熱砂の活劇〈6〉
有毒〈ドロイノシシ〉狩りの二日目も、昨日と変わらずまったく順調だった。
リルが群れの突進を防ぎ、そこへ火炎を噴き出すポーションを落とす。
その作業を繰り返すだけで、百五十万イェンほどの稼ぎが出た。
しかし三日目の朝、転移門スケジュールに変化があった。
夜に一回だけだったはずが、あの迷宮に通じる門が朝昼晩で五回に増えている。
迷宮ギルドが、何らかの方法で僕たちが楽に稼いでいることに気づいたのだ。
……当然だが、迷宮ギルドとしても冒険者には稼いでもらったほうがいい。
なので転移門の繋がる先は稼げる迷宮が優先だ。
目ざとい冒険者なら、こういう転移門スケジュールの変化は見逃さない。
今日からは人が増えるはずだ。
「やめよう」
僕は宣言した。
人が多い状況での〈ファーミング〉は危険だ。
戦闘中に横から奇襲される可能性が高い。稼ぐ前にボスが倒される可能性もある。
ここは深追いしないほうがいい。
「カエイ戦までの準備に必要な最低限の資金は稼いだ。それに、〈ファーミング〉をいくらやっても冒険者としての経験は積めない。もっと上に挑戦しよう」
「上?」
「あの迷宮を見てほしい」
ギルドの壁を覆う大型の〈転写石版〉、その一番目立つところ。
”本日の目玉”として、装飾つきの大きな字が光っている部分がある。
│〈熱砂の迷宮〉│西門1│危険度D│宝A│砂漠│備考:本日の目玉! 一攫千金キャンペーン対象につき転移料金半額!
「……ついに、ああいう目立つ迷宮に挑むのですね!」
「ああ」
迷宮ギルドはときどき、目玉になるような迷宮を大きく張り出す。
こういうところには、百名単位で冒険者が在籍する大規模クランはもちろん、腕自慢の野良犬みたいな連中やおこぼれ狙いの冒険者までぞろぞろと集まってくることが多い。
まだ歯が立たなかったから、今までは見てみぬふりをしていた。
「勝てないとしても、そろそろ強い相手と戦う経験が欲しいんだよね」
僕らが一番にたどり着きボスを倒せる可能性は極めて低い。
けれど、けっこうな強者と交戦する可能性は高い。
「……あと二週間もないから」
カエイたちの合同作戦はいま、〈ライニア軽水湖〉の地下を突っ切って瘴気のたちこめる沼地に入ったところだという。
危険度が高くなり、脱落する冒険者が増えたことで、入ってくる情報は増える。
”死んだ”冒険者を捕まえて話を聞くだけで、作戦の状況はすぐ分かるからだ。
「ええ。何かわたしに手伝えることがあれば、遠慮なく頼んでほしいのです。わたしのときは、クオウさんにすごく助けてもらいましたから……恩ばかりが増える一方なのです」
「気にしなくていいよ、仲間なんだし。それに心配しなくても、そのうち君は僕より強くなるさ。すぐに僕が助けてもらう側になる」
リルの成長曲線は異常だ。
おそらく迷宮都市全体を見回してもトップクラスの速度で成長している。
……普通、ひとつ上の危険度に潜れるようになるまでは何年もかかるものだ。
素人が一年で危険度GやFへ潜れるようになればそこそこ、二年でEに潜れるなら”奨学金”つきでクランに勧誘されてもおかしくない有望株だ。
既に危険度Dでも問題ないリルは……過去の英雄たちと並ぶ成長速度と言ってもいい。
「クオウさんはいっつもそう言ってますけど……でも、クオウさんの方がわたしより早く強くなっているような気がするのですよ」
「僕は十年分の経験がある。停滞のあと急に強くなる遅咲き冒険者なんて珍しくない」
「……でも……クオウさん、やってることは相当めちゃくちゃなのです」
否定はできない。戦い方の前例からしてゼロだ。
「もしクオウさんのステータスが高かったら」
「そんなこと言ったってしょうがないよ」
この十年でそれを何回思ったことか。とっくに諦めてる。
……いや。それでも、実はまだ諦めてない。
フェイナの〈クラスブースター〉があれば……。
「二人とも、順番きたよー! 行かないとキャンセルだよ!」
噂をすれば。フェイナが迷宮ギルドの奥にある食堂からやってきた。
迷宮ギルドの食堂は安くて美味いと評判だ。
昼食の時間帯を除いて一般にも開放されているが、順番待ちが必要なぐらい混む。
「今行く!」
- - -
天高くそびえる魔石柱の西側に、建物がいくつも入るほど巨大な転移門がある。
”凱旋門”と一直線に繋がるここが、世界でもっとも大きい転移門だ。
道端は出店で賑わい、記者や見物客でごった返している。
お気に入りの冒険者へ声援を送っているファンすらいた。
……色紙にサインしている冒険者もいれば、インタビューを受けている冒険者も、何やら芸を披露して観客を集めている冒険者さえも。
沿道の上層からワイン片手に道を見下ろし”投資先”を探す金持ちの姿もある。
いままでの同業者しか居なかった転移門とは世界が違う。
「華やかですね……なんだか夜の迷宮都市に似ているのです」
「その通りだぜ、リルちゃん。一皮剥けばろくでもない裏側が見えるところまで、迷宮産業の縮図っつーか。うまい話にホイホイ乗ると怪我するから気をつけろよ」
「心配いらないのですよ」
「……もう騙されて人身売買の被害者になりかけてたよね」
「とりあえず、取材の話があったら俺を通してくれよ? そういう約束だしな」
そうだったな。ブレーザーは僕たちの独占取材権を持っている。
実際、僕たちのマネージャーみたいな役割になるんだろうか。
こいつがメディアへの対応をやってくれるのはありがたい。
僕は強くなりたいだけで、チヤホヤされたいわけじゃないんだ。
「……これ、あたしは来るべきじゃなかったか? 視線が気になるぜ」
「へーきだよマイザ。無名の冒険者パーティなんて誰も気にしてないって」
「そうか? しかし、魔剣鍛冶ギルドの関係者が居たら面倒なことに……」
「なら、もう少し目立たない格好すれば? めっちゃ派手な色だしトゲついてるし。主張しまくりだよ、お前は厨二病ファッションブランドの広告塔かーって」
「うっせ」
相変わらずトゲトゲした格好のマイザが、ぷいっとそっぽを向いた。
彼女はロングライフルを背負っている。もともとマイザの持ち物だ。
その結果、ブレーザーの装備が安物クロスボウに戻っている。
彼の射撃はどうせ当たらないので、何を使わせても同じだ。
……今回は、五人全員揃って迷宮に潜ることにした。
利点は特にない。単にリル以外の皆も一緒に来てみたかっただけだろう。
まあ、〈ドロイノシシ〉狩りにフェイナのポーションが活躍した前例はある。
僕とリル以外の誰かが思いがけず活躍する可能性はゼロじゃない。
「おい、横に広がって歩いてんなよ! 邪魔だぞ!」
僕らのそばを馬に乗った集団が駆け抜けていった。
……その後ろから、馬車が数台。
更には、周辺を軍服の兵士たちに囲まれた金属の箱みたいな乗り物までが、シュウシュウと蒸気を吐き出しながら転移門へ向かっていく。
「クオウさん、これって?」
「起伏の少ない迷宮なら、乗り物を持っていけるからね。今回は砂漠だし」
「あの蒸気自走車! ありゃあケセルヴィアが大砲牽引用に作った試作品ベースの新型だ! 見ろよあのポン付け短砲身の魔砲! ありゃ精度を指令誘導方式で……」
「うわ軍オタだ」
「悪いかよクオウ! 魔剣だって兵器みたいなもんじゃねえか!」
転移門の周辺は乗り物が大渋滞していた。
徒歩より乗り物を使っている冒険者の方が多いかもしれない。
それも、魔法生物やらでかい武器のついた乗り物やら、高そうなものばかりだ。
要するに、それだけカネを持っている連中が集まってるってことだ。
……個人の強さだけでは太刀打ちできない領域に入っている。
「う、うわ! なんか船まで来てるっ!?」
後方から巨大な船が陸を泳いでくる。
車輪は付いているものの、何本も林立するマストに張られた帆といい曲線的な船体といい、どこからどう見ても帆船にしか見えない。
なんだあれ。
「ランドシップじゃん! 久々に見たわ俺! 懐かしいな!」
「え、懐かしいの? ……あんな代物がありふれてる場所があるの……?」
「そりゃ、〈ローランド共和国〉のあたりはずーっと海沿いの平地っしょ? で、ローランドといや帆船と海上交易が代名詞のさ、海と風の国じゃん? なら陸でも馬車なんかより帆船に車輪つけて走らせたほうがよくね? ってなるじゃんね」
「ならないでしょ普通。ローランド人の頭どうなってるの」
「いいや! なるね!」
ランドシップの船首で、恰幅のいい男が腕組みしながら僕らに叫んだ。
海賊の船長みたいな服を着ている上に、眼帯まで着けている。
コスプレだろ。これ絶対コスプレだろ。
しかも、よく見たら帽子の上からウサ耳が飛び出している。
音に反応してピクピク動く本物のケモミミだ。獣人か。
……女の子についてたらカワイイけど、海賊コスプレのおっさんについてると……ひたすらに愉快というか……。
「君も海風と共に生きれば理解できるようになるさ! ガハハ!」
……豪快に笑う海賊の船長じみた男を乗せて、帆船が通り過ぎていった。
なんだったんだあれ。理解したくねえ……海風こわ……。
「ローランドねー。あたし、あの国がケセルヴィア相手の独立戦争やってる頃にローランド大学の医学部いたんだけど、なかなか愉快な国だったなー」
「……独立戦争? 何年前の話だよ? 百年以上経ってるだろ?」
「あたしは謎の多い女なのさ! うへへ」
フェイナの実年齢は百歳以上、か。
こいつが本当に魔女なら、そのぐらい生きていても不思議はない。
「ああ、でもあたしは永遠の十七歳だぞ! 記憶リセット入ってるからね!」
僕とリルの方に視線を向けながら、フェイナがぱちりとウィンクした。
記憶リセットって。
「……ちなみにその独立戦争でだな、ランドシップは移動砲台として……」
一方で、マイザが誰も聞いていないのにランドシップの軍事史を語っている。
「俺、しばらく潮の香りを嗅いでなかったわ、あとで港でも散歩すっかな」
ブレーザーは故郷を思い出しているのか、遠い目で空を見つめた。
「……クオウさん! みんな迷宮に挑む直前とは思えない空気なのですけど!?」
「大丈夫だよ。最初っから、こういう連中だと思ってるから」
僕たちがけっこうバラバラなのは、今に始まったことじゃない。
……興味関心も能力もバラバラだから、この集まりは機能してるんだ。
無理に統一感を出そうとしたって意味がない。
「わ、わたしがしっかりするしかないのですね……!」
「そうしてくれるとありがたいけど、君も暴走するタイプだよね」
「そんなことは……姉に比べれば、わたしは常識的だと聞いて育ったのです」
「比較対象が悪すぎる……!」




