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決戦の時〈5〉


 元〈ミストチェイサー〉の二人は、僕と共に地下工房まで来てくれた。

 頼んでおいてなんだけど、本当に指導してくれるとは思わなかった。いいやつらだ。


「ダーリン! そういえばキスの約束はどうなったの!? なんかうやむやになってない!? ねーねーっ!?」

「ダーリンっ!? 今どきなかなか聞かない単語よ!?」

「……なんともまあ……随分とユニークな恋人を作られたものですな!」


 いつものフェイナだ。適当に否定してから仲間を紹介する。

 マイザだけは鍛冶場に籠もって出てこない。今がまさに鉄火場なんだろう。


「……ところでダーリン、ちょっと話が」


 指導が始まったころ、フェイナが僕を連れだした。

 混沌とした彼女の工房には真新しい材料が山積みされ、足の踏み場もない。


「〈クラスブースター〉を打ったあたりには、本当に違和感も何もないんだよね」

「ないけど」

「もう一回だけ検査させて」

「また?」


 彼女は真剣な表情で僕に魔法を掛けて、巻物とにらめっこしはじめた。


「うーん……やっぱり損傷が残ってる様子はない……」

「損傷してない方がおかしい扱いなの……?」

「だってあんな頭おかしい薬使って無事で済むわけないもん」

「……」

「ああ、そうそう!」


 いきなりテンションの高くなった彼女が、木箱をごそごそと漁りはじめた。


「最近、お手軽な簡易式ステータス検査薬が出てるんだよね! あれ用意してもらったんだよ、試してみよう!」

「計ったってしょうがないと思うけど……」


 彼女は先が五つに別れたガラス製の試験管を取り出した。


「ダーリンって血を吸われるんならどこがいい派?」

「吸われたくない派」

「じゃあ定番の首筋からで」

「いや……血を採るんなら腕でいいでしょ」

「つまんない……つまんないぞ! もう少しエッチ成分を増量しろ!」

「はあ……」

「あんまりシケてると浮気するぞ! マイザとかに! 汗と油に濡れた女の子ってエッチだよね!」


 工房の壁がハンマーかなにかで殴られる音がした。

 そういえば鍛冶場は壁の向こう側だ。


「じゃあブレーザーでいいや」

「そういう話じゃねえんだよ! 仕事に集中させろバカ!」


 壁を蹴っ飛ばす音がしたかと思えば、ガリガリと工具が鉄を削る轟音が響く。


「うるさっ! わざとやってるな!? へへーん効くか防音魔法施工済みだー!」


 彼女が壁のスイッチを入れた瞬間、部屋の外の音が聞こえなくなった。

 なんて無駄なギミックだ。


「こっちの会話だけ向こうに聞こえちゃうもんねー! イチャイチャしよ!?」


 なんて無駄なギミックだ……。


「さて、ダーリンの血液を試験管に投入っと」

「いつの間に!?」


 気づかない間に抜かれていた血が、試験管に入った液体に混ざる。

 五つに別れた管の先は、どれも特に反応しなかった。


「うへー全部Gランクだ。知ってた」

「じゃあ何で……ああ、〈クラスブースター〉の実験でもやるつもり?」

「そだよ。副作用を改めて確かめるついでに、ステータスの上がり幅も見ておこうって。ほんとに後遺症が出ないっていうなら、実験しても大丈夫だもんね」


 確かにその通りだ。ステータスの上がり幅も気になる。

 

「じゃ、行くよー」


 針が突き刺さり、痛みが襲ってくる。

 脳内麻薬の出ている戦闘中じゃない分だけ、苦痛を強く感じた。


「待機時の魔力流量が0.02から3YPS(イェン・パー・セカンド)まで増えてる。それでも魔力の出力そのものは少ないのに、もう回路が過熱しはじめてる……」


 フェイナは巻物に記されていくグラフを紙に書き写している。


「よし。平時のデータは取った。次はステータスを」


 それから僕の血液を採取して、先が分かれた試験管に垂らした。

 中の液体がカラフルな青や緑や黄色に染まる。


「EFEFD」


 彼女が呟いたその五文字は、ステータスの短縮表記だ。

 攻撃力E、防御力F、敏捷性E、知覚力F、魔力D。

 ……冴えない中堅冒険者みたいな値だった。

 僕が戦うべき相手の華々しいステータスとは比べ物にならない。

 カエイは”AEDBD”だ。一つでもAがあれば、その冒険者は一流と言っていい。

 今のリルでも”FCFFC”で、一般に才能がある扱いのCランクが二つ。


 EFEFD。見比べると冴えないランクだ。

 リスクのある〈クラスブースター〉を服用してまで得るステータスとしては低い。

 それでもオールGに比べれば天と地の差だ。


「よしダーリン、戦闘状態に入ってみて。その場でジャンプしながらアイテムボックスを開閉するとか、そういう感じで! はいどうぞ!」


 地味にきつい注文に従って、頭と体をフル活用する。

 太鼓みたいに激しい動悸の音と、化け物に潰されてるみたいな頭痛に襲われた。

 体が熱い。アイテムボックスを開いてる右腕を中心に、大きな熱を感じる。


「うわ。と、止めなくて大丈夫かな、これ……あ、止めないでね!」


 限界までデータを取れ、とのお達しが出た。

 望むところだ。更に追い込んでいくと、右腕の魔力回路が浮かび上がってきた。

 マグマのような輝きだ。じゅう、と何かの焦げる音がする。

 そして、僕は〈アイテムボックス〉を開けなくなった。


「回路がシャットダウンした! これ、魔力回路の中に緊急用の停止機能が組み込まれてるんだ! すごい、どこにそんな機能が!」


 フェイナが巻物のグラフと僕の腕を比べながら感動して叫んでいる。

 それから何回か試したが、やっぱり〈アイテムボックス〉は開かない。

 湧いていた力も消え去っている。

 ……実験しておいてよかった。

 知らずに実戦でアイテムボックスを開けなくなれば、僕は間違いなく死んでいた。


「いや、停止機能なんかじゃなくて、わざと負荷が集中して焼け焦げる部分を作ってあるんだ! ここが焼けると、ダメージなく全体が止まるようにして! 天才か!?」

「つまり、〈クラスブースター〉に深刻な後遺症は無いってこと?」

「たぶんね! 本来ならもっと回路がぐちゃぐちゃに溶けるはずだったんだけど」

「……そのへん先に詳しく説明してくれても良かったんじゃないかな……?」

「うわ治りはじめてる! 自己修復機能まである! 神経系とくっついてる回路を修復してるはずなのに、どうして痛みが出ないんだろう!? どうやってるの!? 天才!?」


 目を輝かせたフェイナが、部屋の中をうろうろしはじめた。

 早口で僕にはよく分からない理論の話を続けている。

 地面に積み上がったゴミや材料が蹴っ飛ばされて更に足の踏み場が無くなった。


「とりあえず、後遺症がない理由は分かったね! 過負荷で焼けてシャットダウンするから! で、焼けるまでの時間は戦闘の負荷が関わる!」


 フェイナが何かの数式を紙に書きはじめた。


「えっと、魔力流束の式と熱流束の式って同じだっけ……データはあるし魔力からの発熱は推定できて、ボトルネック部分の熱容量が……熱力学とか何十年前にやったきりで覚えてないよー……」


 本やらなにやらを参考にしながら、彼女が数式を進めていった。


「えーっと……たぶん、戦闘してると三十秒ぐらいで回路が焼ける、と思う」


 計算を終えた彼女が、自信なさげに言った。

 三十秒か。


「確かに、ザーラと戦った時にはそれぐらいで効果が切れたよ」

「合ってるのかな? それで、何もしてなければ焼けるまではかなり時間があるね。〈クラスブースター〉側の効果のほうが先に切れる。薬のピークアウトまでは数分」

「なら、戦闘直前に打つこともできるか」


 でも、リスキーすぎる選択だ。

 〈クラスブースター〉は最後の切り札として取っておくべきだろうな。


「あとは……回路が直ってアイテムボックスが開けるようになるまで、どれぐらい時間が掛かるか知っておきたいな」

「せいぜい数時間ぐらいじゃないかなー? わりとすぐ治ると思うよ」


 なるほど。数時間か。

 これで知るべきことはだいたい分かった。


「でも劇薬は劇薬だから。乱用したら体がヤバいのは変わらないからね」

「知ってるよ。承知の上だ」


 僕はフェイナの部屋を後にした。

 その瞬間、かなりの騒音が耳をついた。

 鍛冶の音に加えて、倉庫の方から金属のこすれあう音がする。

 音が反響してうるさいのは、窓のない地下の欠点だな……。


 僕は指導の様子を見に行った。

 予想通り、リルはモウルダーから盾役としての指導を受けている。

 盾をぶつけ合うような殴り合いの最中、どういう立ち位置を取るべきかの話だ。


「無理に押そうとするのは良くないですぞ。もし本当に誰かを守るのが望みだと言われるのであれば、もう少しエゴを捨てたほうがよろしいでしょうな」

「は、はい、なのです……」


 身長や歳の差も相まって、まさに師匠と弟子みたいな雰囲気だ。

 モウルダーは真剣な表情だが、明らかに上機嫌でもあった。

 引退前に技を継がせる相手が現れれば、そういう気分にもなるだろう。


 一方、ブレーザーにはスノウがついている。

 教えている内容は少し意外だった。


「そうそう、そうよ。イメージの届く範囲で。ルーティーンを繰り返すところから」


 遠距離武器じゃなくて、二人は魔法の練習をしている。

 それも、魔力の動きを強くイメージしてコントロールするような初歩の初歩からだ。


「なあ、ぜんぜん上手く行かないんだけど」

「構わないわよ。続けてれば何とかなるわ……ん、クオウさん。ちょうどいいわね。魔力操作のお手本を見せてもらいましょう」


 スノウが僕に小さな魔石を二つ投げてよこした。

 片方は魔力に満ちて輝き、もう片方は空っぽで輝きを失っている。

 魔石から魔石へ魔力を移すやつか。定番の訓練メニューだ。


 右手の小指と薬指の間、それと親指と人差し指の間に魔石を挟む。

 特に力を入れず、最低限のふわりとした操作で魔力を移した。

 左から右、右から左。魔石がかわるがわる点滅した。


「余分な魔力が出てないのが分かるかしら。あれぐらい力を抜いても、魔力回路のアシストを活かせば自然に操れるのよ。さあ、もう一回」


 ブレーザーは目を閉じて、地道に魔力操作を練習している。

 やる気はあるみたいだ。


「ところで、なんでまた魔法なんて?」

「出来るなら試すべきでしょう? 魔法しか効かない敵が出てくることもあるのだし、一芸特化より多芸で汎用性(ユーティリティ)がある冒険者のほうが有用だわ」

「そうかな? そうかも」

「……特化型には憧れるけど、実用的じゃないわよ。それに、特化するような冒険者は放っておいても勝手に尖るわ」


 確かに。


「だいたいこのパーティ、既に特化型だらけでしょう? だから、彼は器用貧乏を目指すべきなのよ。それも立派な選択だわ」


 スノウ・ソーラティアの腰には細剣と杖があり、背には小型の弓がある。

 ……彼女のステータスも、また低い。

 EFEFE。まったく冴えない数値だ。

 ゆえに彼女は武器を使い分け、自分の強さを押し付けるのではなく、相手の弱みを狙って”嫌な”戦い方をすることを選んだ。

 玄人好みの渋い戦法だ。その結果として、スノウの評価は高い。


「凡人には凡人の戦い方がある、ってことよ。……もう遅い時間ね」


 ブレーザーの肩をぽんぽんと叩き、彼女は倉庫を後にした。


「明日また来るわ」

「明日?」

「ゲインズ商会とやりあうんでしょう? なら、少しでも多くの助けが必要だわ。それに、あなたにもあなたの仲間にも死んで欲しくない」


 スノウが振り返り、自信に溢れた瞳で僕を見た。


「だって、ライバルは自分の手で倒さなければ意味がないもの」


 ……ライバルか。

 彼女のことをそう思ったことはなかった。自分より上の存在だと思っていたから。

 光栄だ。


「ありがとう、スノウ」

「どういたしまして。まあ、明日からもやるって言い出したのは私じゃなくて彼よ。じゃあね」


 スノウが帰ったのを見届けてから、モウルダーが僕にささやく。

 ささやき声とは言っても、部屋の反対側まで届くような声だけれど。


「彼女はかなりクオウさんのことを心配しておりましたからな。”しばらく暇なのだけど”と言いながら私の方をちらちら……おっと、こんな陰口はよくありませんな!」


 彼は無駄に大きな荷物を背負って帰っていった。

 ありがたい話だ。あの二人ほど強い冒険者に教われる機会はそうそうない。

 才能はあっても経験不足な皆にとっては心強い協力だ。


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