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熱砂の活劇〈8〉


 狙撃手からの射撃を受けた僕らは、慌てて砂丘の影に身を隠した。


「今のは!? 射撃音も風を切る音もしませんでしたよ!?」

「何かが光るのが見えた! あっちの方向だ!」


 ブレーザーが大まかな方向を指差した。


「スコープの反射かな」

「……相手が身を出してるなら、あたしが撃てねえこともねえけど……準備してる狙撃手に向かって身を出して撃つとか怖すぎんだろ……やりたくねえな……」


 スコープ付きのロングライフルを構えたマイザが、怖がりながら言った。

 できるなら射撃戦は避けたい。まともに遠距離攻撃できるのはマイザ一人だ。

 とはいえ……砂丘の先にある流沙がおそらくボスの方へと繋がる道だ。

 狙撃手が待ち伏せていることがその証左でもある。

 できれば先に進みたい。それに、フェイナの装備も回収しておきたいし。


「それでもやってほしい」

「しょ、しょうがねえ……やってやるとするか」

「じゃ俺が頭を出して相手の方向を確認するわ」


 ブレーザーがそろりと砂丘の頂点に頭を近づける。


「待って。リル、ブレーザーが頭を出すのと同時に〈大盾(ワイドガード)〉を」

「……なるほど、なのです」

「カウントするよ。三、二、一、ゼロ」


 ブレーザーが砂丘から頭を出し、リルが魔法の盾を展開する。

 彼の眉間に当たっていたろう金属の小針が、魔法の盾に弾かれた。


「あそこだ! 小さな丘の後ろ!」

「くそっ、やってやる!」


 魔法の盾が消え、マイザの巨大な前装銃が盛大に白煙を吐き出した。

 着弾地点から砂煙と血しぶきが舞い上がり、撃たれた冒険者が光となって消える。


「リロード! 二十五秒ぐらいくれ!」

「……煙幕だ! 煙幕を炊いてる! まだ他にやつの仲間がいるぞ!」


 わずかに頭を出したままのブレーザーが報告した。


「後ろから馬車が寄ってきた……あの紋章! ゲインズ商会じゃんか!」

「えっ!?」

「や……やばい! 魔法の砲撃だ! みんな逃げろ!」


 一目散に背を向けて逃げ出したブレーザーを、僕らも追いかけて走り出す。

 逃げながら僕は背後を振り返った。

 僕らの頭上へと打ち上がった火球が、花火のように炸裂する。

 そして……放たれた無数の火焔が空を覆い尽くし、僕らをめがけて追尾してきた!


「ひぇぇっ!? 聞いてねえって! あんなんありかよっ! あああああっ死ぬうっ!」


 完全に恐怖しきっているマイザが叫んでいる。


「わ……〈大盾(ワイドガード)〉!」


 リルが振り返り、足元を固めて身構えた。けれど……あの魔法は相当な規模だ!

 とてもじゃないが防ぎきれるとは思えない。


「防御力強化! 魔力も!」


 リルの足元で魔力強化のポーションが破裂した瞬間、無数の火焔が一斉にリルを狙う。

 そして、衝突音がひとつながりに聞こえるほどの密度で襲いかかった。


「ぐ……ぐぐっ……!」


 激しい衝撃がリルを襲う。

 魔法の盾にかかっている爆発の力すべてが、彼女の盾にのしかかる。

 並の盾役ならば一瞬で魔法の盾を維持できなくなる状況だ。

 それでもなお、魔法の盾が展開され続ける。

 ……だが、粘れたのは一秒にも満たないコンマ未満のわずかな時間だけ。


「……ああっ!」


 炎に包まれたリルが吹き飛ばされ、砂を転がった。


「リル! 大丈夫か!?」

「だ……大丈夫なのです!」


 自分から砂にまみれるように余分に転がって火を消したリルが、すぐさま立ち上がる。

 けれど無傷では済まない。同じものを喰らっていれば、やがて致命傷になる。


「次が! 次が来てるぞ! やべえ!」

「畜生、あの威力で連射してきやがるのかよ!?」


 マイザが天高く上がった火球へ銃弾を放つ。効果は無かった。

 火球が炸裂し、リルが〈大盾(ワイドガード)〉を展開する。

 その瞬間、やはり狙いがリルに集中したように見えた。


「……あの炎! たぶん魔法技能〈束炎(クラスターフレイム)〉だ!」

「何をすればいいのですか!?」

「魔力を追尾してるように見える……強い魔力の発生源があればそっちに行くはず!」

 

 僕は普段使わない知覚力強化ポーションを掴み、明後日の方向に投擲した。

 一部の炎がポーションの着弾点へと狙いを変える。

 行ける。さらに数瓶、知覚力強化ポーションをリルの前方へ。

 ……炎が全て地面に吸い込まれた! 衝撃で高く砂煙が舞い上がる。


「三発目だ! 走れ走れ!」


 ブレーザーが砂丘を駆け上り、頂点で止まり振り返る。


「……追ってきてるじゃんか!」


 黒色に塗られた馬車が、僕たちがさっき居た砂丘を勢いよく飛び越えた。

 その荷台に何人もの戦闘要員が乗り、僕らに狙いを定めている。

 杖を握った男が、僕に杖を向けた。火球が炸裂し、僕へ一直線に向かってくる。

 ポーションを投げても狙いがズレない。魔術師が自分の手で誘導してるのか!

 くそ、対応が早い……!


「こうなったら、わたしが時間を稼ぎます! その隙を使って、逃げてほしいのです!」


 リルが振り返り、盾を構えた。


「練習してる技が、あと少しで……!」

「リル、やめろ! まずはこの砂丘を越えてからだ!」

「は……はい!」


 無数の炎に追われながら砂丘を駆け上り、ギリギリのところで頂点を越える。

 すぐ背後へ無数の火焔が着弾し、砂丘の一部を削り取って地形を変えた。


「ど、どうするのですか!」

「逃げ続けるのは無理だぞクオウちゃん!?」

「分かってる! ここで戦うしかない!」

「冗談だろ!? あたし絶対逃げるべきだと思うんだが! あんなん戦えねえって!」

「戦うしかないって言ってるでしょ……!」


 ひとまず〈アイテムボックス〉から煙幕玉を取り出し、煙に隠れる準備をする。

 遠距離戦では絶対に勝てない。前装式の銃で弓や魔法に勝てるわけがない。

 かといって近距離戦で勝てるかといえば怪しいところだ。

 ……だが、やるしかない。


 覚悟を固めて……「いや、逃げるべきだろ! 負けちまうって!」……一人を除いて覚悟を固めて、敵が砂丘を越えてくるのを待つ。


「……?」


 来ない。

 砂丘を挟んだ反対側で、馬車から人の降りる物音がした。

 魔法が飛んでくるでもなく、横へ回り込まれている雰囲気もしない。

 なぜだか男と男の言い争う声が聞こえてくる。


「何度も言わせるな。待て。指揮権は私に委託されている」

「んだよ!? 何様のつもりだ!?」

「いかに興味深い因縁の結実だろうと、君のような人間にとっては雹ほどの栄養にもならないのだろうが……偶然と必然が」

「るっせえんだよ外様のくせに!」


 つらつら語る気取った男を、ガラの悪い男が遮った。


「偶然と必然が物語を紡いだとき……」

「聞いてんのかコラッ!?」

「……偶然と必然が物語を紡いだとき、その価値を見出すことができるのは人間だけだ。ささいな結節点であろうと」

「てめえ聞いてんのか!?」

「立ち止まり意識を傾ける価値はある……それが世界を豊かにする」


 何度遮られても諦めない。くどい上にしつこい男だ……。


「てめえ、ゲインズ様への忠誠を感じねえんだが!? ナメてんだろ!?」

「私は十哲と、ひいては人類と契約している。私がアルギロス・ゲインズの傘下に居るのは、ひとえに十哲会議の判断と契約ゆえ。何度言えば分かる? 君の左耳と右耳の間には直通線路でも通っているのか? 何を言っても脳に留まった試しがないな」


 聞いてないで何かするべきだと分かっていても、興味を引かれてしまった。

 ゲインズ商会。リルを売ろうとした連中。

 そして、いま〈ミストチェイサー〉の債権を握っている連中。

 ……借金を通してカエイを手駒にする気でいるらしい連中だ。


 そんなやつらの口から、十哲だとか十哲会議だとかいう単語が出てくる。

 この前に開都十哲の”センセイ”のところに来ていたし、ゲインズ商会はそのぐらい上層に食い込んでるってことだろう。

 下手にカエイへ手を出せば火傷しかねない。

 ……僕一人ならともかく。仲間を巻き込んでしまうのは危険すぎやしないか?


 そもそも、本当にちゃんと決闘の場を用意できるのかどうかから不透明だ。

 ずっと分かっていたはずなのに、脅威が目前に迫ってきてようやく実感した。

 迷宮の中だけで済む話ではない。

 分かっているけれど……それでも、戦うことを諦めたくはない。


「ごちゃごちゃ理屈ばっかのクソがよ。いいからさっさと殺させろや」

「野良犬でも君よりは忍耐強いだろうな。さて……御機嫌如何かな、皆様方」


 砂丘の奥から、黒い服を纏った大男が現れた。

 隣には、いかにも裏社会のチンピラじみたガラの悪い男がいる。


「……お前!」


 珍しく語気を強めて、リルが言った。


「ほう。幻痛の最中にあって、私の声と姿を覚えたか。見上げた底力だ」


 黒い服の……大男?

 そういえば。リルを取引している現場に、そういう男がいたと聞いている。


「何のつもりなのですか! 再びわたしを売りとばそうとでも!?」

「まさか。ただ……個人的に、君のことは注意深く見守らせてもらっている。せっかくだから話でも、と。大した成長速度だ。いずれ迷宮都市に名を轟かせるだろう」


 リルがわずかに身を引いた。


「怖がらずともいい。私はゲインズ商会の人間ではない。……名を轟かせるといえば、君もだ。クオウ・ノールくん。唯一無二の面白い才能を持っている」

「そういうお前は何者なわけ」

「失敬。申し遅れた。私は〈手術刀(スカルペル)〉ラクート。傭兵(コンドッティエーレ)だ」

「……聞いたことはないな」

「あいにく栄誉や名声には縁がない。人を殺すことを生業にしていると、どうやら人から避けられるものらしい」

「ラクート!? ルーナ大火で教皇を暗殺した、あのラクートかよ!?」


 ブレーザーが信じられないものを見たような顔で言った。

 聞いたことがあるような、ないような。

 迷宮都市の外の話はよく知らないし、興味もない。


「かつての対立教皇が教皇と呼ばれているのだから、かつての教皇は僭称者と呼ぶべきだろう。……くだらない仕事だ。権力を手にする過程でその権力を毀損する。本末転倒だとしても、世の中には実質よりも名目を欲しがる愚か者が溢れている……」

「長ェ! 話が長えぞ! さっさと殺させろや!」

「……そして名目に価値すら見出せぬ野良犬は、決まって血と肉を嗅ぎたがるものだ」

「んだと!?」


 ラクートがシンプルな細剣を抜いた。

 装飾過多な長話を好むわりに、扱う獲物は単純そのものだ。


「私もまた。……一匹の戦士として、君たちと戦ってみたい。興味がある」


 その立ち姿から血の香りがした。

 くぐり抜けた戦の数が、後に残した死体の数が、確かな風格としてそこにある。


「それに、隣のペンチは我慢の限界のようだからな。どちらが私を相手して、どちらがペンチの相手をするか、自由に決めろ。だが、私のほうが強いと忠告しておこう」

「チッ」


 ペンチ、と呼ばれたチンピラが、舌打ちしながら拳にメリケンサックを嵌めた。

 ラクートが居なければ、とっくにこいつを含めたゲインズ商会の連中が僕たちを殺していただろう。

 背後に並ぶ連中も、見かけから伺える気質はペンチに近い。

 みな、自分が”恐ろしい男”だと誇示するように圧を放っている。

 ……けれどこの場で一番恐ろしいのは、自然体で立つラクートだ。


「戦ってもいい。ただ、後ろの二人は逃してくれないかな」

「いいだろう」


 やった、と背後でマイザが叫んだ。


「おいてめえ、勝手に決めてんじゃねえ! 何様だよ!」

「傭兵様だ。文句があるならゲインズに泣きつくことだな」


 ……開都十哲と契約した傭兵が、何故ゲインズ商会と行動してるんだろうか。

 迷宮都市の支配者の誰かが、裏社会のボスと手を結んだ?

 まあ、十哲の中に裏社会のカネを欲しがるやつでもいたのかもしれない。

 後で考えよう。


「僕がラクートを相手する。リルはペンチを」

「……わかったのです」


 リルが不満げに、けれど文句を言わず、うなずいた。


「なあラクートさん。将来的にこの一件を記事にすることがあったなら、あんたの名前は伏せたほうがいいか?」

「好きにしろ。私の名前などに価値はない」

「よしっ!」


 ブレーザーがメモ帳を取り出した。何が起こってもネタになる、ってか。


「さて。君は今、技を温存する気でいるな」


 僕は答えず、表情を動かさないようにした。

 少し離れた場所でリルとペンチが睨み合っている。

 その様子をシャットアウトして前方だけに集中する。

 向こうを気にする余裕はない。


「将来的に、カエイ絡みでゲインズ商会と戦う可能性を睨んでいるのだろう? その時に備えて、不意を打てる手段を持つほうがいい、と思っているのだろう」

「……」

「決闘の機会があるかどうかすら定かではない、と思っているのだろう」

「だとしたら?」

「私と全力で戦え。そうすれば、万が一の時には決闘の場を整えてやる」

「……分かった」


 技を温存して負けるのが、いまこの場での合理的な選択だ。

 口約束に価値なんてない。

 それでも、何か一つでも本気を出す理由があるんなら十分だ。

 力を試してみたい。本物の強者を相手にどこまで通じるか。

 カエイと戦うためにその経験が必要だ。


「僕なりの全力でいかせてもらうよ」


 わずかに姿勢を低くして、いつでも反動加速居合を放てるようにする。


「来い」


 ラクートが片手で握る細剣の切っ先が、僕の瞳へピタりと定まった。

 呼吸によるブレすらない。完全に静止している。

 小細工は通用しないだろう。


 ありったけのポーションを自分に使い、僕は体重を前に傾けた。

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