幕間:骨の杖
「クオウ」
深刻な顔をしたフェイナが、僕を工房に呼んだ。
……こいつがそういう顔をするあたり、明らかに何か異常な事態が発生していた。
「杖のことか?」
「そう」
迷宮内で拾った骨の杖は彼女に預けてある。
僕たちの中で杖を調べられるような人間は、彼女しかいない。
「杖そのものは普通に良い品だった。けれど、中に暗号化された記録がある」
「記録?」
「知ってる暗号化方式だったから、断片的に中身を復号できたんだけど……」
彼女は杖を握りしめた。
「……見せたほうが早いよね」
フェイナが杖を掲げる。
すると空中に映像が投影された。
豪華な玉座に、一人の男が座っている。
『これを見ている者がいるなら……いや。いるはずもない』
絶望のにじみ出た口調で、彼が呟く。
映像にノイズが混ざり、場面が飛んだ。
民衆が砂漠の先に進もうとして、見えない壁に跳ね返されている。
倒れて血を流しながら、なお進もうとする人間の姿も見える。
映像がズームして、泣き叫びながら壁を叩く女を映し出した。
右手には真新しい赤子の靴が握られている。
だけど、これは……迷宮の端だ。そこから先には進めない。
「けっこう破損が激しくて……でも、起きたことは分かると思う」
「ああ」
再び場面が飛んだ。
『この都に無数の人が暮らしていた時代が……人が生きて、そして死んだ時代があった。たしかにあったはずなのだ』
崩れかけた砂漠の街を、やつれて老いた男が見下ろしている。
眼下で兵士と民衆が殺し合っている。
飛んだ首から、血のかわりに黒い瘴気が流れ出た。
体はまだ動いている。
場面が変わる。薄暗い地下室のベッドに人間が並べられている。
奥に巨大な機械があり、そこから管がベッドの人へ伸びていた。
その肌を、リザードマンじみた鱗が覆いはじめている。
『これでよいのだろうか? たとえ苦痛が和らぐとしても……』
映像の中にいる老人がこちらを見た。
ノイズが走り、場面が変わる。骨の杖を携えた〈リッチ〉が同じ場所にいた。
『技法は完成された』
ベッドに魔物が並んでいる。
『彼らは過去を失い、獣として砂漠を彷徨うだろう。そこに苦痛はない』
〈リッチ〉が顎骨を動かしながら、魔法によって発声する。
『水晶が残っていたのは幸いだ。最低限の記録と共に、杖へ組み込むだけの余裕もある……我が計算が正しければ、いずれ誰かがこれを手にするはずだ』
そして、〈リッチ〉は一冊の書物を映し出した。
一ページづつ映像に映しながら、ゆっくりとめくっていく。
古代語だから、その中身は分からないけれど……たまに入る挿絵を見る限り、分からないほうが良いような内容だろうと推測できた。
『……合成獣。なぜ我は、あのようなものを作ってしまったのだ? 我が精神が瘴気に侵されているゆえか? それとも、研究のための研究に取り憑かれたゆえか?』
〈リッチ〉が呟き、ページをめくる手が止まった。
『だとしても、知見は有用だ。この世界の狭間を訪れる者に悪意がないことを祈るほかない……あるいはこの判断も、瘴気のゆえなのか? いや……』
ふたたびページがめくられていく。
最後のページへたどり着いたところで、映像が終わった。
「損傷が激しくて、復号できないところもあるけど……」
「……やっぱり、あの迷宮は〈迷宮化現象〉の成れの果てだったか」
映像の断片から、なんとなく経緯は分かる。
「もし僕たちが〈ゴブリンズトレイル〉に行ってなくて……他の誰も救助に行かなかったとしたら……」
あの町も、同じような末路を迎えたんだろうか?
「その可能性はあるけど、ま、分かんないよ。専門家の人に伝えて、研究結果を待つしかないし……そんなことより、でっかい問題があるんだよね」
そんなことより、で片付けるべき問題なのか?
彼女はまた映像を出した。魔法書を映している場面だ。
「人間を魔物にするための方法が詳細に記されてる。禁術も禁術だよ。死霊術より遥かにヤバい。こんな情報が漏れたらいったい何が起きるか……」
フェイナが杖を置いた。
ああ……確かに。そんなことより重大だ。
「特に、人間を材料にした合成獣の製法はとっても応用の効く……じゃなくて。一番ヤバい。今の魔法が普及した世界なら、これはちょっと実用性が高すぎるよ」
「この映像を消すことはできないわけ?」
「杖の機能が記録部分と結びつけられてる。これを消したら、杖そのものが置物になっちゃう」
ずいぶん性格悪いことするな……。
「ダーリン、どうする? 杖を壊してでも、この記録は消すべきだと思う?」
「いや。そこまでして消す意味はないかな」
僕は言った。
「お前もうバックアップ取ってるだろ」
「と、取ってないもん」
「取ってるだろ?」
「……だって。これほどの知識を失わせるなんて勿体ないし。それに、あたしが知識として知っておけば、誰かが同じ技法を”発明”したときに対処できるかもしれないもん」
「確かに」
まあ、たぶん、こいつなら派手な悪用はしないだろう。
……バカな悪用はしそうな気がするけど。
「消さないとしても。こんな記録が刻まれてる杖を売るのは論外だ」
「うん。あたしもそう思う。この杖は売るべきじゃない」
「このパーティで使うしかないけど、杖としての性能のほうは?」
「かなり優れてる。それに、瘴気を弾くような特性を持ってるね」
「瘴気を……。なるほど」
かなり価値は高そうだ。三桁、百億イェン台に乗る可能性もある。
問題は、僕たちの中にこの杖を使える人間がいるかどうかだ。
「前から気になってたんだけど、君って攻撃魔法は使えないの?」
「使いたくない」
彼女の顔に影がさした。
「それに、専門外だから。あたしが使う攻撃魔法なんて素人レベルだよ」
「……なら、外から魔法使いを探してくるしかないのかな」
「探すまでもないと思うな」
「え?」
「あれだけアイテムボックスを詳細にコントロールできるなら、まず間違いなく魔法も使えるよ。あれも魔法だもん。ね、ダーリン、目指してみたら? 魔剣使いの魔法剣士」
「いや」
僕は首を振った。
「カエイが合同作戦から戻ってきたんだ。今はゼロから新しいことをやってる場合じゃない」
「そっか」
「この杖のことは、いったん後回しにしよう。後で考える」




