ポーターの可能性〈6〉
強烈な光が晴れたとき、周囲に森が広がっていた。
素早く周囲を確かめる。安全だ。
一件するとただの森だが、一方向に向かって地面が低くなっている。
まるで水平な地面をそのまま傾けたような傾斜だ。
屋外型の迷宮なら、こういう奇妙な傾斜は珍しくない。
この場合、一番低いか高い場所にボスと宝が位置しているのが鉄板パターンだ。
「プランは?」
「ほどほどに戦いながら、低い方へ向かうわ。リルちゃん、進んでいいわよ」
「はい!」
革鎧に加え、盾と魔剣を構えたリルが意気揚々と進軍する。
数分後、今日最初の接敵があった。
「小さいオオカミみたいなやつがいるのです」
「リル、好きにやっていいわよ」
「はい。クオウさんは安全なところに隠れていてください!」
リルが盾を構えて、まっすぐにオオカミ型の魔物へ突進した。
気づいたオオカミが彼女に首を向け、四本脚で急加速する。
「流石に負けはしないかな」
それでも念の為、〈アイテムボックス〉を開いて支援の準備をしておく。
中型犬ぐらいのサイズをしたオオカミが、リルの盾へ頭からまともに突っ込んだ。
直感に反して、盾のほうがむしろ押し負ける。
あれが魔物の厄介なところだ。魔力で動く生物は、見た目と強さが一致しにくい。
そのまま手首へ噛みつこうとしたオオカミを、リルがなんとか殴って引き剥がす。
「……」
横目でちらりと、僕はサリーさんの様子を見た。
魔法の杖を構えてすらいない。最初から助ける気はなさそうだ。
……駆け出し冒険者に魔剣を貸してやるぐらい優しい女なら、割って入る準備ぐらいしてそうなものだけれど。
「こ、このっ!」
地面をうろちょろしているオオカミを、リルが盾で殴ろうとする。
まったく当たっていない。
「おーい、攻撃するんなら魔剣を使いなよ」
流石に見ていられなくて口を出してしまった。
「あっ!」
盾に添えた右手を外し、リルが魔剣を抜く。
片手にも関わらず、意外と滑らかに切りかかった。
「……意外とやるじゃない」
なんだか嫌そうな調子で、サリーさんが呟く。
妙に鋭い剣筋の、斜め右上から左下にかけた教科書通りの斬撃だ。
それは飛び退ったオオカミの胴体を掠め、灰色の毛皮に血が垂れる。
……魔剣にしては威力がないな。何か効果が出ている様子もない。
たまらずオオカミが背を向け、狭い木々の隙間を縫ってわずかに距離を取る。
そして首を天高く伸ばした。
「アオオオォォォォン!」
遠吠えが森を揺らす。
四方から、まるで山彦が返ってくるようにして、同じ遠吠えが響いてきた。
「サリーさん! クオウさんの後ろを守ってください! 前はわたしが!」
守ってくれるなら素直に守られておこう。
リルが経験を積むのが目的なんだし。
「わかったわ」
サリーさんが右手を短剣に伸ばし、考え直したかのように杖を構え直す。
森の奥から何匹ものオオカミが、僕たちを囲むように姿を表した。
「はあっ!」
サリーさんが杖を大きく振りかぶり、上から下に振り下ろす。
その先端が赤く円弧状の尾を引いて空間に固定された。
「〈魔斬〉!」
赤い斬撃が飛び、オオカミを真っ二つに切り裂く。
その死体がばらばらと光る粒子になって溶け、小さな石だけが残された。
魔石だ。小さいけれど、買取額で千イェンは下らないだろう。
「意外と肉体派なんですね。元シスターっていうから、回復系の技能を選んでるかと思ってたんですが。〈魔斬〉ですか」
……魔法の杖を持っているシスター、といえば、普通は遠距離職をイメージするけど。
なら〈魔斬〉を取る意味はない。
技能の枠はどれだけ強くなろうが一つだけだ。
人間は特殊能力を扱えるようにできてないから、それが限界らしい。
基本的に、迷宮の中で付け替えることはできない。
同じ技能を何千回と繰り返して使えば技能枠にセットしていない技能でも多少は使えるけれど、それをやるのはいくつも魔法を使い分ける魔法系のクラスぐらいだ。
まあ高ランクの冒険者なら、自力で扱える技能の一つや二つ持っているけれど。
ああいう化け物みたいな連中を基準にしてはいけない。
なので、唯一の技能に〈魔斬〉を選ぶのはだいぶ奇妙な選択だ。
ちなみにポーターの〈アイテムボックス〉も技能だ。
なので実質的に一択で、ポーターに技能の選択肢はない。
「え、ええ。ほ、ほら、シスターだって剣ぐらいやるわよ。剣の経験があるのよ」
「……なるほど」
妙に動揺している。
魔法の杖を使ってるのに斬撃を飛ばす技能を選ぶなんて、妙だよな。
「あなた、ポーターでしょ? 戦闘の技能選択に口を出すものじゃないわ」
「……ええ。そうですね。技能といえば、リルは何を取ってるんです?」
「まだ取ってないそうよ? 本当に、冒険者になりたてだもの」
「ああ」
にしては筋のいい斬撃だった。
才能かな。……若い才能ってやつは凄いな、ほんと。スノウといい。
「のんびり会話してないで、戦うのですよーっ!」
オオカミ三匹に囲まれているリルが、僕たちに叫んだ。
棒立ちで動く気配がない。
「おっとリル、囲まれた時はその場で戦わないほうがいいよ。一方向に突破して、背後を安全にしてから戦うんだ」
そこまで難しい判断ではない。いわゆる内線作戦を知っていれば誰でも分かる手だ。
でも、その判断ができるかできないかで戦いの結果は変わる。
殴って勝つだけが冒険者じゃない。戦術的判断は立派な武器だ。
いかんせん僕は殴り合い能力に欠けるので、こういう判断を磨いてきた。
現場の感覚に加えて、一応は本で専門的な勉強もしてある。
決して戦術の天才ではないけれど、間違いなく努力はしてきた。
「のんびりしてるくせに正しそうなアドバイスで腹が立つのですーっ!」
リルが前に駆け出した。剣を振りかぶりながら盾を突き出す。
すれ違いざまに盾で殴り、かわされたところへ斬撃。
二段構えの攻撃が綺麗に決まった。偶然っぽいけど。
「……ポーターなのに、妙に詳しいのね」
「いやあ、雑誌で読んだだけですよ。僕なんてお荷物ポーターですからね。はは」
「あっ! クオウさん! そっちに行ってしまったのです!」
前に突破したせいで、僕と残り二匹のオオカミの間に壁がなくなった。
サリーさんはちょうど後方のオオカミたちへ向かっていて、僕は孤立した形だ。
「こらーっ! そっちには行かせないのですーっ!」
二匹のうち片方に追いついたリルが盾役らしく身を張って止め、仕留めにかかる。
もう一匹はまっすぐこっちに向かってきた。
うーん。素手でオオカミと格闘するのは嫌だな。
「〈アイテムボックス〉」
僕専用の小さな異次元を開き、中に収まった棚からバフ用のポーションを取り出す。
速度向上薬、通称〈ヘイスト〉だ。
効果時間はコンマ七秒で、着弾すると破裂して近くにバフをもたらすタイプ。
「よっと」
タイミングを図り、すぐ前方に投げ落とす。
そこはオオカミが僕へ飛びかかるべく跳躍する、まさにその地点だ。
不意に掛かった強力な速度向上効果に気づかず、オオカミが跳ぶ。
オオカミは僕の頭上を飛び越え、反対側で着地しそこねて転がった。
「えっ?」
「は?」
二人があっけにとられている。
「今、妙な跳び方をしたような気がするのです……?」
「そんな事にポーション使ったの? 一瓶何万イェンよ? それは……裸にされて蹴り出されるわけだわ、あなた……確かにお荷物ポーターね……」
効果時間の短すぎて買い手のつかないクズポーションだから、安価なんだけどね。
戦いの最中にそんなことを指摘したってしょうがない。
「こっち見てないで戦いなよ、二人とも。君はさっき自分でも言ってたろ、リル」
「はっ! 守るのです!」
僕とオオカミの間に、リルが立ちふさがる。
のだが、派手に魔剣を空振って飛びかかられ、ぐだぐだした格闘がはじまった。
いつでも支援できる準備をして、ハラハラしながら見守る。
少なくとも彼女はビビっていないし、筋も悪くない。すぐに強くなるだろう。
「あだっ! こ、このー!」
あやうく首を噛まれそうになりながら、なんとかリルが勝った。
その間にサリーさんが残りのオオカミたちを仕留めていた。
「しょ、勝利! なのです!」
「なんとか、ね。さ、もっと奥へ行くわよ」