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決戦の時〈1〉


 カエイの率いる合同作戦が全滅によって終了した、その翌日。

 奇しくも同時刻に、三つの会議が開かれていた。

 一つは五海商会の迷宮都市支部、エルフィンゲート商館(ファクトレイ)にて。

 一つはゲインズ商会の本部、カジノ〈リゾーティア〉にて。

 そして一つは迷宮都市の地下深く、名もなき石洞にて。



-6/1 11:00 エルフィンゲート商館(ファクトレイ)-



 高級な正装に身を包み、秘書を控えさせた人々が、机の上で火花を散らしている。

 冒険者にとっての戦場が迷宮であるように、彼らの戦場は会議室だ。

 握りしめた紙の数字と口先に、属する派閥の命運が掛かっている。


「よし! 集まったな!」


 並ぶ面々を見渡して、ウィレム・ヴァン・デ・モレンが上座に着いた。

 正装の役員たちとは対照的に粗末な平服だ。

 彼が陰で〈乞食(フージェン)〉と呼ばれている理由の半分がここにある。


「さて、予算の取り合いといこうぜ!」


 堰を切ったように、会議が動き出した。

 ……五海商会の内部派閥は、複雑に入り乱れている。

 そもそも”五つの海”をそれぞれ仕切っていた五つの商会を国策でまとめた商会であり、五つに別れていた指揮系統はいまだ完全に一本化されていない。

 加えて、海軍からの出向組が商会内での存在感を増しつつある。

 更にローランド共和国は議会制の国家であり、ただでさえ複雑怪奇な派閥情勢がころころ変わる本国の政治状況によってバタバタ左右されてしまう。


「資料の通り、五海商会ブランド魔石の南部諸国における売上個数の増加率は高く、さらなる資本と商品の集中で一気に市場を掌握することが……」

「ドロップ品と我々の武器の間にある性能の差は縮まり続けており……」

「造船プロセスの魔法化が完了してからの受注件数は鰻登りで……」


 となれば全体での協調や最適な予算配分など望むべくもない。

 各々が自らの手柄と利益の成長を主張し、さらなる予算を要求する。


「バカバカしい。ケセルヴィアが雑な外交で自滅した分の増加だろう。だいたい魔石など供給元の変わらないコモディティだろうに、張り付けたブランドが長続きするか?」

「性能の差が縮まるのは結構だが、いつになったら価格の差は縮まるんだね?」

「昨期の造船分野は工廠の設備転換のための一時的予算だと主張していたはずだ! 現予算を継続しようとするのは主張と矛盾している!」


 当然、激しく粗探しと攻撃が行われる。

 たいてい攻撃対象は敵対派閥だ。

 例えば商家一族の長男が海軍出向組に文句を言われたり、現与党の”王党派”からの要請で役職を貰った王家の一族が現第一野党の”議会派”にボロクソ言われたり。

 それに悠然と構えて対応できる役員ばかりではない。

 攻撃に耐えきれず言葉に詰まる――そして予算を減らされる――者も多い。


「お前ら、港湾設備の予算をこれ以上削るのは無茶だろ? 事故が起きたっつっても、ポーターがいるからってお前らが毎回毎回減らしてるせいだろうがよ」


 たまには商館長のウィレムが仲裁に入るのだが、効果は薄い。


「事故を起こしたからと予算を増額するのか? それでは筋が通らないだろう」

「それで予算が増えるなら、我々の工廠も無事故と言わず事故の一つや二つほど起こしたほうが良かったのですかな」

「やつの妻子でも売って経費を捻出させたらいい。少なくとも100イェンぐらい稼げるだろう。妻子もようやく無能から離れることができて喜ぶだろうな!」

「な、なんだとっ!?」


 ヒートアップして殴り合い寸前まで行くのも、最近は珍しくない光景だ。

 何とか宥めすかしと脅しを混ぜつつ、昼飯休憩を挟んで夕暮れ頃には概ね会議に決着がついた。

 ……これでも五海商会は優秀な人材が揃い、会議が何日も長引くことは少ない。

 その分だけ攻防が圧縮されていて体力を使うのだが……。


「ったく」


 ぐったりしたウィレムが、誰もいない休憩室に一人残っていた。

 扉が叩かれて、彼の秘書ヤンセンが来客を告げる。

 彼は通すよう合図を出した。


「ふうむ。ずいぶんお疲れのようだ。肩でも揉んでやろうかね」


 骨董屋の店主か詐欺師か、という雰囲気の怪しい男が立っている。


「お前みてえなヤツに肩を揉まれたら、逆に疲れが溜まっちまうよ」

「なに? 私はこれでもマッサージが上手いのだぞ?」

「そうかい。で、まだか? ピルスキー」


 うむ、と彼は頷いた。


「ようやくだ。十哲会議はゲインズ商会への〈育成指定〉を外した」

「やーっとか」


 ウィレムは長くため息を吐いた。


「よし。ゲインズ商会を潰すぞ」

「私の取り分を忘れないでくれたまえよ」

「うるせえ。……ヤンセン! 対ゲインズの会議を開くぞ! 人を集めろ!」


 秘書に人を集めさせながら、ウィレムはふと思い出す。

 ……この前の迷宮で出会った有望な連中に、ゲインズ商会との接点がある、と。



-6/1 11:00 カジノ〈リゾーティア〉-



「知っての通り、僕たちは攻撃を受けている」


 アルギロス・ゲインズが、大きなホワイトボードの前を往復しながら言う。


「〈レッド〉の原料調達効率はさらに低下した。迷宮探索班を出せば必ず五海商会のマークが付く。それも、赤字を垂れ流しながら高級装備や兵器を振り回してくるほど高強度のマークだ。五海商会は僕たちへほぼ完全な禁輸措置(エンバーゴ)を実行している。手駒を増やしたとはいえ、苦しい戦いになる」


 ゲインズがちらりと扉を見た。

 黒基調で統一された装備で身を固めた女が、いっさいの感情が消え失せた瞳を虚空に向けている。

 それでもなお強者の風格があった。

 精神は封じられても、カエイという人間が宿した技術がまだ体に残っているのだ。


「流血しながらの根比べに持ち込まれれば、勝つのは彼らだ。とはいえ、五海商会は巨大にすぎる。彼らは根比べを選べない……派閥からの突き上げがそれを許さない」


 列になって並んだ黒服の人々が、ゲインズの言葉を聞き逃すまいと注意を傾けている。

 だがゲインズのほうは彼らを気にしていない。一人で話を続けている。


「短期決戦を選ぶはずだ。五海商会の有する冒険者戦力と、僕たちの有する冒険者戦力のぶつかり合いになる。単純に比較すれば、不利なのは僕たちだ……けれど、僕たちには武器がある!」


 彼は芝居がかった様子で叫び、並んだ人々へ視線を投げかけた。


「「俺達には夢がある!」」


 ゲインズ商会の人々が、一斉に唱和した。

 熱狂的に叫ぶ者もいれば、恐怖に突き動かされながら叫ぶ者もいる。


「「夢を夢のままにはしない!」」


 だが、口を閉じている者は一人もいない。

 そういう人間はすべて排除されている。

 アルギロス・ゲインズの引き金は、軽い。

 似たような裏社会の人々と比べても、圧倒的に軽い。


「「心は心を動かす!」」


 そして、彼は信じている。

 ”迷宮都市を自らの手中に治める”という夢を、心の底から、本気で信じている。

 現実が見えている人間なら、誰もがそんなことは不可能だと分かるにも関わらず。


「「「真心から挑戦を続ければ、何も不可能はない!」」」


 かつてゲインズは冗談のネタだった。

 だが、その冗談は徒党を従えて血の海を作り上げ、笑っていた人々に恭順か死かの選択を突きつけた。

 ……気付いた時には、彼に逆らう者は居なくなっていた。


「そうだ! 何も不可能はない!」


 彼は熱狂的に叫ぶ。

 恐れながら”会訓”を唱和していた者ですら、気づけば熱狂に取り込まれている。


「迷宮都市のてっぺんを取るのは、俺達だ!」

「「迷宮都市のてっぺんを取るのは、俺達だっ!」」


 熱狂を煽りながら、ゲインズが視線をわずかに横へそらした。

 扉のそばでカエイがぼそぼそと「おれたちだ」と機械的に唱和している。

 ゲインズは冷たい瞳で口元を歪め、再び”夢に溢れる若人”じみた表面を浮かべて熱狂を煽った。

 熱狂の中心にありながら、彼は冷たい計算で動いていた。

 その冷たい計算は夢への狂信と同居している。

 ゆえに、アルギロス・ゲインズは畏怖されている。


「いいぞ! この気持ちを忘れるな! ここにあるものが、真実だ! 君たちという仲間と出会えたことに感謝するよ! 例え僕が道の半ばで倒れようと、後悔はない!」


 わあっ、と会議室の中に歓声が満ちた。


「幹部だけは残れ! 他の皆は、本日の業務を開始しろ! 忘れるなよ、君の夢は僕の夢だ! 僕の夢は全員の夢だ! ゲインズ商会の本質は君たちにこそある!」


 会議室に残る人間の数が一桁になったころ、ゲインズは真顔になった。


「最後方の左から二番目。録音機材で服が膨らんでいた。記者だ。始末しておいて」

「はっ」


 部下の一人が外に消えていった。


「さて。始めよう。五海商会がこのカジノを狙ってくるまで、それほど時間もない」


 椅子に座って足を組み、彼は言う。


「間違いなく、もう諜報員(ネズミ)が放たれてるだろうね。内部調査の状況は?」

「カジノ全従業員のリストは完成しました。ですが、外部の冒険者パーティの調査は……迷宮ギルドのセキュリティが固く」

「前にも同じ言い訳を聞いたな」


 ゲインズは笑顔を部下に向ける。


「まさか、君がネズミだったりして」

「そ、そんなわけがありません! 私は常にゲインズ様に忠実です!」

「ただの無能なんだ? なら、もっとまずい。無能な味方ほど邪魔なものもない」


 彼は指を鳴らした。部下の頭は爆ぜた。

 死体が即座に調べられる。……録音用らしき怪しげな機材があった。


「両方だったね。まったく無能なネズミさんだ。あはは」

「ゲインズ様。改めて身体のチェックを行いますので、会議は……」

「要らない。会議の内容を暗記もできない無能はこの中であいつだけだ。他にネズミが居たとしても、録音機材なんか身につけてないだろうね……違う?」


 彼は幹部たちの表情をじっくりと観察して、納得したように頷いた。


「もう分かってるだろうけど、今の最重要項目はセキュリティだ。いくら防衛戦を想定して要塞化されたカジノがあっても、内側に敵がいたらどうしようもない」


 ゲインズが資料を手にとった。幹部たちがそれに習う。

 それはカジノ周辺の布陣図だ。段階的な防御ラインと、反攻プランが記されている。


「実際のところ、セキュリティよりも不安な要素はあるけれど、僕たちが何かできるようなことでもないしね。あいつが裏切ったら、何をやっても無駄だ。プロフェッショナルらしく、契約に則ってもらうことを期待するしかない……」

「ラクートですか?」


 聞き返した部下に、ゲインズが笑顔を向ける。

 その部下の顔に一瞬だけ恐怖が浮かんだが、それは純粋な笑顔だった。


「今頃あいつも会議中かな。もう少し時間が欲しいけれど、どうなるか……」



-6/1 11:00 迷宮都市の地下某所にて -



 薄暗い暗闇の中に、岩盤を削り出して作られた机があった。

 そこには極めて高度な防諜用の魔法陣が刻まれている。

 人間の作るたどたどしい魔法陣とは違う、伸びやかで美しい紋様だ。

 まるで〈エルフ〉の姿のような、神々しい美しさを宿している。


「……うんざりだ」


 長机の席を偉い順で上から数えてニ番目に座る女が、力なく机を叩いた。


「どいつもこいつも、どうして時間通りに来ないんだ? 十哲ともあろうものが常識の一つもわきまえられないのかよ、いっつもいっつも何でだ!?」


 彼女は迷宮ギルドの紋章が入ったローブをあさり、胃薬を取り出した。

 まだ若い。せいぜいが三十代だ。だが、迷宮都市では若い権力者など珍しくもない。

 

「私が思うに、十哲だからこそだろう。人を動かす内在的な動機が強ければ、必然的にその者を縛る常識の力は薄まる……十哲ともあろうものが、常識などに縛られるべきか」


 五番目の席に座る細身の男が言った。

 彼が腰に吊った細剣と似て、痩せ身の鋭い印象だ。


「こっちは胃が痛いんだよ、お前のくどい話は胃にくるんだ……」

「……常識などに縛られるべきか? 否。その軛から外れていてこそ……」

「まだ終わってなかったわけ?」


 話の長い彼と部屋に二人っきりで待ちぼうけだ。

 彼女は気まずく苦笑いを浮かべて、適当に相槌を打った。

 それからもう一つ胃薬を放り込もうとして、医者のアドバイスを思い出し、こらえる。

 使いすぎるとよくない。かえって胃に穴が開く。


「すまない。遅れた。道が混んでいたものでな」

「いつなら迷宮都市の道が混んでないんだよ! 考慮して動けよ迷宮都市初心者かっ!」


 骨董品の店主でもやっていそうな怪しげな男が現れて、九番目の席につく。

 その右手には、補強されたスーツケースが握られている。

 五番目の席に座っている男が、ちらりとそれを横目で見た。


「大きいな。そろそろお前のスポンサーも我慢の限界か、ピルスキー」

「そういう君のところこそどうなのだね、ラクート」

「知ったことではない。契約期間が満了するまで、契約通りの働きをするまでだ」

「時には割りに合わない契約を破棄するのも、正しいプロフェッショナルの在り方だと思うがね」

「ふ。割りに合わないからと契約を破棄していたならば、こんな席になど座る羽目になるものか。私は自らの生き方を定義している。それが曲がることはない」


 そこで、入り口から新たな人間が現れた。

 ……いや、人間ではない。柔らかな獣毛に覆われた〈コボルト〉だ。

 犬のような頭を巡らしたあと、そのコボルトは言う。


「遅刻者だらけだワ」

「お前が言うなよっ!」


 胃をさする女性の隣に、コボルトは座った。四番目だ。


「……おお、これは失敬。てっきり、まだ揃っていないだろうと思っていたのじゃが。きみたちにしては珍しく早いじゃないか。わしが最後になるとはね」


 血なまぐさい老人が、八番目の席に座った。ピルスキーの隣だ。


「いや揃ってねえ! 半分の五人しかいねえ!」

「五人も揃えば上等なほうだと思わんか?」

「思わねえよ! 何でいっつも欠員だらけなんだよ!」

「きみね、時には現実を受け入れるべきときがある……例えばそう、十哲にまともな常識を望むべくもないというのは、とっくに受け入れてしかるべき現実ではないかね」

「開き直ってるんじゃねええっ!」

「お、揃った?」


 長机の端に、美しい〈エルフ〉が浮いていた。

 仮に”完璧”な容姿を持つ者がいるとするなら、それはおそらくこのエルフだ。

 男とも女とも言い張れる中性的な容姿には、一切の疵瑕が存在しない。

 傷も歪みも、性格や過去を感じさせるような特徴も、何一つとしてありはしない。

 〈エルフ〉という種族は、言うならばダイヤモンドだ。圧倒的な、永続する美。

 同じエルフでなければ、きっとそこに傷の一つすら作ることはできない。


「揃ってないだろ!」

「五人もいるよー、揃ってるうちだよー」

「それを揃ってるって言ったら、負けだ……!」

「いいからさっさと始めるのだワ」

「そうだねー」


 エルフは優美な服をなびかせながら、魔法でふわふわと浮かんでいる。

 ……このエルフたった一人が、迷宮都市の礎となる技術をすべて授けたのだ。

 〈クラス〉も、迷宮の探査方法も、何もかも。全てを。

 それは神にも等しい力だ。


「じゃ、どうぞー」


 エルフが微笑み、会議の進行を促した。


「……第一席が不在のため、わたしが進行を引き継ぐ。出席確認。第二席」

「第四席」

「第五席」

「第八席」

「第九席は出席が不可能なため、カジミェージュ・ピルツクニェーイィスキが代理として出席する。委任状はここに」

「相変わらず呼びにくい名前じゃのう」

「静かに。代理出席を認める。確認が取れたため、一般議題に移る」


 第二席はつつがなく会議を進行した。

 とはいえ、ほとんど会議とは名ばかりの雑談だ。

 かつてはこの〈開都十哲〉が一堂に集まる場で迷宮都市の全てが決まっていたのだが、今では迷宮ギルドが発展し、細々した行政は全て迷宮ギルドが行っている。

 迷宮都市が成熟したことで、普段の運営に〈開都十哲〉が口を出す必要はない。

 

 加えて、〈開都十哲〉は代替わりや殺害によって人員がだいぶ入れ替わっている。

 一介の傭兵にすぎないラクートが第六席に座っているように、かつての”権力者の集まり”からはやや変質している。


 だが……今も変わらず、この十哲会議は重要な場だ。

 十哲会議はまだ、迷宮都市全体へ強制力のある命令を下す権利を持っている。


「……では、特別決議に移る。第九席代理?」


 それがこの”特別決議”だ。この決議は今も昔も絶対である。

 この街に施された無数の広域魔法が、その絶対性を確かなものにしている。


 特別決議のルールはシンプルだ。

 全員が一つづつ決議内容の提案と拒否の権利を持つ。

 そして、採れる決議は一度の会議につき一つだけ。


「うむ。私は今回の決議に、アルギロス・ゲインズへの〈育成指定〉撤回を指定したい。そもそも〈育成指定〉は有望な冒険者を育成するためのシステムだったはずだ。加えて、最近のゲインズ商会の無法ぶりは目に余る。〈開都十哲〉の力で守る価値はないだろう」

「拒否(Veto)」


 第四席に座るコボルトが、拒否権を発動した。


「……理由を聞かせていただきたいものだ」

「あら、その必要はあったかしら? 規則にあるなら教えて欲しいワ」

「規則にはない。次だ。第八席」

「うむ。わしは、アルギロス・ゲインズへの〈育成指定〉続行の決議を採りたい」

「何? 話が違うぞ!」


 ピルスキーは老人を睨みつけた。


「拒否(Veto)だ! 何故だヤナギ、何故あなたの裏庭を荒らす無法者を庇う!?」

「その無法者は、他の誰よりもわしの元に居る人々を豊かにしたとも。裏路地に身を置いておれば、肌感覚で分かるものだがね。ああいう宗教の悪い面だけ煮詰めたような碌でもないやり方でも、困ったことに救われてしまう人々は居るのだよ」

「何をバカな……! ゲインズ商会は明確な悪だ! 残しても悪影響しかない!」

「わし個人としては、今すぐにでもあの男を斬り殺してやりたいところだがね……損得のバランスを考える必要がある。だいたい悪だとは言うがね、きみだって純粋な善悪の倫理でゲインズ商会を潰したがっているわけではないだろう」


 痛いところを突かれて、ピルスキーが一瞬だけ沈黙した。


「第五席?」


 その瞬間に、第二席が会議を進行する。


「私個人としては、いかなる決議の提案もない」

「では、第四席」

「迷宮探査の方法を一般に公開して欲しいワ」

「拒否(Veto)。どれほど社会が混乱するか想像がつくだろう。……想像しただけで胃が痛くなってきた。お前、単にわたしの胃へ嫌がらせがしたかったのか?」

「まさか。えらーい迷宮ギルド長サマに手を出す人なんて居ないのだワ」


 第二席は胃薬を口に放り込んだ。


「わたしの番だな。……アルギロス・ゲインズへの〈育成指定〉を撤回しろ。さすがに目に余る悪行ぶりだ」


 拒否権を残している第五席のラクートが、ちらりとピルスキーを見た。


「ラクート。お前がゲインズ商会と結んでいる契約は、あくまで一介の傭兵としてのものであるはずだ。違うか」


 答えるように、ピルスキーが言った。


「契約内容については守秘義務がある」

「十哲会議における投票内容は、本来の契約内容から外れているのだな」

「それについて私は真とも偽とも言うことができない」

「個人間での傭兵契約を申し込む。拒否権を行使せず、決議で是に投票しろ。期間は、ゲインズ商会への〈育成指定〉撤廃の決議を過半数で通し、撤廃された時点まで」

「了解した」

「ま、待つのだワ! ウチからも傭兵契約を申し込む!」

「ふ」


 ラクートが身を引いて、背もたれに体を預けた。


「いくら出す?」

「十億」


 第四席が言った。


「五十億」


 ピルスキーが落ち着き払った様子で言った。


「ひゃ、百億」

「二百億」

「……!」


 第四席は牙をむき出しにしてピルスキーを睨みつけた。

 後ろ側にいる者の間に、明らかな財力の差があった。


「決まりだ。契約書を用意する。しばし待て」

「……本当に必要なのかよ?」

「契約は契約だ」


 呆れたように言った第二席へ、ラクートが真顔で返す。


 そして、アルギロス・ゲインズへの〈育成指定〉を撤廃する決議への投票が行われた。

 第二席、是。

 第四席、否。

 第五席、是。

 第八席、否。

 第九席代理、是。

 票数が過半数を上回り、決議は可決された。


「えーとね。ぼくの意見を言わせてもらうと」


 ふわふわ浮きながら眺めていたエルフが地面に足をついた。

 机の魔法陣が起動し、周囲の壁を伝って迷宮都市の地上へと魔力が広がっていく。


「〈育成指定〉システムがこうやって勢力間の争いに使われてるのは、ちょっと嫌だな。できればだけど、次はちゃんと有望な冒険者に使ってほしい」


 魔法陣が強く輝き光が消える。

 迷宮都市に展開されていた、アルギロス・ゲインズを対象とする広域魔法が消失した。


「前にも言ったけどさ……組織を育ててもしょうがないんだ。ぼくたちに必要なのは、それこそぼくを倒せるぐらいにものすごい英雄であって……ま、いいか」


 エルフは再びふわふわと宙に浮きはじめた。


「規格外なひとがいるなら、どれだけ大勢力のあいだで振り回されても飛び抜けたことをやってくれるはずだから。ここがこんな調子でも、何百年かすれば英雄ぐらい出てくるかな。それまで迷宮都市が滅びてなければ、だけど……」


 前触れもなく、エルフの姿が消える。

 そして、第二席が十哲会議の終了を宣言した。



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