熱砂の活劇〈15〉
迫る瘴気から逃げながら、第三層へと通じる階段を駆け上がる。
休む間はまったくない。混乱したまま、ひたすらに逃げる。
「フージェン! そのらっぱ銃は誰でも使えるのか!?」
「おう! 引き金さえ引けば、誰でも使えるぜ!」
「分かった! らっぱ銃をマイザに渡して、代わりにブレーザーを担げ!」
余裕がない。他人だろうが僕が命令を下すほかない。
「……仕方ねえ! 任せるぜ!」
フージェンは譲ってくれた。良かった、ここで意地を張られたら全滅する。
「陣形を変える! マイザを先頭に! 他の二人でフージェンを護衛!」
「はあああ!? あたしが!?」
「あれだけ長距離で狙撃できるんなら、こんな近距離の鴨撃ちぐらい楽勝だろ! なるべく効率よく倒してくれよ!」
「いや、リルを先頭にするべきじゃねえ!?」
「今の先頭は防御力より火力だ! 君がやれ!」
「はあああ!? マジかよお! マジかよおおおっ! 畜生ううううっ!」
第三層。やはり影が部屋を埋め尽くしている。
らっぱ銃を構えたマイザがやけっぱちで突っ込んだ。
正面に一発。左に一発、右に一発。
最初の一撃で散弾の散布パターンを把握した彼女が、最適な角度へ魔法の銃弾を放つ。
いいぞ。殲滅速度が違う。
「マイザ、止まるな! 行け!」
「うるせえ分かってるってのこっちは大変なんだよおおおっバカあああ!」
余裕の無さとは裏腹に、銃の扱いは的確だ。
正面からの圧力が減った分だけ、左右に開く僕らの仕事も楽になる。
白波を立てながら大海原を行く快速船のごとく、一気に三層を突っ切った。
「あたしは射撃場でしか撃たねえんだよおお! 狩猟もやったことねえんだよおおっ!」
死ぬほどテンパってるくせに、銃口の向きだけは安定している。
階段を上がっている最中ですら銃がそこまで揺れていない。
「……本当に? めちゃくちゃ上手いけど」
「そりゃお前、こんなもん片手で扱うの前提に作った銃だろ! あのロングライフルを片手で扱うのと比べりゃ楽勝に決まってるだろお前! バカあああ!」
た、確かに……っていうか、あんなでかい銃を片手で扱ってたのすごくないか?
いくら鍛冶で鍛えられてるからって……いやこんなこと考えてる暇はない!
「よし、さっきと同じで行くよ! 出入り口で立ち止まらずに!」
「うるせえええ!」
マイザが騒ぎながら効率的に影を溶かしていく。
もはや部屋の中は影でギュウギュウ詰めだ。
休み無く斬り裂き続けて、ようやく細い道が確保できる。
「よし、よし! あとひとつ! 第一層! それで最後だ!」
希望が見えた。息を切らしながら階段を駆け上がる。
……スライムのような塊が行く手を塞いでいた。
「冗談だろっ!? どうすりゃいいんだよクソっ!」
マイザが銃を乱射したが、道が開くことはない。
そして、ついに弾が出なくなった。魔力切れだろうか。
「これリロードできねえの!?」
「できるぜ!」
フージェンが答える。
「すげえ時間かかるけど!」
「先に言えバカああッ!」
「〈大盾〉!」
わちゃわちゃする二人の横から突進したリルが、盾を押し付けて〈大盾〉を発動する。
塊の一部を押しのけることはできたが、道を開くほどの劇的な効果はない。
こうしている間にも、後ろから影の群れが迫ってくる。
動きは遅いが、着々と。
押しあいへしあい潰れたゼリーのようになった影が階段を押し出されてくる。
「なんか無いのかクオウ!?」
「そ、そうだ! フージェンのサーベルは!?」
「おう任せろ、どけっ!」
彼は塊を斬ったが、斬って現れた空間はすぐ埋まってしまう。
「誰か魔法は使えないの!?」
全員が首を横に振った。
「……な、なら……魔法に弱いんだし、魔力で……これはどうだ!?」
アイテムボックスから小さめの魔石をぶん投げた。
単に塊へ埋まっただけだ。……くそ!
「リル! 光石とかは!?」
「えっ!? 今切らしてるのですけど!?」
「はあっ!?」
魔法、魔法……なんかないか魔法の類! ああ、あった!
「食らえっ!」
〈風撃の指輪〉を放つ。だが、風で煽られて塊が変形しただけだ。
魔力から風への変換効率が良すぎて、この風に魔力がほとんど乗ってない。
「ならっ!」
塊にポーションを投げる。ばりんと割れた瓶の周囲が押しのけられる。
やっぱり魔法なら何でも効果が出るらしい。
だが、威力不足ですぐに元に戻った。駄目だ。もっと強い魔力を持つ何か。
僕はアイテムボックスの中身を凝視した。
隅に真鍮の注射器がある。〈クラスブースター〉だ。
「こ、これならどうだ!?」
塊に中身を注射する。ぐつぐつと瘴気の塊が煮えだした。
むしろ危険度が増した。
「何がどうなればそうなるんだよ! ていうか僕になんてもん打ってるんだよっ!」
「後ろ! 後ろ来てるって! うわあああ死ぬううううう!」
「繋がれクソっ! このクソ通信機がっ!」
「みんな今すぐ自殺するのです! 多分そっちのがマシなのです!」
大混乱する僕らのすぐ後ろにまで、影が迫ってきている。
何かないか。そんな焦りすら瘴気に吸い込まれ、虚無が襲ってくる。
駄目だ。まだ足掻け。足掻け! 考えろ!
……ああ、忘れてた!
「みんな動くな! 動くと爆発するから!」
〈アイテムボックス〉を開く。繋げる先は、剣のラックがある側と反対側だ。
ここに〈ブラックマッチ〉専用の容器が用意されている。
修復はとっくに終わっていて、準備はできている状態だ。
慎重に剣を引き出して、塊へと押し込む。
周囲の瘴気塊が魔力を嫌がるように下がったが、すぐに戻ってきて剣が埋まった。
爆発しないように、更に奥へと押し込んでいく。
「な、なるほど! あたしの〈ブラックマッチ〉か! よし今すぐ衝撃を!」
「まだ!」
ただ、普通に爆発させたら僕たちも無事では済まない。
リルの〈大盾〉を使うにしても、遠隔起爆の方法が必要だ。
「マイザ! 銃の火薬を! 今すぐ僕に!」
「お、おう!?」
火薬の詰まった小袋を、空にしたポーション瓶の中にまとめて詰め込む。
「何してんだよ!? 頭おかしくなったか!?」
「時限信管!」
「……ああ!」
理解したマイザが、ロングライフルの銃身に火薬を注ぐ。
そして銃を〈ブラックマッチ〉のそばに向けて突きこんだ。
銃身内の火薬が塊の中に残留し、導火線を作る。
「よし、これも!」
ポーション瓶をライフルの銃身で押し込み、導火線の先にセット。
端から火を点ける。
「……頼むぞ……!」
火薬は無事に着火した。導火線を火が伝う。
あれがポーション瓶のところまで行けば爆発が起こるはずだ。
それが〈ブラックマッチ〉を起爆する。
魔剣の爆発ともなれば、きっと十分な効果があるはずだ。あってくれ。
「よし! リル、〈大盾〉を!」
「はい!」
魔法の盾越しに、導火線の火をじっと見つめる。
火がポーション瓶に入った。……ただ火薬が激しく燃えるだけで、爆発はしなかった。
「ってクオウお前えええっ! 蓋して圧力かけなきゃ爆発しねえだろおおおおっ!」
「ご、ごめん……こういうのは専門外だから……!」
「おいおい、いま上手くいく流れだったろうが!? おれはこんなところで微妙にバカな死に様を迎えちまうのかよ!? 流石にガハハで流せねえがそれは!」
「……」
リルが〈ブラックマッチ〉をじっと見つめて、息を吸い込んだ。
盾をそっと引く。魔法の盾が一緒に動く。
……あれ?
普通、〈大盾〉って、盾が動くと消えるはずじゃ?
「……やれるかも……いや! やる!」
リルが深呼吸して、ぐっと前方に重心を移した。
「〈大盾撃/ワイドガード・バッシュ〉!」
魔法の盾ごと、彼女が凄まじい勢いで塊へ突進した。
衝突。〈ブラックマッチ〉が起爆する。
魔法の盾越しに、瘴気の塊が吹き飛ばされ蒸発して消える様がはっきりと見えた。
……道が空いた!
「よくやったリル! 最高だ! 行くぞ!」
「え、えへへ! 実は、最近ずっと練習してたのですけど……!」
見れば分かる。一朝一夕で出来るものではない。
「や、やった! 抜けた!」
第一層の扉をくぐり、長い斜面を上っていく。
罠は行きのときに解除した。何も心配はない。
「ところで、リル、さっきの〈独自技能〉だけど」
「……? 何なのですか、それ?」
「あ、あとで説明するよ……とにかく、これで脱出だ!」
そう言った瞬間、前方から大岩が落ちてきた。
もちろん斜面を転がってくる。
今度は距離がありすぎて、勢いがつく前に止めることはできそうにない!
「こ、こんなところでそういうお約束やめろよ! 終わった宣言した瞬間にピンチとかそういう小説のお約束やってる場合じゃねえんだよこっちはああっ! バカああっ!」
恐慌状態のマイザが、弾の出ないらっぱ銃の引き金を引いている。
「わたしに任せるのです!」
リルが勢いよく大岩に突撃した。
そして、盾を振りかぶる。
「〈大盾撃〉……!」
魔法の盾を展開したまま、ガツンッ、と岩をぶん殴る。
岩に大きくヒビが入った。しかし、無情にも岩は転がり続ける。
リルが慌てて逃げ出した。
「フージェン! サーベルを貸してくれ!」
言いながら、彼の懐からひったくる。
試しに水の刀身で洞窟の壁を斬ってみた。バターみたいに切れる。
これなら行ける。左から右へ、岩を水平に一閃。
ぱかりと岩が割れ、滑って止まる。
……こんな超性能の魔剣があるなら、誰だって岩ぐらい割れる。
僕より先に動いてしかるべきだろうに。
どれだけ金を持ってるんだか知らないけれど、宝の持ち腐れだ。
「さあ、今度こそ脱出だ!」
流沙の中央から差し込む陽光の筋が見えた。
出口だ。ロープはまだ垂れている。
「つ、繋がった! ヤンセン! 緊急事態だ! おれたち引き上げて即撤退しろ!」
「了解しました。緊急事態が起きたと報告書を書いておきます」
通信機の向こう側にいる眼鏡の地味な女が言った。
「そうじゃねえだろ! 言ってねえで何とかしてくれよ!」
「緊急の緊急ですか」
「緊急の緊急!」
「了解。〈絶対零度〉」
僕らの上にある流沙が凍りつき、砕けて割れた。
大穴が開き、フージェンの船がはっきり見える。バカみたいな威力の魔法だ。
彼女の上司らしきフージェンより圧倒的に強い。
「〈風精舞踏〉」
風が渦を巻いて踊り、僕らを巻き上げて船へと持ち上げた。
ドカッと遠慮なく甲板に叩きつけられる。痛い。
「た、助かったあっ! 本当に今回という今回こそはマジで死ぬかと思ったっ!」
マイザが甲板をバンバン叩きながら言った。
「でも、何とかなりましたね! 大冒険だったのです!」
「何でこう毎回毎回ギリギリになるんだろうな……」
気絶したままのブレーザーの様子を確かめる。
怪我はなさそうだ。
「ではヴァン・デ・モレン様、明日までに始末書をお書きください」
「え、おれが書くの? 始末書」
……フージェンが部下に叱られている。
頭から生えているウサ耳がしょんぼり畳まれていた。
「規則ですから」
「いや、おれの肩書きを考慮するとかさ……」
「規則です」
「お、おう」
彼らの話が終わるのを待ち、僕は大事なことをたずねた。
「ところで、宝の分配は価値を等分するって話だったよね」
「ん? ああ。ひとまず、あの杖はお前らが預かっとけよ。ギルドで鑑定でもしてもらえ。鑑定額の半額をおれに払って杖をお前らが使うのか、売って半額を等分するのかどうかは勝手にしな」
おそらく億単位の価値がありそうなAランクの宝なのに、さして興味もなさそうだ。
なんだか、僕が全力で必死に追いかけてるものを「大したものじゃねえだろ」とでも言われたような感じがして、少しだけ気分が悪い。
……普通に考えれば、彼は僕たちに譲ってくれてるだけなんだろう。
客観的に見て、僕の見方のほうが歪んでいるのは分かるけれど……。
「連絡先は? ギルド経由でいい?」
「そうそう、申し遅れてたがな。おれはこういう者だ」
彼は一枚の名刺を僕に渡した。
「……え!?」
”五海商会 迷宮都市商館長 ウィレム・ヴァン・デ・モレン”。
名刺にはそう書かれている。
〈五海商会〉。五つの海を股にかける巨大貿易商会であり、迷宮都市で同名のクランを運営する母体でもある世界屈指の大勢力。
迷宮から発掘されたマジックアイテムが世界中へと輸出されていく物流の大部分を掌握する迷宮都市のキープレイヤーでもあり、迷宮都市の商館長ともなれば王族や皇帝ですら下手に出て媚びへつらうような立場の人間だ。
「しょ……商館長!? 五海商会の!?」
「おう! おれが商館長だ!」
「そんな偉い人が海賊の格好で何やってるんですか!?」
「格好いいだろ!? それに、たまには海に出ねえと鈍っちまうからな! ガハハ!」
「海ではなく砂漠です」
「うるせえよヤンセン! 砂海も海のうちだろ!」
僕は完全に固まっていた。
思っていた通り、別の事業で稼いだ金で迷宮に潜ってる道楽冒険者だったのは確かだ。
にしたって桁が違う。肝が冷えた。
……っていうか僕たち、もしかしなくてもAランクのクラン〈五海商会〉に誘われてたし、資金提供の申し出を受けてたのか!?
「ヴァン・デ・モレン様。早く帰還するべきです。迷宮の崩壊が進めば〈リターン〉の術式に悪影響が出ます」
「だとよ。おれたちは今からこいつを船渠に戻してデータ取りと検査をやらなきゃいかん。流石に、部外者を乾ドックに入れるわけにはいかんからよ……」
部外者じゃなくなりゃ話は別だがな! と、彼は言った。
「どうだ、お前ら! 改めて聞くが、五海商会に来ないか!?」
リルはピンと来ない様子で僕を見ている。
一方、マイザは完全に乗り気だ。目がキラキラ輝いている。
……複雑な気分だ。
勧誘されるぐらい評価されて嬉しい反面、今の仲間だけでやっていきたい思いもある。
五海商会ほどの大勢力に入れば今みたいな自由は無くなるだろう。
「今すぐに返事をすることはできません。仲間が揃ってないので」
「そうか! ま、気が向いたら返事してくれよ! 待ってるぜ!」
そして、僕たちは迷宮から帰還した。
今回の迷宮攻略そのものは大成功だ。
おそらく価値が高いだろう宝と、強力なコネクションをも手に入れた。
もう追放される前よりも立場が高くなっている気もする。
今回の宝を売って等分すれば、少なくとも億の活動資金が作れるだろう。
これで装備の質を上げていけば高ランク冒険者の背中が見えてくるはずだ。
そのぐらいの実力になればいよいよ知名度が上がりはじめて、ブレーザーがメディア対応のために忙しく駆け回ることになるに違いない。
荷物を抱えて、帰還部屋から廊下に出る。
僕は五海商会の商館長の名刺を取り出して、じっと見つめた。
僕たちは成功への切符を掴んだ。しかも、一つではなく二つの切符を。
どちらへ行くべきか、自分で決めることができる。
普通の冒険者が望むべくもないほどの幸運だ。
……はっきり言って、運が良かったおかげだ。
フージェン、もといあの商館長が来なければ、僕たちは何も得られず死んでいた。
地下迷宮に入ってからも、同行していた彼の高価な武器が無ければ攻略することはできなかったはず。
けれど、ずっと必死に足掻いていなければその幸運も掴めなかった。
裏社会の大勢力ゲインズ商会のパーティを相手に回し、粘るどころか一パーティを全滅させる手前まで行けたことは、きっと誇っていいはずだ。
間違いなく僕たちは強くなっている。
何かを成し遂げた実感がようやく湧いてきた。
僕のアイテムボックスの中には、レアリティがAランクの宝が入っている。
……上にSランクや”非公開案件”があるとはいえ、最上級レベルの宝だ。
思わず頬を緩めながら、建物の外に出る。
すっかり暗くなった空の下で、僕の仲間たちが待っているのが見えた。




