熱砂の活劇〈11〉
長い下り坂から横穴に入り、分岐と罠だらけの通路を進んだ先。
そこには未知の金属で作られたドアがあった。
横に古代文字らしき文字で書かれた銘板が掲げられている。
何が書かれているかは分からないが、きっとここからが本番だろう。
「えーっと……”第一層:貢献者の墓”って書いてあるんだな、多分」
「え!? 読めるの古代文字!?」
「ま、大学でちょっとやっただけだから、アテにするなよ」
意外なことに古代語をちょっと読めるらしいブレーザーが扉を開く。
その瞬間、肌にまとわりつくような瘴気が広がった。
暗黒に包まれた部屋の中に、無数の棺が並んでいる。
僕たちは武器を構えて、そろりと中に侵入した。
がた。がたがた。無数の棺が揺れ動き、共鳴しながら激しさを増していく。
……この様子だと、僕らより先に来た冒険者はいなさそうだ。
「そうそう、こういうのでいいんだよ……な、クオウ!」
「だから僕に同意を求めないでほしい」
「なんでだよ!? お前なら”理解る”だろ!? 夢とロマンが!」
「分からないけど……っと!」
並んだ棺の蓋が勢いよく跳ね上がり、中から無数の人影が現れる。
肉の腐りかけたようなゾンビと、骨だけになったスケルトン。
それほど強くはなさそうだ。数だけ多い敵の相手は慣れている。
〈風撃の指輪〉で剣を加速させるまでもない。
アイテムボックスの〈無銘剣〉を握り、素の居合を繰り出した。
棺から起き上がってきたゾンビの首を切り飛ばし、元の棺に叩き込んでやる。
「おとなしく死んでおけよ!」
「やるねえ! ガッハハ、おれも一暴れするか!」
フージェンは素手でスケルトンの骨をちぎりバラバラにした。
海賊衣装をはためかせながら、起き上がってくるアンデッドを次々と倒していく。
相当に強い。……でも、なんで腰に付けてるサーベル使わないんだ?
それコスプレの小道具なの?
「うっひょう! ゾンビか!」
近くでバカみたいな銃声が鳴った。耳鳴りで音がろくに聞こえない。
「やっぱりゾンビは銃殺に限るってな! 最っ高だぜ!」
「うるさいのです! わたしの鼓膜を破る気ですか!?」
盾でアンデッドを殴り倒しながら、リルが叫んだ。
「本当だよ! そんなでっかい銃、室内で使うもんじゃないでしょ!」
「おう!? でっかい銃が何だって!?」
フージェンが背中のらっぱ銃を取り出して、ゾンビの集団をまとめて吹き飛ばした。
更に耳鳴りがひどくなった。
「ガッハハ! デッケえ音だ! 火砲はこうでねえとな!」
こいつら! デリカシーがない!
「お、俺も!」
ブレーザーのクロスボウから放たれた矢が、スケルトンの骨と骨の間をすり抜けた。
……彼が再装填に四苦八苦している間に、残りの敵を片付ける。
瞬殺だ。一山いくらのアンデッドごとき相手にならない。
魔石を拾い集めてから、部屋の奥に進む。
そこには下り階段があった。大きく壁画が描かれている。
ピラミッドの頂点にある太陽と、それを崇める人民の図だ。
「ちなみにブレーザー、この壁画の意味は分かる?」
「分かるわけないっしょ」
慎重に下っていくと、再び金属製の扉に突き当たった。
やはり横に銘板がくっついている。
「”第二層:戦士の墓”……かな。ただ、部分的に文字が崩れてんだけど」
彼は銘板の一点を指差した。
「崩れてるところの周囲は、瘴気っぽい汚れが濃いような気がするな……」
「何か意味はあると思う?」
「いや……。迷宮だし、こういうもんなんじゃねえ?」
ブレーザーが扉を開く。同じような作りの墓だ。
いくらか狭いが、瘴気の気配が濃くなっている。さっきより敵は強いだろう。
五人が部屋に入った瞬間、背後の扉がひとりでに勢いよく閉じた。
一斉に棺の蓋が開き、ゾンビやスケルトンたちが槍や剣を構える。
統率の取れた動きだ。
「トオスナ! ボウトクシャニ死ヲ!」
階段に通じる最奥部に陣取った影が、杖を振るって叫ぶ。
その体は瘴気で黒く染まった包帯で包まれていた。
いわゆる〈マミー〉の類だろう。単体のランクは平均E前後。そう強くない。
「クオウさん、いつも通りに行きましょう!」
「ああ!」
数列に並んだアンデッドの兵士たちへ、リルが盾を構えて突撃する。
勢いに押されて統率が乱れたところを狙い、僕が〈無銘剣〉を振るう。
「アナヲフサゲ!」
だが、殺して戦列に穴を空けても、すぐに後ろの兵士がカバーに入った。
今まで出会った”兵士”風の魔物の中でも、かなり練度が高そうな動きだ。
「ふんっ!」
その戦列を、リルがまとめてなぎ倒す勢いで押し込んだ。
「〈大盾〉!」
展開された魔法の盾が、周囲の敵を左右に吹き飛ばす。
かなり強引な使い方だけど、これで十分に穴が出来た。
向こう側に、杖を構えたマミーが見える。
ぶつぶつと詠唱しながら、魔法を準備している。
「〈ファイアボール〉!」
「そこだっ、貰ったぜ!」
放たれた火球ごと、マイザの弾丸が奥のマミーを貫く。
耳鳴りは我慢しよう。お手柄だ。
指揮官を失って兵士たちの動きが悪くなった。もう相手にならない。
あっという間にカタが付いた。
「やるもんだな! おれの出る幕がねえや! こりゃ楽でいいな、ガッハッハ!」
僕たちを見守っていたフージェンが、笑いながら言った。
……出る幕がないっていうか、わざと自重している節すらある。
「ところで、魔石の配分はどうします?」
「おれは要らねえよ、お前らが全部持ってけ! だいたいお前らが倒してるしな!」
これはもしかして、出番を譲ってくれてるんだろうか?
あの船にかかっている金からして格が違うしな……。
金額に見合う強さの冒険者なら、僕たちとは比較にならない強さのはずだ。
階段を下る。途中に踊り場があり、右に九十度曲がっている。
正面の壁の色が変わっていた。
「こういうところには隠し扉がある! ってのが通例だろ!」
マイザが壁を調べたが、何も出てこなかった。
「……通例だろ! おい! ロマンが分かってねえやつだな、迷宮!」
「おう、どいてな! おれに任せろ!」
フージェンが肩から壁に体当たりした。
……穴が開いてしまった。マジ?
「ガッハッハ! この手に限る!」
穴の向こう側には、シンプルな素掘りの空間が広がっていた。
何かの道具の残骸や、朽ちたベッドらしきものが並んでいる。
敵がいる様子はない。どこかに空気穴があるらしく、空気も新鮮だ。
「なんだろうね? ここ」
「俺が思うに、建築中に使われてた労働者の休憩所じゃねえかな?」
「いや……迷宮だよ? 砂漠を歩いてる間だって、太陽は傾いてなかったしさ。そういう感じの、迷宮によくある不条理なんじゃないかと思うけど」
なんとなく意味がありそうな、でも何もない空間。
そういうものは迷宮によく生成される。
迷宮は人間が意図して作り上げたものじゃなく、ほとんどランダムだ。
「そうか? ま、クオウちゃんが言うならそうなんだろな。死ぬほど迷宮潜ってきたろうし」
「そんなことより、そろそろ飯食おうぜ、飯! クオウ、よろしく!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
アイテムボックスを開く。剣を取り出す時とは別方向から穴を繋げた。
中からフェイナの作った弁当を取り出す。
「はっ!? なんだそりゃあ!?」
フージェンが叫んだ。
「もっかい! もっかい見せてくれ!」
「……?」
言われた通り、アイテムボックスへ繋がる空間の裂け目を閉じて開いて。
パッと世界に穴が生まれる。何の変哲もない光景だ。
「どうなってんだ!?」
「どうって、何が」
「何もかもおかしいだろ!? 開閉速度だよ! うちの一番優秀な〈ポーター〉でも、そんな早くアイテムボックス開かねえし……それに!」
彼は穴を指差した。
「さっき剣を引き抜いてた時と中身が違うじゃねえか! どういうことだよ、穴を開ける方向を変えてんのか!? 聞いたことねえぞ!?」
「それは単に、こんなことする必要がないからだと思うけど」
「いや! それが可能なら、アイテムボックスの収納効率が上がるだろ! 収納効率が上がるってことは、ポーターが一回の貿易で運べる容量が増すってことだ!」
フージェンが顎髭に手を当てた。
よく見ると付け髭だ。
「〈アイテムボックス〉に繋がる穴のサイズが限られてる都合上、内部容積を完全に使い切るのは難しいから、ポーター乗っけた海上貿易はアイテムボックスの中身を満載してもロスがあるんだよ……そのロスの分だけで、大商会なら年に数十億レベルの損失が出るんだぜ! 物流面でデカいぞ、その技術は! ……お前以外でも可能なら、だけどな!」
「な、なるほど?」
貿易や物資の搬入なんかの方面なら、たしかに有効性はあるかもしれない。
でも、僕みたいな迷宮に潜るポーターには関係のない話だ。
「いいからご飯を食べましょう」
リルが紙の包みを開けた。
中に入っているのは、厚めのパンに野菜とハムを挟んだサンドイッチだ。
普段は凝った料理を出すフェイナでも、たまには手を抜くらしい。
「……うまい」
が、一口かじるとやっぱりフェイナの料理だ。
具材をつなぐピンク色のソースが絶妙で、甘酸っぱいアクセントが新鮮な野菜とハムの味を引き立てている。
「オーロラソースじゃんか。いっつも凝ったもん使うよな、フェイナのやつ」
「オーロラ? 何だそりゃ。調味料のくせにかっこいい名前してやがる」
「僕も初めて聞いたな」
「お前らもうちょい良いもん食えよな、せっかく迷宮都市にいるんだから……」
「食べられれば何でもいいのです」
リルがさっさとサンドイッチを口に詰め込み、一足先に食事を終えた。
「食えりゃいいってか。ガッハッハ、豪快だな!」
壁に背を預けたフージェンは、何も口にしていない。
特に食べるものは持ってこなかったんだろう。
……視線が僕らのサンドイッチにチラチラと向いている。
「フェイナがやられた分、一つ余ってるんだけど……食べる?」
「おう! くれ! ……うっま!」
サンドイッチが一瞬のうちに消失した。
「そういや、フェイナに誰もついてないけど、大丈夫なのか?」
ブレーザーが言った。
「いくらフェイナでも、〈幻痛〉を抱えたまま一人で帰るのは無理っしょ?」
「放っておきましょう。あの女なら無傷でピンピンしてても驚かないのです」
「僕たちに介抱役を帰す余裕はない。それに、犠牲者が出てもひとまず迷宮攻略を優先する方針で行く、って決めてるしね」
ちょっと前までなら、ブレーザーかマイザを帰してたところだ。
けれど、今は二人とも戦力に数えられる。
フェイナには酷な話だけど、人員の余裕がない。
「おうお前ら、一人やられてたのか? ……よし! うめえサンドイッチのお礼分で、おれが人肌脱いでやるよ!」
フージェンが身に着けた腕輪をかざした。
中央に嵌った魔石が、精密なパターンで光を反射している。
あれは……高ランクの迷宮でまれにドロップする品だ。
〈通信機〉と呼ばれている。並の冒険者が手を出せる価格ではない。
「はい、こちらヤンセン。どうしました、ヴァン・デ・モレン様?」
〈通信機〉から立体映像が出力された。
眼鏡をかけた地味な女が映っている。
申し訳程度に被った帽子を除いては、海賊のコスプレをしていない。
「……」
「聞こえていますか?」
「呼び方」
「はい? ああ……せんちょう」
「おうよ。船長だ」
船長って呼んでほしかったんだな、このおっさん……。
「こいつらの仲間が一人やられてたんだと。誰かに様子を見に行かせてくれ」
「はい。傘下の病院に運びますか?」
「必要ならな。名前は”フェイナ”で、帰還部屋の番号は……」
「2135」
僕は答えた。帰還部屋の番号は必ず覚えるようにしている。
みんなそうしているはずだ。でなきゃ、迷宮内でやられて帰った仲間を介抱できない。
「だとよ。よろしく頼むぜ。……あとお前、もっと海賊らしくしろよな!」
「はい。帽子を被っています」
「そうじゃなくてな! 海賊感ゼロなんだよ!」
「被るのがルールだとおっしゃったのはあなたですよ。他にルールがあるんですか」
「んなルールがどうこう言ってる海賊が居るかっての!」
「海賊は船上の規律を厳しく定めていたと聞きますが」
「そうじゃねえ! もういいわ! 真面目ちゃんがよ!」
フージェンが通信機を切った。
……とりあえず、誰かがフェイナの面倒を見てくれるみたいだ。




