熱砂の活劇〈9〉
〈手術刀〉なる異名を持つ傭兵ラクートはぴたりと静止している。
実戦を通じて磨き抜かれた、隙のない構えだ。
「……はあっ!」
彼の構える細い剣を狙い、反動加速居合の一撃を放つ。
ラクートはぴくりともせず、細剣だけを動かしてかわした。
剣を持ち替え、体を狙って二撃目。
全速力の一撃が、あっさりと受け止められる。
つばぜり合いの形になる、と直感し、僕は剣を手放して居合を……。
「ふうむ。面白い」
……放てなかった。
僕の喉元に細剣が突きつけられている。
「だが。戦の原則として、後退は前進より困難だ。そこに間隙が生まれる」
ラクートが、地面に落ちた〈マギ・インバーター〉を拾い上げ、僕に渡した。
「もう一度だ」
彼が距離を取り、構える。
これは……戦いじゃない。
指導だ。
「どうして僕に剣を教える?」
「打てば響く才能が目前にあれば、打ちたくなるのが人の性。そうだろう? 咲きかけの才能が地上から地獄へと蹴り出されていく様は、もう十分以上に見てきたものでな」
「……ゲインズ商会みたいな連中といるくせに、随分と人がいいんだね」
「仕事だ。私があれとつるみたがるように見えるか」
彼はちらりと横に視線を送る。
ペンチが叫びながらひたすら拳と足をリルの盾に打ち付けている。完全な喧嘩殺法だ。
動きは速い。ステータスは高いんだろう。けど、リルの方が洗練されている。
「傭兵だって、仕事ぐらい選べるものだと思うけど。どうして?」
「それには答えられない。傭兵にしては守秘義務にうるさいほうでな、私は。……こういう話も、本来ならするべきではないのだが。幸いなことに、先が長くない」
「ゲインズ商会が?」
「知りたいか? なら、私を感心させてみるがいい」
言われずとも。
「守秘義務にうるさいんじゃなかったっけ……?」
「傭兵基準での話だ」
試すべき手はもう浮かんでいた。
再び自分にポーションを使い〈風撃の指輪〉を使って居合で斬りかかる。
受け止められた瞬間、再び〈風撃の指輪〉をラクートめがけて使う。
打ち出された圧縮空気が、ラクートの体を……吹き飛ばさなかった。
まるで凪いだ水面のごとく静止している。びくともしない。
細剣の切っ先が風を切り、僕の目前で静止した。思わずのけぞる。
「君は、それなりの強者が戦う様を横から見ていたはずだが……横から見ていては分からないこともある。高い〈ステータス〉と修練が掛け合わされた戦士が、どれほどの力を持つのか。それを実感するためには、自らも修羅の領域に入らなければいけない」
ラクートが距離を取った。
「君は入り口に立ったばかりだ。それでも……入り口に立てる人間は多くない。まして、全ての〈ステータス〉が最低値のままこの域に来るとなると……」
「それはどうも」
「……だが、先達として警告はしておこう。その先に進んだならば、君は世界と無縁ではいられない。世界を糸で操る巨人たちが、君に意識を向ける。世界の危機が君の肩に降りかかる。世界の方が、君を逃さないだろう。その覚悟はあるか」
「ずいぶん大きなスケールの話だね。僕はそういうの、そこまで興味ないんだ」
「そうか」
「……それに、今はけっこう楽しくやれてる。リルや他のみんなと一緒ならきっと大丈夫だ。また、前向きに夢を追えてるから」
「ふ。青いな。嫌いではないが」
ラクートが構える。僕は再び、ありったけのポーションを使った上で斬りかかった。
……いきなりラクートが反転し、横切っていく炎の魔法を両断した。
魔法が向かっていた先を目で追うと、そこにはリルが一人で立っている。
地面に倒されて敗北一歩手前だったペンチとかいうチンピラが、奇襲攻撃を受けかけて戸惑っているリルの手を逃れて立ち上がり、また喧嘩殺法で殴りかかった。
「何のつもりだ?」
「オメエこそ何様のつもりだよ! 傭兵風情がお高く留まりやがって!」
「カネ稼ぎに来てんだろうが! さっさと殺してカネを稼げや!」
「何をごちゃごちゃ語り合ってんだよてめえ! ナメてんのか!?」
ゲインズ商会の構成員たちがツバを吐き捨てた。
どいつもラクートを睨みつけている。
……まあ、気持ちは分かるけれど……。
「だいたいてめえは気に入らねえ、俺達に任されてた仕事まで持って行きやがって!」
「そうだそうだ! 好き勝手やりやがって! 女の味見もできやしねえ!」
「……人身売買の仲介役など、誰が望んでやるものか。いつだって貴様らにくれてやるものを……自らの無能を呪え。能がないから、ゲインズは貴様らの仕事を取り上げたのだろうが……」
ラクートは軽蔑しきった視線でゲインズ商会の構成員を見下している。
「ゴミ屑にたかるハエどもが。少なくともゲインズは能のある屑だが、貴様らは……」
「黙れや! ゲインズ様だって俺達が正しいって言うはずだ!」
その軽蔑が怒りに油を注いでいる。
今にも戦いが起きてもおかしくない……そして、ゲインズ商会の連中は獲物の矛先を僕たちの方に向けていた。
「つうかよ、けっこうな上物が二人も居るってのに、楽しまなきゃ損だよなあ……!」
リルが戦いながら睨み返し、マイザが震え上がり、ブレーザーがメモの手を止める。
迷宮の中で起きたことは、迷宮の中に留まるのが通例だ。
珍しい話ではない。
「いや……四人だぞう! グヘヘッ!」
杖を携えている太った男が、僕に下衆な視線を投げかけてくる。
……珍しい話ではない。
「クズどもが……!」
「ケッ、てめえも傭兵だろうがよ! 似たようなもんだろうが!」
「契約とやらがあるんだろ? まさか俺たちに刃は向けれねえよな!?」
「……その通りだ。傭兵として、契約には従う。貴様らに刃は向けん」
ラクートは剣を収めた。
「だが、ゲインズが貴様らの味方をするとは思わないことだ」
「ハッ! ゲインズ様は俺達の味方だ! 稼がせてくれてんだからな!」
……その瞬間、敵も味方に一斉に行動を起こした。
逃げるマイザとブレーザー。その背中に放たれる魔法。ウトーを盾で打ち据え、〈大盾〉を展開し二人を守るリル。
同時に僕もデバフポーションを投げながら構成員の方へ突撃した。
向こうの前衛も僕に突撃をかけている。チンピラじみた連中のくせに、速い。
力任せに唸る剣を受け流し反撃を狙うが、防がれる。
瞬く間に僕は周囲を囲まれた。斬りかかってくる奴らに敏捷性のデバフを投げ、わずかにタイミングをズラしながらギリギリのところで捌く。
そこで終わらない。即死級の攻撃が次々と繰り出される。
全員分のバフとデバフ秒数を把握しながら、その一つ一つを見切り、弾く。
デバフの切れ目を狙い居合を放った。腹を浅く斬り裂いただけに終わる。
一対一なら、そこから追撃して勝てたはず。でも、囲まれている。
砂漠に細かい足跡と踏み込みの跡を残しながら、じりじりと後退する。
敵は強い。だが同時に、連携や戦術をまったく欠いている。
お互いが邪魔になって単純な攻撃しか出せていない。おかげで防げている。
「おうおう、守ってばかりで手足も出ねえ亀ちゃんじゃねえか!」
「傭兵サマの考えることはわかんねえな! この程度かよ!」
もう勝った気でいる。攻撃の手が緩む。
ここだ。僕は右手を突き出し、〈風撃の指輪〉に魔力を込める。
打ち出された圧縮空気の勢いで、一人の男が転んだ。
こんな砂漠で喰らえば普通はそうなる。踏ん張ったラクートがおかしい。
転んだ男にトドメを差しながら、綻んだ包囲網を脱出する。
効果時間の五秒が経って効果の切れた敏捷性ポーションを追加しながら、駆ける。
リルが魔法攻撃を盾で受け止めきれずに吹き飛ばされている様が見えた。
……向こうに合流しても、まとめてやられるだけだ。
なら、後衛を叩く!
リルを狙っているのは、太った魔法使いが一人。弓を構えた男が一人。
銃声がした。弓の男が肩を抑えている。
……マイザの巨大な前装式ライフルの弾が、肩を貫通すらせず止まった。
銃には〈ステータス〉の補正が乗りにくい。威力が足りない。
それでも十分な行動妨害だ。
「グヘヘヘ! 降参すれば、悪いようにはしないぞう!」
「降参するわけないだろ!」
無視して太った魔法使いに突撃する。
……魔法系のクラスは、やや性質が特殊だ。
技能の枠は他と同じく一つだけ。そこに一つ魔法をセットすると枠は埋まる。
だが、一流の魔法使いは複数の魔法を使い分ける。
魔法系のクラスは魔力の操作技術へ特化しているから、クラスの技能枠に頼らず自力で魔法を扱うことも可能なのだ。
そこに特化しているせいで、他のステータスは圧倒的に低い。
殴り合ったら素の僕と互角だ。なら、接近戦で負ける道理はない。
「残念なんだな! 丸焼きになれ、〈束炎〉!」
炎が目前で炸裂し、一斉にこちらを追いかけてくる。
……一人で対処はできない。僕は進路を変えた。
剣を収めて突っ立っているラクートの背後へと走り込む。
「ふふ。例え格好が悪かろうと、使えるものは使うか。好ましい精神だ」
細剣が瞬く。炎がまとめて両断され、消えた。
そうなるだろうと思ってたけど、にしても強すぎるだろ。滅茶苦茶だ。
「ぐへっ!? お、お前ええっ!? なんてことを!?」
「私は身を守っただけだ。契約には反していない」
再び、太った魔法使いへと突進する。遮るものは何もない。
「増援! 増援はまだっ!?」
魔石のようなものを握って叫ぶ男を、居合で切り裂く。
続けて、さっき肩を撃たれた弓使いも一閃。
そこで僕は反転し、こちらを追ってくる前衛たちに向き直った。
「クオウさん!」
そいつらを挟み込むように、リルが立っている。
僕たちの被害はない。よし。
詰めさえ間違えなければ、これで勝ちだ……!
「見込んだ通り。やるものだな。面白い。だが」
ラクートが、視線を周囲の砂丘に向けた。
「時間切れだ。ここまでだな」
……黒く塗られた馬車が、一斉に砂丘を乗り越えてくる。
その数はかなり多い。中から出てきた人員は、最低でも数十名。
くそ。ゲインズ商会ほどの大勢力が、一パーティだけで潜るはずもなかったか……。
「……寄るな! 僕たちが囲んでるこいつらを殺されたくなければ……」
最後の望みをかけて、人質交渉が出来ないか試してみる。
「ああーっ!? 知らねえな! 殺すなら好きに殺せよ、ギャハハッ!」
彼らを指揮する男があざ笑う。人質作戦は通じなさそうだ。
ラクートがさりげなく位置を変え、マイザとブレーザーを守るように立っている。
二人を逃がす約束は守ってくれるらしい。
「……リル。分かってると思うけど、こいつら相手に降伏はできない」
「どうするのですか、クオウさん。自死ですか」
「ぎりぎりまで戦おう。捕まりそうになったら……それもやむを得ない」
「分かりました」
「ま、待てよ。俺も残る! こんな状況で一人だけ帰れねえわ! だよなマイザ!?」
「はあ!? 帰りたいんだが!? あたしは死ぬほどおうち帰りたいんだが!?」
「根性出せって! 少なくともお前は、俺と違って銃が当たるだろ!」
「ふうむ。あまりに青い……その愚かさを後で悔いても遅いぞ」
ラクートが脇に退いた。
「ちょっ!? あ、あたしは帰りてえんだけど!?」
「ギャハハ! ウケるなあいつら! よっしお前ら、まとめて全員殺しちまえ!」
馬車から降りてきた連中が、一斉に魔法と弓矢を放った。
曲線を描きながら降る無数の攻撃が空を埋め尽くす。
その火力はもはや一パーティで対処できる範囲ではない。
リルが向き直り、盾を構えたが……防ぐことは無理だろう。
その瞬間、大砲の轟音が響き渡った。
魔法と弓の群れをめがけて、数発の砲弾が尾を曳きながら向かっていく。
炸裂。
リルの〈大盾〉にも似たような魔法の盾が、幾重にも生まれた。
空高くに展開された壁が、攻撃の全てを弾き飛ばす。
「ガッハハハ! 感心しねえな! 数に物を言わせて、弱者を狩るたあ!」
ずうん、という地響きと共に、僕らの背後から巨大な帆船が現れた。
船首には海賊コスプレのウサ耳おっさんが立っている。
「やくざ者から矜持を取ったら、何が残るんだかな! ガッハハ、ろくでもねえ!」
らっぱのように銃口が広がった銃の引き金が引かれる。
青い魔力の航跡を引く魔法の弾丸が無数に発射され、僕らのそばに残っていたゲインズ商会の前衛数名をまとめて消し飛ばした。
……な、なんてことだ。
登場が完璧すぎて、ウサ耳の海賊コスプレおっさんが格好良く見えてくる……!
「助かりました!」
「いいってことよ! 乗りな! 礼はいらねえ!」
側面に並ぶ大砲が、ゲインズ商会の構成員めがけて火を吹く。
大砲の弾を無数の魔法と弓矢が迎撃し、空中にいくつも火の玉が咲いた。
「ボサッとしてねえで、さっさと乗れ!」
船長がロープを垂らし、僕たち四人を引っ張り上げた。
「ありがとうございます……!」
「た、助かったーっ! あたしもう完全にダメかと!」
「今回ばかりは本気で身の危険を感じたのです……!」
「船長! なんか仕事ありますか! 俺、ロープワークぐらいなら出来ますよ!」
「要らねえよ、こいつぁ魔法の船だからな! おいお前ら、旋回砲も撃っちまえ!」
更には、船の甲板に並んだ船員たちが旋回式の小さな砲を動かした。
両陣営の撃ち出す無数の魔法攻撃が空で複雑に絡み合う。
自我を持つ無数の鳥が戦っているかのように、複雑な航跡を描きながら魔法と矢弾と銃砲が迎撃と攻撃を繰り返す混沌とした空戦の光景。
氷と炎と風と土の魔法が砲弾へと向かい、ぶつかりあって空に虹色の爆発を描く。
「ガッハハ! 全門斉射だぜ! 戦はこうでねえと!」
魔法戦だ。大規模クランがぶつかり合う時に起こる、火力が飽和した遠距離戦闘。
……ついさっきまで殺し合っていたことも忘れてしまうような、美しい景色だった。
「すっげ……!」
マイザなんか、さっきまで震え上がっていたのが嘘みたいに目を輝かせている。
けれど僕は汚い大人だから、この砲撃のコストが気になってしまう。
撃ち出されている弾はどれも魔法の品だ。
弾薬費だけで軽く数千万近いコストがかさむはず。
よほど金を持ってなければ、こんな真似はできない。こいつ、何者だ?
「おうし! 勝ってるな! 当然よ、ガッハハ!」
空の前線がどんどんゲインズ商会に近づいていった。
勝ち目がないと気付いたか、黒い馬車が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
いつのまにかラクートの姿はない。
「総帆展帆、取舵一杯! 追え追えーッ!」
帆がひとりでに降りてきて、砂漠の風を掴んだ。
「お前ら、ちゃんと掴まれよ! 行くぜ、波乗りだ!」
ぐいぐいと急角度の砂丘に乗り上げ、一瞬浮かび上がってから派手に着地する。
この船、見た目の割に速い。逃げる馬車よりもはるかに速い。
瞬く間に距離が近づき、見える範囲内の馬車はどれも砲撃を受けて爆散した。
「ガッハハハー! 大勝利! ざまあみろ、ゲインズ商会のクソどもが!」
ウサ耳の海賊船長が、中指を立てて叫ぶ。
「まともなカネ稼ぎの作法を身に着けてからおとといきやがれってんだ!」
「あ、あの……」
「おう? どうしたよ!」
「どうして助けてくれたんですか?」
「そりゃおめぇ、おれは何より弱い奴らをだまくらかして金を巻き上げるような品性のねえ連中が嫌いなんだよ! やつらが相手なら、呼ばれなくても出てくさ! ガハハ!」
船長が懐から酒筒を取り出し、一気飲みして馬車の残骸へ瓶を投げ捨てる。
「やあいクソども、もうちっと装備を整えてから出直せやーっ! ガッハハハ!」
片足を手すりに乗せ、楽しそうに両手で中指を立てて叫んでいる。
「……また変な人ですね」
ぼそりとリルが呟いた。
まったくだ。……また変な人と知り合ってしまった。




