決戦の時〈4〉
作戦の決行日時が決まり、慌ただしく日々が過ぎ去っていく。
僕とリルが想定状況を絞った訓練を繰り返し、他の三人はそれぞれの仕事に集中した。
ある日、マイザが右腕から何本ものケーブルを生やした状態で現れた。
複雑なメカニズムが露出した機械義手を調整し、そこへケーブルを繋ぐ。
機械の五本指が動いた。ネジを回して油を差すたび、動きが人に近づく。
「どう? 痛みはない?」
「いや、まったく。最高だ。チェックリスト進めようぜ」
作戦を記した地図とにらみ合う僕の横で、マイザとフェイナが作業を進める。
小一時間経ったころ、二人は頷き、医療器具を持って工房の方に入っていった。
「クオウ! 見ろよ!」
瞳と義手をピカピカに輝かせてマイザが出てくる。
彼女は自慢気にがしょがしょ指を動かした。
腕と義手の間に垂れる数本のケーブルが揺れている。
「めちゃくちゃ格好いいだろ!?」
「た、たしかに……?」
「しかもな……! 見てろよ!」
彼女は地下工房の石壁を右手の義手でぶん殴った。
壁に穴が空いた。
「最高だろ!? しかも、これで材料は魔剣の余り物と普通の鉄だぜ!? 高級材料に変えればもっと強度が出るって寸法だ! あと、フェイナの設計した制御系魔法陣のおかげでマジ生身みたいな感触があるんだぜ!? すげえってこれ!」
「……凄いな」
どう見ても生身より強い。確かに傑作だ。
最高の職人と、長く生きてきた専門家の技術力が組み合わされた結果だろう。
〈五海商会〉や魔剣鍛冶職人でも、そうそう真似できないんじゃないか?
もしかして未来の冒険者はみんなああいう体に……あ、いや、それはないな。
「それ、迷宮内で死んだ時にはロストするんだよね?」
「もっと違う感想があるだろ!? ったく迷宮バカだな!」
彼女はぎこちなく義手で扉を開け閉めして、工房の方に戻っていった。
すぐに槌の音が鳴り響きはじめる。
〈原初の魔剣〉を作りはじめたらしい。期待して待つとしよう。
しばらく経った頃、倉庫の奥から目にクマを作ったブレーザーが現れた。
コーヒーのシミがついた原稿の束を抱えている。
「ちょっと届けてくるわ……」
五海商会の後押しを得て、ブレーザーの記事は各社に売れまくっているらしい。
”僕の独占取材権”なんていう役に立たなさそうな代物に彼が賭けた賭け金は、すごい倍率になって戻ってきたようだ。
「大丈夫? 届け先を教えてくれたら、僕が運んでくるよ?」
「お? じゃ、一緒に来てくれよ……」
一人で行かせるのも心配なので、ついていくことにした。
地上に上がった僕たちの横を、走り込み中のリルが抜けていく。
下半身がやや弱いという欠点さえ克服すれば、彼女はもう盾役として一流だ。
「特別なやつらは、いいよな……」
リルの背中を目で追いながら、珍しくブレーザーが愚痴をこぼした。
精神的に疲れてるんだろう。原稿の需要が高すぎて徹夜続きだ。
「俺にはさ……別に、強烈な過去も、でっかい夢も才能もねえし……」
「だとしても、そのうち結果は出る。僕はそう信じてる」
「……お前みたいな天才が羽ばたいてくのを見るのは楽しいけど、やっぱさ、それと比べて自分は……みたいな考えはよぎっちゃうわ……自分なりにやってるけどさ」
「は?」
僕が何だって?
「あ、いや、何でもないわ。すまんすまん、何も考えずに喋ってた。いや普段からそうだろって言われたら割とそうなんだけど。いや俺もう半分ぐらい眠ってたわ」
「……ブレーザー。僕は天才だと思う? この十年、ずっと微妙な立場だったのに」
「あちゃあ。参ったな」
彼は眉間を抑えた。
「思うよ。間違いなく天才だ。不遇だけど、それでも。そのへんの”ステータスが全部G”の冒険者が百年努力したって、そこまで強くなれねえっしょ」
「そんなことは……」
「クオウちゃん、努力の人だって自負してるでしょ? 才能ゼロだってさ」
「……まあ」
「結果より過程に誇りを持つのって、良いことだとは思うよ。でも、だからって自分に備わった才能すら否定してたら、それって良くないことなんじゃねえ?」
言ってることは分からなくもないけど。
「それに、失礼だろ? クオウちゃん、トップクラスの冒険者を目指してるじゃん?」
「当然」
「仮にSランクの冒険者になったあとも、ずっと”僕は才能ゼロだ”って言い続けるわけ? 他の冒険者はみんな僕より才能があるのに、努力が足りてないから弱いって?」
「……ただ……僕の努力を、天才の一言で片付けて欲しくないだけだよ」
〈アイテムボックス〉の開閉速度やコントロールだって。
最初から人より優れてたわけじゃない。平均的だった。
僕のことを並外れた〈アイテムボックス〉の天才だと思ってる人は居るけど、違う。
普通の冒険者は〈アイテムボックス〉の開閉をずっと練習したりはしないから、僕と同じ練習をやった人間は一人もいない……それで天才に見えてるだけだ。
「でも、クオウちゃんだってリルは天才だって思うっしょ?」
「……そうだね」
「天才だけど、努力はしてる。迷宮都市の”天才”なら、みんな同じじゃねえ?」
その通りだ。
僕の努力は、別に例外じゃない。
天才と呼ばれ続けることができるような人間は、皆が努力を続けている。
それを辞めた瞬間に、”天才だった男”という立場に転げ落ちるだろう。
……あのバリスですら、一時期は若き天才として持て囃されていたらしい。
「なあ。俺だってさ、クオウちゃんみたいになりたいよ。努力して、誰にも真似できない技を極めてさ……でも、俺には無理だ。だから、夢を託したいんだ……冒険者って、そういうものじゃん。他人の夢を背負うものじゃんか! 成功した冒険者一人の後ろに何十人もの脱落者がいて、何百人もの支援者がいて。だから、天才だって言われた時にはさ……素直に胸を張ってくれよ」
確かに、その通りかもしれない。
僕の夢はもう一人だけのものじゃない。もっと胸を張ってもいいのかもしれない。
……でも、素直にそう答えてしまったら、ブレーザーは本当に諦めてしまう気がする。
彼には才能がある。まだ技は未熟の極みでも、あの鋭い五感には可能性があるんだ。
本人が諦めてしまえば、その可能性は永遠に闇の中に消えてしまう。それは嫌だ。
「それでいいの? 君はファンの一人で良いわけ? ”天才”に囲まれてて、頼りにされてるっていうのに、諦めるって?」
「諦めるのが前向きな選択になるときもあるだろ」
彼は原稿に目を落とした。
「冒険者になるのも夢だったけど、文筆業で成功するのも俺の夢なんだよ。その二兎を同時に追うのは無理ってもんじゃねえ?」
「引退したあと、自伝を執筆して名を上げた冒険者は何人もいるけど」
「……」
彼は寝不足のにじみ出た目をぱちぱちと瞬いた。
「あ、原稿の届け先、通り越してたわ。さっきの角を右」
僕たちは微妙な空気感の中、すごすごと道を引き返した。
- - -
そのあと、僕たちは原稿を二分割してそれぞれ届けに行った。
一緒にいるには、ちょっと気まずい状況だ。
「手伝ってくれてありがとな。……帰ろうぜ」
いつものように人でごった返す迷宮都市を進む。
道すがら通り抜けた公園は、例によって訓練している冒険者たちで溢れている。
その中に一組だけ、動きの違う二人がいた。
何人かの観客に見守られながら、大盾の男と細剣の女が激しくぶつかり合う。
この二人は、細かい間合い調整とステップで超高速の駆け引きを繰り広げていた。
周囲の冒険者たちが止まって見えるほどの速度で動き回るにも関わらず、周りの邪魔になるようなことはない。
それだけ視野が広く、戦いながらでも周囲が見えている証拠だ。
「む!」
「クオウさん!」
戦っていた二人が、同時に僕へ気付いてこっちを向いた。
モウルダーとスノウが武器を引く。
相変わらずモウルダーは頼りがいのある巨漢で、スノウはスレンダーな色白美女だ。
装備が安くなってることを除けば、昔と変わった様子はない。
〈ミストチェイサー〉の中心だったころと同じく、二人ともまだ一流の冒険者だ。
「久しぶりですな! 風の噂だと上手くやっているようで、何より!」
「良ければ混ざらない? 久々に模擬戦でもやりましょうよ」
「……もちろん、って言いたいところだけど」
「俺のことは気にするなよ。寝てるからさ」
あくびをしながら、ブレーザーは芝生の上に横たわった。
天気もいいし、気持ちよさそうだ。誰かに踏まれなきゃいいけど。
「じゃあ、遠慮なく」
丁度いい機会だ。僕は右手を引き絞り、居合の構えを作る。
二人が怪訝そうな顔をした。
〈ミストチェイサー〉追放前はこういう戦い方をしてなかったな、そういえば。
「ハンデは居るのかしら」
「要らない。全力でどうぞ」
「では遠慮なく」
スノウが細剣を突き出し、重心を傾ける。
大きく踏み込んでくる速度は、しかし平均的だ。
一歩一歩に細かく織り交ぜる細やかな速度変化や、つま先の向きや視線を使ったわずかなフェイントを見れば、彼女の武器が身体能力ではなく駆け引きだとはっきり分かる。
せっかくの一戦目だ。こちらも駆け引きを楽しませてもらおう。
アイテムボックスを開き、〈マギ・インバーター〉を掴む。
通常の斬撃で届く間合いに入った瞬間に踏み込みのフェイントをかける。
一瞬だけスノウが防御的な構えに移り、間合いを空ける。
それを追いかけた瞬間、狙いすました反撃が繰り出された。
さっきのフェイントから計った僕の斬撃速度と間合いを元に、ギリギリ対処が間に合わないラインを狙っている。だが、そのラインは誤認だ。こちらの狙い通り。
「はっ!」
〈風撃の指輪〉による反動加速。剣閃が瞬く。
あえて威力を抑え、片手で剣を振るった。
が、スノウは驚く様子もなく攻撃を続行している。このままいけば相打ちになる形。
互いに譲る気はない。踏み込み速度の勝負だ。更に〈アイテムボックス〉を開く。
敏捷性向上のポーションを中の金属棚に叩きつけて割った。
普通ならありえない〈アイテムボックス〉からの居合による奇襲が、その中途で更に加速する。
リルと訓練している時に思いついた二重の初見殺しだ。
流石に驚いたスノウが、細剣の矛先を跳ね上げながら思い切り退いた。
僕の一撃は外れ、勢いのまま魔剣が流されていく。
「甘いわ!」
その後隙を狙った突きが放たれる。
普通はそう思うよな。一撃目が外れれば隙だらけだって。
僕は魔剣を振り切ってから〈アイテムボックス〉へ放り込み、〈無銘剣〉を掴む。
……威力の高すぎる反動加速居合を思い留まり、通常の居合を放った。
雪が降りるように音もなく突き出された細剣の矛先が、目前で留まる。
〈無銘剣〉の一撃を、同じように寸止めした。
スノウの赤い瞳が横に流れ、美しい〈無銘剣〉の刃紋に目を細める。
「相打ちだわ。いや……本来なら、私が遅い……」
「ああ」
元から、僕はスノウと相性がいい。
彼女は戦術と駆け引きの勝負を好む。戦闘スタイルが同系統だ。
同じ土俵で戦えば、僕にもそこそこ勝ち目はある。
「……あなた、更に初見殺しへ特化したわね? びっくり箱もいいところよ……危険すぎるわ。模擬戦用の武器を使いましょう」
モウルダーが刃のない剣を二振り投げてよこした。
何の変哲もない鉄の塊だ。寸止めに失敗しても多少の怪我で済む。
「素晴らしいですな。既に洗練されている。よほど修羅場を潜ったのでしょうな」
「まあ、ね。追放されてからずっと綱渡りだよ。そっちは最近、どうなの?」
「私は……引退を決意しました。もうそろそろ、妻子と共に過ごす時間を増やすべきだと思いましてな。それに、迷宮都市の環境は素晴らしいですが、子育てには不適なもので」
やっぱりナイスガイだ。こんな夫を持った奥さんは幸せ者だろうな。
……しかし、引退か。
まっとうな人間は、稼いでからもずっと迷宮に潜り続けたりしないよな、そりゃ。
「……そうか。短い間だったけど、一緒に戦えて楽しかったよ」
「ええ。私もです。皆さんと共に戦えたことは、何よりの誇りですよ。いつか、お二人の噂が田舎に届いてくるのを楽しみにしております」
「期待してもらって構わないわよ」
スノウは不敵に言った。
「僕の方も、噂は届くだろうと思うけど……しかし、自信ありげだね。さすがだ。もうクランは決まったのかな」
「〈サンダーシュトローク〉の一軍よ。いつか、あの古豪をSランクに返り咲かせてみせるわ」
「大きく出るね……」
「……まあ、どこかの誰かには”クランの力に頼ろうとするあたり二番手が染み付いてるね、秀才ちゃん”なんてバカにされたのだけども!」
遠くを向いた彼女の目線を辿ってみると、そこにはエリオ・アンブロジアの顔が大写しになった魔法薬の看板があった。
イケメンだけど、なんか殴りたくなるような腹の立つ顔だ。
「クオウさんの方は、どうするつもりなの? いまの仲間とクランでも作るのかしら」
「まあね。そうしようと思ってる」
「そう。あなたのことだから、きっと才能豊かな人たちなのでしょうね」
スノウの整った顔に、ふっと寂しげな笑みが浮かんだ。
……かつて仲間だった僕たちは、それぞれ別の道を行くことになる。
喜ぶべき、新しい門出だ。けれど後ろ髪を引かれる思いは残る。
「なに、しんみりしている時間などありませんぞ! クオウ殿もスノウ殿も、これからが大事な時期なのですからな! では、次は私がお相手つかまりましょう!」
モウルダーが盾を構えた。僕は〈アイテムボックス〉の中の剣をスノウに預け、模擬戦用の剣を準備してから応じる。
彼はリルと同じく前衛のタンク役だが、やや系統は違う。
前進力と突破力のあるリルとは違い、味方を守ることに特化した純粋な盾だ。
徹底的に防御を固めた彼は、最小限の力で攻撃を受け流し続けている。
甘い攻撃が来るまで耐え、期を見て弾き反撃を狙うつもりだろう。
けれど、僕は徹底的に初見殺しのハメ技を磨いている。
主導権を渡してくれるなら、どうにでも料理できた。
ポーションを織り交ぜた連撃が防御を圧倒し、ついに一撃が入る。
本来なら鎧に弾かれて大したダメージにはならないだろうけど、勝ちは勝ちだった。
「お見事!」
「やるわね」
「どうも」
……勝ってしまった。二戦とも。
本気の殺し合いなら、また違う結果になるだろうとはいえ……。
「今になって考えてみると……良かったんじゃないかしら」
「何が?」
「カエイがクオウさんを追放したこと。あなた、戦い方が変わったわ。自信を感じるし……何より、依存が消えたわ。自立してるわよ」
「依存……」
「いえ、忘れて……そんなことより二戦目よ! 次は負けないわ!」
僕たちは模擬戦に明け暮れた。
気づいた頃には見物人が集まって、ちょっとした人だかりが出来ていた。
……その中に、ブレーザーが混ざっている。
僕たちのことを羨み、自分はああなれないと諦めながらも、もしかしたら……というわずかな希望を捨てきれないような、そういう顔だ。
同じような顔をしている人が、人だかりのなかに沢山いる。
模擬戦に一段落ついたころ、一人の少年が僕に剣とペンを差し出してきた。
まだ若い。きっと、まだ冒険者としての資格も持っていない年齢だ。
「その……サイン貰っても、いいですか?」
「サイン? 僕の?」
他の二人なら、まだ分かる。特にスノウは人気だ。でも、僕に?
「えっと、すごい戦いながら一瞬で判断してて、判断の早さとか……天才的で、凄いなっていうか……」
……天才だって言われた時には、素直に胸を張ってくれよ、か。
「僕は天才じゃない。ずっと努力してきた結果だ。僕が持ってるノウハウは言葉にできる。だから、十分に訓練を積めば、君も同じようなことが出来るはずだよ」
剣の柄に巻かれた布へと、すごい昔に少し練習したサインを記しつつ、僕は言った。
「圧倒的な差に思えるかもしれない。自分には無理だって思うかもしれない。でも、すぐに諦めちゃ駄目だ。才能なんて、しつこく努力した末に出るわずかな差でしかない」
「……わずかな差」
「ずっと伸び悩んでた冒険者がいきなり才能を開花させることもある。結局、自分を信じるしかないんだ。出来ることを模索しながら足掻くしかない」
……他人へ偉そうに言えるようなことじゃない。僕だって出来ていなかった。
だけどきっと、こういうのが正しい胸の張り方なんだ。
「どれだけ偉大な英雄も、手に剣を握って生まれてくることはない。歩んできた人生の軌跡こそが人間の強さを決める。だから、歩き続けるんだ」
少年へと剣を返す。彼はそれを抱きしめて、尊敬のまなざしで見上げてきた。
……重い。そんな人間じゃないんだ、僕は”お荷物”なんだ……そう言いたくなる。
だけど、その重さを抱えて立つしかない。
「カッコいいわ……」
「何か言った?」
「ごほん。クオウさん。まさかこの程度の模擬戦でバテたなんて言わないわよね」
「せっかくの機会ですからな。とことん付き合いますぞ」
「……いや。仲間から、無茶しすぎだからもっと軽めの調整にしろって怒られててさ」
そのとき、脳裏にアイデアが浮かんだ。
「せっかくだから、僕の仲間に訓練を付けてやってくれないかな?」




