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熱砂の活劇〈14〉


 〈リッチ〉。高度な死霊術士が、生きながらにして自らを死体へと変えることにより生まれる存在。

 定義上、それは魔物だ。迷宮がそういうものを生み出すこともある。


「人の子らよ……皮肉が効いているとは思わぬか? 墓場のごとき世界の狭間に、文字通りの墓場が建っているのだ。ふ……我に言わせれば、これほど愉快なこともないが……」


 それは空気を求めるように苦しげな身振りをして、杖に身体を預けた。

 状態は悪そうだ。でなければ、僕たちはもうとっくに殺されている。

 一般的に、〈リッチ〉はAランクの魔物だ。さすがに敵う相手ではない。


「さあ……狭間を駆ける盗掘者よ。成すべきを成せ。我が心に残された最後の一片までが、瘴気に侵されつくす前に。我が民へともたらした安らぎを、あと一度」


 それは両手を広げた。静かに自らの死を待っている。

 ……最初から、僕たちを殺す気はなかったようだ。


 再び、”迷宮化現象”という単語が頭をよぎる。

 迷宮へ取り込まれた人々がまっとうに老いて死ぬことは出来ないとしたら?

 何らかの形で……魔物として生き続けるのが運命だとしたら?


 きっと考えすぎだろう。

 素人の思いつくようなことが真実である可能性なんて無いに等しい。

 だとしても、仮にそれが運命だとしたら……殺してやるのが、何より情けになる。

 迷宮を攻略してしまえば、その迷宮は消滅する。

 ドロップ品を除いては、後には何も残らない。


「……分かりました。全力で、慈悲の一撃を放たせてもらいます」


 僕は彼に歩み寄った。彼は頷き、僕に骨の杖を差し出した。


「この杖を預かってくれんか。大事なものだ」


 杖を掴んだ瞬間、なぜだか勇気が湧いてくるような感じがした。

 レアリティ判定Aランクの(ボスドロップ)、か。確かに、それらしい風格がある。


「確かに。預かりました」


 杖をアイテムボックスへと入れて、かわりに〈無銘剣〉を掴む。

 反動加速。頭蓋骨から背骨へかけて、縦に両断する。

 動かなくなった骨が地面に散乱した。

 ばりん、と空間の割れるような音。この迷宮は攻略された。


「……なっ!?」


 いきなり噴水のような勢いで瘴気が湧き出した。

 きっと、彼が何らかの形で瘴気を抑えていたに違いない。死んで蓋が外れたんだ。

 ぶよぶよとした不定形の黒い汚染塊が空中に現れる。

 腐敗したヘドロにも似た死の臭いが鼻をついた。

 ずぶずぶと後ろ向きな感情が頭の中に侵入してくる。


「これは……やばい……!」


 前の層で食らった精神攻撃よりもきつい。

 瘴気のすぐそばにいるせいか。

 手足を動かす気力すら削がれていく。体の感覚がない。

 何もかもがどうでもなってくる。僕はなんでこんなに頑張ってるんだ?

 もう諦めてもいいんじゃないか?


「クオウさん!」


 リルが僕を体当たりで弾き飛ばして、瘴気の元から遠ざけた。

 まだ手足の感覚がない。

 僕はアイテムボックスを開き、さっきの杖を掴んだ。

 瘴気とは真逆の、勇気にも似た感情が流れ込んでくる。

 手足に力が入った。そうだ、それでいいんだ。足掻け。


「り、りたー……」


 後ろのほうでブレーザーが〈リターン〉を使おうとして、気を失った。

 リルが彼に駆け寄り、身体を抱えあげる。


「クオウさん! 帰りますよ!」

「ああ!」


 溢れだした瘴気が床に広がっていく。

 巨大な瘴気塊が空中で脈動し、おおむね人型の黒い影を生み出した。

 敏捷性低下のポーションをそっちにぶつけながら、全速力で階段へ向かう。

 ……ブレーザーを背負っているのに、リルが僕より速い。


「速く! 逃げるぞ! ありゃあ絶対まともじゃねえ! 本気で危険だ!」


 一足速く逃げはじめ、もう階段のところにいるマイザが叫んだ。

 フージェンも彼女のすぐ後ろにいる。


「分かってる! 安全に〈リターン〉を使えるだけの距離を取って帰還しよう!」

「おうよ! ……ヤンセン、ヤンセン! 船を……なんだよ、繋がんねえ!」


 フージェンが通信機を叩いている。ノイズが走るばかりだ。


「……っ、くそ!」


 人型の影が、僕の目前で地面から這い出してきた。

 僕を取り込もうとするかのように腕を突き出してくる。


「邪魔だ!」


 〈無銘剣〉はこの化け物をあっさりと両断した。

 手応えはない。物理的実体があるようには思えない。


 部屋を後にして階段を駆け上がる。僕がパーティの最後尾だ。

 後ろを振り返ると、泥のような瘴気が物理法則を無視して階段を登っている。

 本当に本当の緊急事態だ。

 あの瘴気に飲み込まれたら、きっと魂のほうが無事では済まない。

 ……そうなればきっと、迷宮内でたまに発生する失踪者の仲間入りだ。


「なんなんだよあの瘴気! どうなってんだよ絶対まともじゃねえだろやめろよマジ!」


 泣きそうな声でマイザが叫んでいる。


「……長いこと封鎖された空間は、魔力が淀んで汚染されがちだ。たぶん、この迷宮は並外れた長期間に渡って瘴気を……」

「知ってるよ! そんな説明しなくていいってのうるせえよバカー!」

「繋がんねえ! 最高品質の通信機っつーから高値で買ったのに! もうあいつらとは金輪際取引してやんねえぞクソーッ!」

「みんなとにかく走ることに集中するのですーっ!」


 いきなり本物の命の危機に晒されて、全員がパニック状態だ。

 僕は杖を掴んだおかげかギリギリ平常心を保てている。

 フージェンの通信機が繋がる様子はない。支援には期待できない。

 それでも、瘴気が登ってくる速度はそれほど速くない。これなら逃げ切れる。

 ……と思っていた僕たちを、無数の黒い影が出迎えた。

 第四層は敵で埋め尽くされていて、倒さなければ三層に上がることはできそうにない。


「はあっ!? 先回りされてるってか!? どうなってんだよ!?」

「が……はは、戦うしかねえな、こいつは!」


 流石に余裕のないフージェンが、水のサーベルを抜き放って突進する。

 勢い余って地面まで切り刻みながら道を切り開いた。

 ……技量に比して武器が強すぎて振り回されているが、それでも頼りにするほかない。


「マイザさん! ブレーザーさんは任せますよ!」

「へ!? ……か、抱えられないことはねえけど! あたしかよ!」


 リルが盾を構え、左側に踏み出しながら僕の方をちらりと見た。

 了解。僕は右側の敵を抑え、ブレーザーを抱えたマイザのために道を維持する。

 やるべきことは明らかだ。


「右は抑える! 左は任せたよ!」

「はい!」


 それでも念の為に確認し、影との交戦を開始する。

 強くはない。だが、嫌な予感が止まらない。一歩間違えれば死ぬだろう。

 ……また命懸けの状況だ。何回命を懸けても慣れないな。慣れたくもないけれど。


 パーティの位置関係を調整しつつ、影を切って切って切りまくる。

 危うくフージェンの振り回すサーベルに当たりそうになった。

 あの剣は床ですらサクサクとケーキのごとく斬り裂いている。

 掠めるだけでも致命傷だ。そんなものを振り回されると、危なくて仕方がない。


「フージェン! その剣じゃなくて、らっぱ銃を使ってくれ!」

「あ!? お、おうよ!」


 彼が武器を持ち替え、前方にらっぱ銃を乱射しはじめた。

 焦ってブレブレの見当外れな射撃でも、散弾の範囲にいる敵がまとめて溶けていく。

 効果的だ。火薬じゃなくて魔法式なのがいいのか?


 ……一方で、リルは苦戦している。

 剣で切っても盾で殴っても効いている様子がない。

 〈無銘剣〉が斬れて、リルの剣はダメってことは……魔法素材かどうかの差か?


「リル、こっちを使え!」


 〈マギ・インバーター〉を投げ渡す。と、リルが無事に目前の影を斬り倒した。

 やっぱり純粋な物理攻撃は効かないみたいだ。でも、魔法が絡んでいれば効く。

 それ以上のことは分からない。


「ここにフェイナが居ればな……!」


 謎のポーションでまとめてなぎ倒すようなこともできたろうに。

 あいつなら今どういう状況なのか教えてくれたかもしれない。

 ……居ない奴のことを考えても仕方がない。それより切れる札を探せ。


 普段は重宝している煙幕も鉤爪ロープも役に立ちそうにない。

 フージェンのサーベルを借りるか? いや、この影はそれほど強くない。

 オーバーキルだ。他の戦術を考えろ。


「……か、考えてる余裕がない……!」


 息をつく余裕すらなく、ひたすらに斬撃を繰り返させられる。

 でなければ押し負ける。どれだけ倒しても敵が減っていく様子がない。

 むしろ密度がどんどん増している。迷宮都市の雑踏じみた人混みだ。

 この調子で行けば、第一層に上がる頃には影が一塊になり、切り開くことすら不可能になりかねない。


 先頭のフージェンが何とか階段へとたどり着いた。

 階段の途中には敵がいない。だが、天井を伝って濃密な瘴気が上がっていく。

 この調子だと、第三層も四層と同じような状況だろう。

 この階段で〈リターン〉を使って帰還できるか?

 そんな考えが浮かんだ瞬間に、後方から影が追いかけてきた。

 駄目だ。このまま安全なところまで逃げ切るしかない!



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