熱砂の活劇〈4〉
危険度Dランク、ボスの宝もDランク。地形は平原。
そして備考欄には〈ランペイジ〉。
厄介な迷宮だ。おかげで同じ迷宮に潜る同業者の数はかなり少ない。
最近は人間との戦いが多かったけれど、久々に魔物だけに集中できる状況だ。
「さて」
転移門を潜った僕たちは周囲を見回した。
真夏じみた太陽に照らされた大平原だ。
現実世界は夜だったのに、この迷宮の中は終わらない夏の午後が続いている。
魔物さえ居なければ、草原に寝そべって眠りたいぐらいには穏やかな景色だ。
草原の四方を塞ぐように、連なった山脈が周辺を囲んでいる。
……その山脈の上空を、ぽつぽつと点が飛んでいた。
「あれは……ボスかな?」
「ちょっち見てみるわ」
ブレーザーがロングライフルを構え、スコープを向ける。
「んー……中央はワイバーン、か? 周囲にいるやつまでは分からんかったわ」
「ワイバーン? まずいな」
鳥竜。高い飛行能力を持つ魔物だ。
ブレーザーの銃を除いて遠距離手段を持たない僕たちとは相性が悪い。
僕の投擲もリルの投げナイフも、攻撃手段というには物足りないし。
「ふっふっふ」
フェイナがにやつきながら、背負った鞄を降ろす。
「あたしに考えがある!」
「嫌な予感しかしないのです」
「あのワイバーンが現実世界にいるワイバーンと同じなら! フェロモンで呼び寄せることができるのだ!」
意外とまともだ。
「そのためには! ワイバーンの巣に潜入して、匂いの素になるものを採取するべし!」
「でも迷宮内の魔物って虚空から湧いてきたりするよね? 巣、ある?」
「……あー」
フェイナが固まった。
「他の手段を考えるのです。なんとかしてクオウさんの投擲で攻撃できませんか?」
「それは難しいかな。いくらポーションを投げてもダメージ入らないし」
「つまりダメージの入るポーションがあればいい! まかしぇなさい!」
フェイナが簡易錬金セットを展開した。
どかどかと材料を小鍋に入れて、めちゃくちゃ雑にかき混ぜガラス瓶に注ぐ。
中の液体が、ピカピカと雷雲のように怪しく輝いている。
「爆発するぞー!」
その瓶をフェイナが投げた。着弾した瞬間、稲光が四方にパッと瞬く。
「これは……?」
似たような攻撃用アイテムはある。例えば〈火石〉とか。
魔石に炎を放つ魔力回路を刻み、投げて衝撃が加わると炎を吐き出すアイテムだ。
マジックアイテムの職人なら簡単に作れる。リルが使った〈光石〉も同原理だ。
ものすごく効率が悪くて高いので、便利な〈光石〉以外は人気がない。
……でも、魔法を放つ攻撃用ポーションなんて聞いたこともない。
あるならとっくに僕が武器として使っている。
「爆発的な反応を起こす材料をそれぞれ魔力の薄い膜に包み、臨界点ギリギリまで混ぜてやることで衝撃が加わった瞬間すごい反応をする画期的ポーションなのだ。すごいぞ! すぐ薬がダメになるかわり強引に混ぜれるあたしの天才的技術がなければ実現不可能なものすごいポーションだぞー! 褒めて!」
「つまり扱い方をミスると自爆するヤバいポーションか。すごいな」
「褒めてる風の皮肉だあ……。でもそれ〈ブラックマッチ〉と同じじゃない?」
「……まあ」
確かに同種の危険だ。
「そのポーションを作ってもらうと、僕は例の反動加速居合を使えなくなるのも同じか」
〈ブラックマッチ〉のほうでも同じ悩みを抱えている。
まだ解決策はない。
「じゃ、そのポーションだけアイテムボックスに入れなきゃいいんじゃねえ?」
「確かに」
ブレーザーがシンプルな回答を出した。
「っていうか入れたら危ないよ。これ作ってしばらくすると勝手に爆発するし」
「ええ……」
そりゃアイテムとして存在しないわけだよ。
「必要ならあたしが戦闘直前に作って渡すから。それでいいよね?」
「分かった」
「……っと、何か来てるぜ! あっちだ!」
平原の遠方で、土埃を立てながら進んでくる一群がいる。
ブレーザーから銃を借りて、スコープでそれを覗き込んだ。
泥に覆われたイノシシの群れが、目を赤く輝かせながら突っ込んでくる。
その体からは、緑色の毒々しい泥が湧き出していた。
「〈ドロイノシシ〉! それも、サイズがデカくて毒っぽいの泥を出してる!」
典型的な〈ドロイノシシ〉は、ただイノシシが泥に覆われているだけの魔物だ。
ちょっと滑って刃が通りにくいだけで、脅威度F未満に分類できる。
だが迷宮の危険度と〈ランペイジ〉による影響か、一回り強くなっているらしい。
銃をブレーザーに投げ渡す。
彼ははるか彼方に狙いを定め、引き金を引いた。
先頭からかなり離れたところの〈ドロイノシシ〉が脱落する。
「よ、よっしゃ! 外れたけど当たった!」
そして、ものすごく時間のかかる再装填に移った。
火薬を銃口から注ぎ、木板に嵌め込んだ油まみれの鉛玉を鉄棒で板からくり抜くようにして銃口へ装填して奥まで弾を突き込み、フリントロックの火皿にも火薬を注ぐ。
慣れない動作でモタついていることもあり、その装填にかかる時間は一分以上。
その最中にも、フェイナが再び攻撃用のポーションを製造していた。
モタつくブレーザーとは対照的に、雑で荒っぽいが残像が残るほどの手際だ。
それでも出来上がるまでにけっこうな時間がかかっている。
「よし、炎が出るやつを作ったよ!」
「分かった!」
煙を吹き出しているガラス瓶を両手に受け取り、僕は群れに立ち向かった。
距離が詰まってくる。……〈ドロイノシシ〉の走行は人間より速い。
逃げるのは無理だ。ここで撃退しきるしかない。
「みんな、毒は気にしなくていいよ! 後で治療するから!」
「ブレーザーさん! フェイナ! もし後ろに行ったら教えて欲しいのです!」
「分かった! でも、最悪俺たちを見殺しにしたっていい! 主役はお前らだ!」
「……けれど、わたしは守る技術を磨きたいので!」
先頭にリルが立つ。僕はその後ろ。かなり後方にブレーザーとフェイナ。
その陣形と〈ドロイノシシ〉の群れが、今にもぶつかろうとしている。
数え切れないほど大量にいる。防ぎ切るのは厳しい数だ。
煙を噴き出すガラス瓶を、群れの先頭へ投擲する。
しゅごおっ、と炎が吹き上がった。直撃した数匹が瞬く間に炎で包まれる。
……体を覆う泥そのものが燃え上がっている。あの毒が可燃性なんだ。
「リル! 一瞬でいい、〈大盾〉でまとめて止めてくれ!」
「分かったのです!」
「それと、フェイナ! 次も炎が噴き出すポーションを!」
「心配しないで! 作ってるよ!」
〈ドロイノシシ〉の群れが、ついにリルとぶつかりあう。
広範囲に展開された魔法の盾へと次々と殺到し、頭突きを繰り出す〈ドロイノシシ〉。
その濁流のような勢いに、リルが真っ向から立ち向かう。
盾が揺れ、展開されている魔法の盾も揺らいだ。
……〈大盾〉は盾が揺れてしまうと消える。
消えてもおかしくないギリギリのラインだ。
だが、リルは何とか踏みとどまった。
すぐ前方で群れが押し止められ、一つの塊になっている。
そこへ急角度で落下したポーションの瓶が炎を放った。
盾に引っかからないよう上を通す曲射軌道で放ったものだ。
「よし!」
爆発的な勢いで炎が広がり、一瞬にして平原が地獄絵図と化す。
あからさまに有毒な緑の煙が周囲を覆った。
「……め、目が痛い……」
目や喉がじくじくと痛みはじめ、勝手に涙が流れてきた。
一方で、〈ドロイノシシ〉たちも次々と燃え尽きていった。
煙の奥から折り重なる断末魔の叫び声。
魔物が消えていく青い粒子の光が、火の粉にまぎれて立ち上る。
「……いくら迷宮の、生きているって言えるかどうか怪しい魔物とはいえ……かわいそうなのです」
煙が晴れた。リルが〈大盾〉を解除する。
いまだ燃え続けている草原の中央、黒い灰の積もる土へ彼女が足を踏み入れた。
ごろごろと魔石が転がっている。
いくつか死体も……。死体?
「リル! 死んだフリしてるやつがいる!」
「え!?」
彼女の背中へと、肌の焼けただれた〈ドロイノシシ〉が飛びかかる。
発砲音。衝撃波が地を揺らがす。
銃弾で撃ち抜かれた〈ドロイノシシ〉が勢いを失い、光となって消えた。
残りの数匹へ、僕とリルがトドメを刺していく。
残党狩りが終わったあと、リルがずかずかとブレーザーの方へ歩いていった。
そして首の一点についた青あざを指差す。
「わたしに当たったのですけど!?」
「ま、マジごめん。狙いがズレた」
〈ドロイノシシ〉を貫いた銃弾が、そのままリルに当たったらしい。
「上手くいったとはいえ、次は気をつけて欲しいのですよ」
「ほんとマジごめんな。とっさに助けようとしたら……」
「え? いやちょっと待って? 銃弾でアザ……?」
……いくら魔物を貫通した後とはいえ、銃弾だぞ?
それが皮膚で跳ね返るって。
「リル、君さ……最近、ステータスどうなってる?」
「最近? 計り直しはしてないですけど。なぜですか?」
「なぜって。普通、銃弾は皮膚に跳ね返されたりしないよね」
「あ……」
彼女は口をあんぐりと空けて、首のあざをさすった。
「ふっ! ふっ! ふっ!」
両手に煙を噴き出すポーション瓶を抱えたフェイナが高笑いする。
「きっちり魔力の状態をモニタリングしながらトレーニングすることで、ただ迷宮に潜ってるやつらと比較にならないぐらいステータスも伸びる! 〈クラス〉と魔法薬の関係について実験を繰り返した知見なのだ! 崇め讃えよー! うへへ!」
彼女は瓶を投げ捨てながら言った。
広がる炎を背後に両手を広げている様はまるで悪役だ。
……不覚にも、頼れるなあと思ってしまった。
「ほんと、フェイナ様様だよ。支えてくれてありがとう」
「人格はともかく……感謝しているのです。人格はともかく」
「よいぞよいぞー! もっとフェイナちゃんを褒めるがよいぞー!」
「よっフェイナ大明神! かわいいぜ!」
「うむうむ君はあたしに忠実だねえブレーザーくん! 皆も見習うべきでは!?」
「調子に乗りすぎなのです」
ほんとだよ。
「……そんなことよりさ」
僕は地面に転がった魔石を拾い上げた。
けっこうな魔力を感じる。一個で二万イェンぐらいはありそうだ。
それがパッと見で……三十個以上はある。
「他にも〈ドロイノシシ〉の群れがいないか探さない?」
みんなの瞳がぎらりと輝くのが分かった。
……そして、現実世界の真夜中ごろ。
二百万イェン相当の魔石を抱えた僕たちは、ホクホク顔で迷宮から帰還した。
ボスは無視した。相性が悪いのに無理して戦う意味はない。
本日のパーティ戦果、占めて二五〇万イェン也。




