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幕間:末路


 夢幻迷宮攻略を目指す合同作戦(レイド)が始まってから二週間と少々。

 何とか奥深くまで来れてはいるが、すでに敵の強さは手に負えなくなっていた。

 一回の戦闘で数十人単位の犠牲者が出るほどだ。


 だが、目指している未知のエリアは近い。

 今の野営地から、直線距離ならば五キロにも満たないような距離だ。

 あたりに立ち込める朝霧の向こう側で朝日が昇っている。

 泣いても笑っても、今日が〈ミストチェイサー〉最後の日だ。


「よし。集合したな。……流石に実力者揃いだ。夢幻迷宮の危険度Sランク地帯を抜けるだけはある」


 出発前の朝、カエイは残った全員を集めた。

 既に人員は百人以下まで減っている。

 〈ミストチェイサー〉より高名なクランで序列上位の冒険者もいれば、まったく無名の冒険者もいたが、全員が実力を備えているのは確かだ。

 実際、〈ミストチェイサー〉の中でも実力の足りない二軍以下は大半が脱落している。

 取材陣もほとんど死んで帰還し、残っているのはわずか二名だ。


「ここまで残るほどの連中なら、この先にあるものは知っているはずだ。まずは〈無天の荒野〉。何も遮るもののない荒野の空を、無数のワイバーンやドラゴンどもが埋め尽くすエリアだな。オレたちの構成と装備では、制空権を取られて一方的に魔法の雨を降らされるだけになる。ゆえに、戦わない。囮を出しながら、次のエリアへ精鋭だけを送る」


 囮と聞いて、数人の冒険者が懸念を表明した。

 苦労して深部まで来たのに、囮役に選ばれたいものはいない。


「心配するな。どれが本隊でどれが囮、とは決めない。小グループに分散して、バラバラに先を目指すだけだ。実力の足りないものは結果的に囮となり、実力のあるものは結果的に本隊になる。それだけの話さ」


 カエイの説明を聞いて、冒険者たちは納得したようだった。

 ……実際のところ、グループの編成はアルワーリアが実力順で決めたものだ。

 それぞれ”本命”が二パーティ、”大穴”が六パーティで”囮”が十パーティ。

 それだけ囮を出しても、誰かが先にたどり着ける可能性は低いだろう、とアルワーリアは言っていた。

 それほどに難易度の高いエリアだ。


「〈無天の荒野〉から先は情報が少ないが、どうやら峡谷があるらしい。その峡谷を抜けた先には高い山があるそうだ。……そして、山の頂上にたどり着いた者は未だに居ない」


 その山の頂上が〈夢幻迷宮〉の最深部ではないか、という噂がある。

 信憑性は低い。


「なあ。お前ら、”夢幻迷宮もの”を読んだことってあるか?」


 集まった冒険者たちの大半がうなずいた。


「あれにくっついてたような”夢幻迷宮の地図”を想像してみろ。無天の荒野まではハッキリ地図が描かれてるゾーンだ。そして、そこから先は未知の霧に覆われた領域だ」


 カエイは遠くの空を見た。

 わずかに霧が出ているせいで、そこにあるはずの高山は見えない。


「オレが率いるクランを〈ミストチェイサー〉と名付けたのは、その未知の霧へと挑むためだ。……この場にいる者のうち、オレのクランの人間は少数派だが……それでも、未知の霧へと挑まんとする精神は、今この場にいる全員が携えているはずだ。そうだな!?」


 カエイは語気を強めた。


「冒険者はいつだって挑戦者だ! オレたちは過去の挑戦者たちの足跡をたどり、ここまで来た! そしてここからは、オレたちが自らの足跡を刻む番だ!」


 放たれているカリスマにあてられて、冒険者たちの士気が目に見えて高まっていく。

 彼女の持つ狂気はプラスに働いていた。そういうタイプのリーダーだ。


「冒険者よ! 武器を取れ! 全身全霊で困難に挑みかかってみせろ! そこに刻んだ傷跡が、オレたちの生きた証だ! 行け、進め、生き様を証明しろッ!」


 そして、合同作戦(レイド)を生き残ってきた精鋭たちは荒野へ向かう。


「傷跡を刻め、か。傷しか付けられないと気付いているんだな」


 雇われ指揮官のアルワーリアがカエイに話しかけた。

 彼の仕事は既に完了している。消耗を抑えながら精鋭をここまで運んできたのだから。

 ……実力不足のカエイたちを最前線まで連れてきた彼の働きは”並外れている”と表現して過不足ない。


「そうだ。オレたちは力不足だ。ひっかき傷を付ける程度で終わるだろう」

「……そうと分かっていても進むんだな」

「ああ。オレたちの刻んだ傷が、いずれ誰かの助けになる。それでいい」

「誰か?」


 冷たく表情の動かないアルワーリアが、珍しく片眉を釣り上げた。


「心当たりでもあるのか?」

「心当たりってわけじゃない。誰かが必ずオレたちの後を継ぐはずだ。その時のために少しでも情報を増やせれば、役に立つだろ」

「……その”誰か”という言葉は、何かを念頭に置いているように聞こえるが」

「まあ……オレの後を継いで欲しいと祈ってる奴はいるさ」


 その会話は、上空から嵐のように襲いくる魔法攻撃によって中断された。

 空間そのものが物理的実体を持つ敵意に満たされような混乱の中を、生き残った冒険者たちがバラバラになりながら強引に突き進む。

 多くの者が力尽きて、光となり迷宮の外へと戻されていった。

 カエイの率いるミストチェイサーの一軍も例外ではない。

 一人、また一人と消えていく。

 やや力不足の後衛たちがまず倒れ、次いで装備の格落ちが祟ってモウルダーが倒れた。

 そしてアルワーリアも倒れた。

 直接戦闘に参加していないとはいえ、それだけ生き延びたのだから相当な実力者だ。

 残っているのはカエイとスノウの二人きり。


「まだ残るか。お前みたいなやつが、そのうち”Sランク”になるんだろうな」

「……それはどうも」


 スノウは冷たく返事をして、戦闘に戻る。

 弓と杖とを使い分け、襲いくる嵐のうち致命的な攻撃だけを的確に迎撃している。

 たまに食らっている攻撃も、明らかに”これなら受けても大丈夫”という選択の結果だ。魔法で防御力をバフした上で、傷の浅くなる場所にだけ攻撃を受けている。


 しびれを切らして鳥竜(ワイバーン)の一匹が近距離まで飛んできた。

 それを細剣で素早く突き仕留め、滑らかに武器を変えて遠距離戦闘に戻る。

 まだ十代の若さで、他とは格の違う実力と安定感だった。

 それを”完成されている”と表現するか、”伸び代がない”と表現するか。

 後者だ、というのが冒険者を扱う雑誌や専門誌の共通認識だった。


 一方のカエイは、もっと荒々しい戦い方をしている。

 高い身体能力を活かし、ひたすら避けて避けて避けまくっているのだ。

 防御面が脆い〈ローグ〉、かつ速度重視の軽装である彼女は、空から降り続ける魔法攻撃の雨のたった一つにでも当たれば致命傷だ。

 しかし掠る気配すらない。

 ワイバーンたちが狙ってか偶然か、タイミングを合わせて一斉に彼女を狙った。

 人間一人分の隙間すらない。

 ……カエイは飛来する魔法の氷槍を足場にして高く飛び上がり、技能の〈夜霧(ネビュラクラウド)〉を放つ。

 魔剣〈ミストチェイサー〉が自らの夜霧を幾重もの剣筋で切り開いた。

 黒い霧が晴れ、無傷のカエイと切り刻まれた魔法攻撃の残骸が現れる。


「滅茶苦茶な……」

「そりゃどうも」


 それから一時間にわたって、ニ人はまったく会話をしなかった。

 会話に振り分ける余裕などない。連携を口に出すほどの猶予もない。

 限界の向こう側で綱渡りを続けるような戦闘は、なお刻々と激しさを増している。

 囮となった他の冒険者たちが倒れるたび、生き残っている彼女たちへと襲いかかる戦力が更に集まってくるのだ。

 ただの一匹でも苦戦するようなドラゴンが、視界の中に何匹も飛んでいる。

 防ぎきれないダメージが蓄積していく。

 携行している高級魔法薬の類はほとんど使い切った。余波で壊れたものも多い。

 カエイが持っている残りは回復薬の一本だけだ。


「潮時だな。別れるぞ」


 カエイが〈夜霧(ネビュラクラウド)〉を展開する。

 黒い霧に紛れ、二人はまったく別の方向に向かった。

 ……状況は厳しい。保ってあと十分。

 はじめから失敗が約束されていた合同作戦(レイド)とはいえ、未知のエリアを一目見ることすら叶わず、ここで彼女は倒れるだろう。


(冗談じゃねえ……これが最後なんだ! あと少しだけでも!)


 彼女は決意を固め、賭けに出た。

 無数の魔法攻撃をギリギリのところで見切りながら機会を図る。

 そして、再び氷槍を足場にして飛び上がる。

 その先には硬質化した羽の弾丸がある。これを蹴り飛ばして、更に上へ。

 物理的実体のある魔法攻撃を足場に選び、高く高く跳び上がる。

 そして、彼女は一匹のワイバーンへ掴みかかった。


 激しく暴れる魔物と格闘しながら、周囲を見る。

 鏡のように平らな荒野に、まっすぐ一筋の割れ目が走っていた。

 〈無天の荒野〉の先にあるという名もなき渓谷だ!


 彼女はワイバーンの首と羽をねじり、強引にその方向へ向かわせた。

 しかし、幸運は続かなかった。

 仲間だろうと構わず攻撃してくる周囲の魔物が掴んでいるワイバーンの頭を撃ち抜く。

 急角度で地面に墜落し、彼女は激しい勢いで投げ出された。


 全身を貫く激しい痛みを無視し、彼女は立ち上がろうとして、倒れる。

 空から降る追撃の雨。回復薬など焼け石に水。〈リターン〉の魔法で帰ろうとしても、魔法攻撃の余波だけで魔力が乱れてキャンセルされてしまうだろう。

 それでも彼女はなお諦めなかった。

 墜落したワイバーンにはまだ息があり、光となって消えていない。


「……〈夜霧〉……!」


 周囲からの視界を遮った上で、彼女は一本だけ残された回復薬を手に取る。

 ……そして、その全てをワイバーンの口へ注ぎ、自分はその体の下に潜り込んだ。

 激しい雹のように無数の攻撃が地面を叩く。

 ワイバーンの体をいくつもの攻撃が突き刺した。

 しかし、光となって消えない以上、回復薬が効いてまだ息は残っている。


 カエイは〈夜霧〉を維持したまま、じっとワイバーンの下で息を潜める。

 やがて攻撃は止んだ。

 仕留めたと思ったのか、他の冒険者のところへ向かったのか。

 ……回復薬をワイバーンに飲ませる機転で命は助かったが、ここで終わりだ。

 立ち上がることもできない。


「……ここまでか」


 カエイは唇を噛みしめて、〈リターン〉の魔法を使った。

 ……彼女の首を、何か硬いものが掴む。

 そして強引に引きずった。動かされたことで、繊細な〈リターン〉の魔法が中断する。


 〈夜霧〉の外側まで引きずられ、カエイはそこで仰向けに寝かされた。

 表情の伺いしれないワイバーンが、じっとカエイを眺めている。

 それから、その首が「あっちだ」とばかりに一方向を見た。


 首だけを動かしたカエイの視界に、高い山が映った。

 白雪を冠する頂が霧の合間から覗いている。

 だが、それはすぐに隠れて消えた。


「ああ……」


 あれが夢幻迷宮の最深部、誰も踏破したことのない未知のエリアだ。

 ワイバーンが「乗るか」とばかりに足を畳む。

 ……時には、知性のある魔物が人に懐くことがある。


「回復薬のお礼、ってか。悪いが、お前に乗って飛んだら死んじまう体調だよ、オレは」


 あと回復薬が一本あれば。

 もしかすると、カエイはこのワイバーンに乗って、夢幻迷宮の未踏地帯を拝めたのかもしれない。

 一本の差だ。しかし、そのあと一本分が果てしなく遠い。

 もしクオウが居たら? カエイは首を振り、その考えを振り払った。

 ……命と引換えにすれば、今の状況でも飛べないことはない。


「……魅力的な誘いだけどな……」


 カエイはなんとか手を動かして、魔剣〈ミストチェイサー〉を鞘から外す。

 その剣身を眺めた。

 まだクオウとカエイの二人だけで冒険者をやっていた時代に、二人の有り金をはたいた上で借金までして買った魔剣だ。

 この剣は名が示す通り〈ミストチェイサー〉というクランの象徴であり、生きた証だ。


 ゆえに、この剣を失うわけにはいかない。

 ワイバーンの誘いに乗ったならば、カエイは〈リターン〉を使えずに死ぬ。

 わずかでも未踏の地を踏む可能性に賭けるか。それとも。


(オレはもう十分、自分勝手に冒険者をやったさ。ゲインズ商会が絡んできたのもオレのせいだし……最後ぐらい、次のために動かなきゃな……)


 彼女は決断した。


「……駄目だ。ただ、オレは乗れないが、もしクオウ・ノールという名の冒険者を見たら代わりに……なんて言ったって、分かるはずないか」


 再び〈リターン〉を唱えたカエイを見下ろしながら、ワイバーンが「キュッ」と鳴きながら首を傾げた。


 そして、一人の冒険者の夢は終わった。


 カエイが戻ってきた場所は、ギルドの運営する帰還部屋ではない。

 黒色の無機質な部屋だ。そこに一人の男が待ち構えている。

 夢溢れる青年。今を羽ばたく実業家。そんな言葉が似合うような男だ。

 ひと目見て夢追い人だと分かるほどに瞳は輝き、表情は明るい。

 だが……隠しきれない狂気が、その笑顔には滲んでいた。


「おい。もしオレが魔物に負けて死んでたら裸だぞ? ここで待つなよ」


 ひどい怪我のもたらす〈幻痛〉の苦痛に脂汗を流しながら、カエイが言った。


「負ける? まさか。そういう負け方をする人間なら、僕は要らないね」

「オレが負けて帰ってくるのは前提だろ? 滅茶苦茶な理屈してんな」

「君を評価している証だよ。でなきゃ、高い金を出してまで手中に収めないさ」


 彼の表情は、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだ。

 嫌になるほど白い歯がむき出しになっている。


「契約は覚えてるよね。君は僕の奴隷だ。一つの駒として動いてもらう」

「待てよ。……契約の内容は守るんだよな、アルギロス」


 アルギロス・ゲインズは、「守ってあげるよ」と答える。

 彼こそはゲインズ商会の首魁であった。


「……オレ以外には手を出すなよ」

「設立者以外のクランメンバーには手を出さない。それが契約なんだ。今更だよ。本当に、今きみが心配するべきことはそれなのかな?」


 彼は高級スーツを整えて、ぱちんと指を鳴らした。

 人相の悪い部下たちが、左右から部屋のドアを開く。


「夢幻迷宮への合同作戦(レイド)費用は百億イェン。その投資に見合うだけの働きはしてもらう。僕は投下資本のリターンが100%を割ると我慢できない質でね」


 ちらり、とゲインズが部下の一人を見て、嘘くさい笑みを浮かべる。

 それだけで部下は震え上がった。彼は大きな赤字を出したばかりなのだ。


「オレに値段を付けたのはお前だろ?」

「だとしても、僕の期待を裏切るのはおすすめしないね」


 ゲインズは再び指を鳴らした。

 震えていた部下の頭が爆ぜた。


「ほら。効率的だと思わない? 使えない部下を処分しながら、君へルールを教えることもできた。効率的にやらなきゃね。もっともっと、僕らは稼がなきゃいけないんだ……」


 ふふっ、と彼は笑った。

 どこからか現れた彼の部下たちが、一瞬のうちに死体を運び汚れを掃除する。

 死体の処理に手慣れていることは明らかだった。


「自分で勝手にかけた期待が間違ってたんなら、普通は自分が後悔するもんだけどな」


 それでもカエイは減らず口を叩いた。

 彼女は相当に意地を張る人間なのだ。


「ふふ。そうだね。ビジネス上の判断を間違えて損を出したなら、それは僕の責任だ」


 すう、と彼の手が上がった。今にもその指が鳴らされそうだ。


「損切りは手早く。投資の鉄則だね。失敗に執着するほど無意味なことはない」

「……なら、損とやらを切ったらどうだ?」


 ぱちん、と指が鳴った。びくっ、とカエイがわずかに体を震わせた。


「あはは。一日二日で損を切ってたら、逆に細かい損が積み上がっちゃうよ。時にはじっくり見てあげないと。あっはは!」


 再びゲインズが指を鳴らした。

 何も起こりはしなかったが、カエイがまた恐怖したのを見て、彼が更に笑いを深める。


「所詮、君はただの冒険者だ。一介の駒にすぎない。冒険者として強くなったところで何になる? そんなところに夢を設定するから、君たちは負け組なんだよ」

「……へっ。てめえみたいにカネを追ったところで何になるんだかな」


 それでも、まだカエイは意地を張った。


「何になるって?」


 ゲインズは部屋の隅に行き、スイッチを操作した。

 壁だった鉄製のシャッターが上がり、後ろから大きな窓が見える。

 ぎらぎらと輝く迷宮都市の夜景が、一面に広がっていた。

 生命力溢れる混沌の坩堝は、見るものを吸い込んでしまいそうなほどの魅力を放つ。

 世界で最も栄える街。可能性に溢れる街。

 夢と欲望に覆われた街。


「これが手に入るんだ」


 迷宮都市を抱きしめるように、ゲインズは両手を広げた。


「僕には夢があるんだよ。大きな夢がね」


 熱っぽく、彼は語った。


「迷宮都市の全てを手に入れる。この景色を全て僕のものにする。そのためには、もっともっと……稼がなきゃいけないんだ。効率的に。徹底的に。血も涙もなく!」


 振り向いた彼の横顔は、完全に陶酔している。


「そりゃ御大層な夢で何より。実現できるとは思えないがな」

「……」


 ゲインズの瞳が急速に狭まった。


「はは。きみたちのような冒険者には、大きな次元の話は分からないだろうね」

「賭けてもいいが……その冒険者が、お前の前に立ちふさがるだろうよ」

「きみはずいぶんと自信があるようだ。けっこう目障りだな」


 すうっ、と彼の笑顔が消える。


「よし。まずは自我を制限しよう。奴隷化術式の出番だ。……ペンチ!」

「うっす。任せといてくださいよゲインズ様。ばっちり大人しくさせてやります」


 ガラの悪い、いかにも”暴力担当”らしき男が、カエイをがっちりと抱え込んだ。

 瀕死の怪我がもたらす〈幻痛〉のせいで、彼女は抵抗できていない。

 だが、暴力担当のわりにこの男がそこまで強くないことは明らかだった。

 合同作戦(レイド)に百億払ってでもカエイ一人を抱き込む必要があるぐらい、確かにゲインズ商会は人材が不足している。

 今更ながらに、カエイはそれを実感した。


「施術はリーマに任せる。さてラクート、十哲会議の動向は!」


 一人だけ頭抜けて強い黒服の大男に報告をさせながら、ゲインズは部屋を後にした。


「自我を制限? おいおい。オレの自我こそ強さの源だぜ……」

「黙れや。立場分かってねえのか、ああ?」


 カエイは地下へ通じる薄暗い階段へと引きずられて、消えた。


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