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ポーターの可能性〈5〉

 迷宮都市の陽が落ちる。

 だが夜空の闇へ逆らうかのように、未だ地上は煌々と輝いている。

 この街は眠らない。

 昼に迷宮で稼いだ冒険者たちを誘わんと、夜には多種多様な娯楽が花開くのだ。


 世界で最も金のある街には、世界で最も華美な娯楽が。

 当然の理屈だ。

 この街は夜ごとに終わらない祝祭を繰り広げ、落ち着くということがない。

 街角が音楽や楽しげな酔っぱらいの騒ぎ声で満ちている。

 そこへ世界中から集まった大道芸人や踊り子が華を添え、更には軽食の売り子やら宗教の勧誘やら喧嘩好きやら何やら有象無象が集まってきて、心地よいカオスが現出する。


 街角の喧騒が嫌いだとしても、選択肢はいくらでもある。

 迷宮産の巨大転写設備を備えた劇場は大衆劇を上映、あるいは迷宮を転用した闘技場で行われるスポーツや殺し合いを中継している事が多く、常に満員だ。

 もっと落ち着いた品の良いものが好みなら、美術館で行われているような魔法をフルに活用した展示を見に行くのもいいだろう。

 僕が見た中だと、無数の鏡に囲われた空間の中を魔法の光が飛び交う展示が凄かった。

 万華鏡に入り込んだかのような非現実的体験ができる。

 ……幻覚系の魔法を使った展示は更に凄いらしいと聞く。行ったことはない。


「すごかったですね!」


 そんな感じの説明をリルにしながら、夜の街を歩いた。

 大通りを抜け、転移門そばの迷宮ギルドに入ったとき、リルはすっかり興奮していた。


「お祭りみたいだったのです! もっと人気がないものかと思っていたのですが……」

「照明で照らされてる所なら、昼間とそこまで変わらないね。酔っ払った冒険者さえ避ければ危険度も同じぐらいだよ」


 まあ……それは大通りに限った話で。

 裏通りに入ってしまえば、そこは博打と春と薬の溢れる欲望の街だ。

 冒険者とは切っても切り離せない一側面だけど、リルはまだ知らなくていい。


「転移門の使用登録が終わったわ」


 手続きに行っていたサリーさんが戻ってきた。

 さすがにシスター風の服ではなくて、もう少し実用的で動きやすい服だ。

 見た目はただの布服だけれど、低級ながらエンチャントが施されている。

 武器は魔法の杖だ。先端に物騒な鉄のトゲがくっついている。

 腰にはナイフを吊っていた。予備の武器かな。


「クオウさんはもう登録してあるのよね?」

「ええ。昼間にギルド支部へ寄ったとき、登録して代金を払ってあります」


 二十万イェンとか払ってるとこ見られたら、元高ランクなのバレちゃうからね。

 変に気後れされても嫌だし。


「じゃあ、行くわよ」


 ギルド内にある専用の扉を通り、転移門へ向かう。

 まっすぐ伸びる石畳の左右に並んでいるのは、冒険者用の施設だ。

 どれも無骨で実用優先の、華やかな通りとはまた違った空気感を持つ。

 最奥にはまるで城門じみた雰囲気の魔法金属で作られた巨大な扉がいくつもある。


 その扉の背後には、針のように天高く伸びる巨大な魔石の石柱がある。

 何でも、この土地に迷宮都市を作ったのは、あの巨大な魔石柱を転移門のエネルギーとして活用するためなんだとか。


「南門……これでも規模が小さい方なのですよね」

「そうだね。魔石柱の西と東にある門は、もっと規模が大きくて栄えてる」


 南門は規模が小さく、ギルドが用意する転移先も危険度が低い。

 人材を育てるために迷宮ギルドが意図的に用意している初心者向けの場である。


「僕たちの使う転移門が開くまでは……あと五分か」

「帰還部屋に着替えを置いてちょうど、ね。行きましょう」


 迷宮へ行く時は転移門を通るだけだが、帰ってくるときは門を通らない。

 迷宮のどこでも、〈リターン〉という全てのクラスが扱える魔法を使うことで、門の近くに帰ってくることができる。……あるいは、死ぬことでも自動的に帰還する。

 帰還時に出る場所は迷宮ギルドが起動している魔法陣で固定されていて、冒険者の一人一人に割り当てられる帰還部屋へと帰れるようになっている。


 そんな部屋が用意されているのにも理由がある。

 〈リターン〉で帰ってきた時はいいのだが、迷宮内で死亡した場合は身につけたもの全てを迷宮内に置いたまま全裸で帰ってくる羽目になるからだ。

 命が取られないだけマシだが、他の冒険者に全裸を見られたい人間はいない。

 なので迷宮ギルドが帰還部屋を用意しているわけだ。


 転移門の通りに建つ帰還用の超巨大な建物へ行き、中へ着替えと荷物を置く。

 ここは物理的・魔法的に厳重な警備が施されていて、高価な物を預けても安心だ。


 前準備を終えた僕たち三人は、転移門の前に集合した。

 他にも何人か、同じ門の前で待機している冒険者がいる。

 転移門が開いている時間は短く、他人と同時に転移せざるを得ない。

 ゆえにこうして、同じ迷宮を狙う同業者と転移前に顔を合わせることになる。


「怪しいやつはいないね。さすがにこの過疎だと、人間を狙うやつは居ないか」


 みんな初心者で、戦闘経験を積みにきている雰囲気だ。

 リルと似たような感じだろうな。


「さて」


 街の遠くから、時刻を告げる点鐘が響いてくる。九時の合図だ。

 魔法金属の扉が蜃気楼のように揺らめいて、強烈な光を放ちはじめた。

 これが転移門。迷宮(いせかい)に繋がる門だ。


「先頭に立ちます!」


 リルが真っ先に飛び込んだ。

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