああ」


 ブレーザーは骨杖を握っている。

 迷宮内で〈リッチ〉から託されたものだ。

 彼はその杖を使って魔法を放つことはできないが、それでも使い道はある。


「その上で、強みを仲間と組み合わせることよ。あなたがやるべき事は分かってるわね」

「もちろん。教わったからな」

「それでいいわ。……それと、クオウさん」


 僕は荷物整理の手を止めた。


「いえ……私の言うべきことなんて、何もないわね」


 彼女は頭を振った。


「あなたとカエイの関係に、適切な決着がつくことを願っておくわ」

「ありがとう。本当に、そう願うしかない状況だよ」


 ……その瞬間、フェイナの工房の方で大爆発が起きた。

 彼女は”ラクートを止める”という無理難題に向けて魔法薬を開発中だ。

 その過程で事故が起きたのかもしれない。慌てて駆けつけ工房のドアを開ける。


「あ、ダーリン! 成功したよ!」


 特に怪我のないフェイナが笑顔で僕に親指を立てた。

 でも、工房の中はぐちゃぐちゃだ。

 ……よく見ると単に元から汚いだけで、爆発が起きたような形跡はない。


「成功? 失敗して爆発が起きたようにしか聞こえなかったけど」

「え? なんて? あ、ごめん耳栓してた」

「ただの爆発だったけど」

「それでいいんだよ! 楽しみにしてて!」


 彼女はドアを閉めて開発に戻った。

 ……なんなんだ。いつものことか。


「クランを変えても、結局あなたは変な女に振り回されてばっかりなのね」

「うるさいな」



- - - 



 そして、決行前日。

 準備はおおむね整った。

 僕たち五人の戦術プランも、五海商会の側の戦術も固まっている。

 あとは最後に、五海商会が欲しがっている”物語”のための材料を作るだけだ。


「はい、メイク完了でーす。撮影どうぞー」


 録音・録画機材に囲まれた僕は、水晶を見つめながらセリフを読んだ。

 こんなものは作り物だ。

 ……けれど、イメージ戦略もまた”戦略”。

 僕が持っている武器の一つであることは確かだ。


 ……冒険者の戦場は、今や迷宮内だけに留まらなくなった。

 それが良いことなのか悪いことなのか、僕には分からない。時代の流れだ。

 少なくとも好きではない……だが、使うしかない。

 単純なステータスに恵まれない僕には、武器を選んでいるような余裕はない。

 全力で挑むっていうのは、そういうことだ。


 その努力の全てはゲインズ商会を潰すため、と言えば嘘になる。

 もちろんカエイを無理やり操ってるのは気に入らないし、リルを騙して売ろうとしたのも気に入らないし、〈レッド〉を流通させてるのも気に入らないし、アルギロス・ゲインズという男の何もかもが気に入らない。

 だけれど究極的に、僕はただカエイと戦いたいだけだ。

 ……僕だって、戦えるはずなんだ。証明してみせる。


 用意したセリフを読み終えたあと、五海商会から借りた通信機に連絡が入った。

 映像は出ないし音質も悪い。安いバージョンだ。


「三人とも無事にホテルに入ったぜ。鞄に詰め込まれた甲斐があったわ」

「了解。屋上の様子は?」

「事前情報通りだ。換気システムも確認した」

「射角は?」

「確保できてる。いい景色だわ」

「ちょいと高すぎて風が強いぜ。あたしの狙撃精度はアテにするなよ」

「分かった。明日はよろしく頼むよ、みんな。五海商会の護衛の人たちにもよろしく言っておいて」


 通信を切り、撮影用の椅子から立ち上がる。

 計画は用意した。けれど実戦が計画通りにいくことなんて滅多にない。

 迷宮と同じだ。どれだけ準備を重ねても、最終的には時の運が絡む。

 だが……十分な実力があれば、不運を跳ね除けることはできる。

 今の僕にはそれぐらいの実力があるはずだ。

 信じろ。自分を。積み重ねてきた努力を。夢を。


 そして、当日。


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