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熱砂の活劇〈3〉


 日暮れ頃。

 天高くそびえる魔石柱の西側、転移門近くにある迷宮ギルドの西支部で、僕らは転移門のスケジュールを眺めていた。

 相変わらず、転移門の数割が故障している。老巧化だろうか。

 しかも、 どの迷宮の備考欄を見てもろくなことが書かれていない。


 「〈水中〉に〈ランペイジ〉に、〈時間異常〉に〈麻痺性大気〉に〈パーティ転移不可〉に〈装備持ち込み不可〉って……」


 普通に潜れるDランクの迷宮がない。


「高いランクの迷宮って、こういうものなのですか?」

「いや……運悪く最悪な日に当たったんじゃない」


 迷宮ギルドが異次元から探し出してくる迷宮は、むしろまともに潜れない物の方が多いぐらいだ。冒険者が稼げるような迷宮はごく一部。

 だから、時には転移門で繋がる先にろくな迷宮がないこともある。

 まあ、変な迷宮は同業者が少なくなる。

 潜れる装備さえあれば美味しいけれど。


「〈ランペイジ〉なら行けないこともないか」


 迷宮のボスが魔物を引き連れて暴れまわっているタイプだ。

 例えるなら〈ゴブリンズトレイル〉の状況が近い。

 あの迷宮の備考欄を書くとするなら、危険度Dで宝がG、備考欄には〈ランペイジ〉〈帰還不可〉〈高現実性〉だろう。……最悪だ。

 改めて、僕たちはよく生き延びたなあ。


「ただ、後ろに非戦闘員がついてくるのがどうなるか」


 ブレーザーとフェイナは、まだ懲りずに一緒に潜るつもりでいる。

 何か準備がしたいとかで、二人は一緒にマイザの工房へ帰っていった。

 凶暴な魔物を相手に、あの二人を守る余裕があるかどうか。


「でも、けっこうブレーザーさんの存在はありがたかったのです」

「きみ、ちょっと前まで役に立たないとか言ってたような」

「……反省しているのです」


 確かに、あいつの目と耳にはすごく助けられた。

 生まれつき五感が鋭いんだろう。

 あるいはステータスの〈知覚力〉がすごく高いのか。

 ……そういえば、ブレーザーのクラスは今〈スナイパー〉だっけ?

 あれは知覚力と攻撃力に特化したクラスだよな。


「クラスの通り、あいつに狙撃手やらせてみたら面白いかも……」

「的に当たらないのでは?」

「確かに」


 よほど狙いやすい武器でもなきゃ外すだろう。

 狙撃なんて、才能のあるやつが何年も的あてを続けてようやく可能になる技だ。


「……まあ、とりあえず〈ランペイジ〉の迷宮でいいか」


 時間と門を覚え、ギルドのカウンターで手続きをして金を払う。

 ……なんか、やたら高い。

 初心者対象のキャンペーンかなにかで割引されているはずのリルたち三人まで、一回で十万近い転移門の使用料を取られている。


「あの、これって」

「初心者割引は高ランク迷宮の一部において対象外になります。ご了承ください」


 先生に教科書を読まされている生徒みたいな愛想ゼロの棒読みで、受付が言った。

 ……やらかした。そんなキャンペーンの米印つきの条件とか読んでないし……。

 転移料、全員合わせて五十万イェン……。

 キャンセルするか? いや、キャンセル料がもったいないし。

 ま、まあ、この分まで稼げばいいだけだ。


 そして一時間後。

 僕たちはもう一度、転移門の付近に集合した。

 フェイナもブレーザーも見慣れないものを抱えている。


「ふふふ!」

「ふへへ!」


 二人とも無駄に自信満々だ。


「見ろよ! この.75イント、19mm弾のロングライフル! イカしてるっしょ!」


 ブレーザーは巨大なマスケット銃……いや、ライフリングの刻まれた”ライフルド・マスケット”を抱えている。

 火薬式の前装ライフル銃。弾はただのグリス布で包んだ鉛の球体。

 時代遅れの火薬銃の中でも、更に一世代前の骨董品だ。

 少し昔に新大陸の開拓者が魔物を追い払うのに使っていたような代物でしかない。

 最新の魔法銃ならまだしも、これが迷宮内で戦力になるかというと……。


「マイザが貸してくれたんだよ! めっちゃ高精度だぜこれ!」


 銃の上に単眼鏡のスコープが搭載されている。

 あれなら確かに、ちょっと練習しただけの素人でも当たるかもしれない。


「あたしは携帯錬金セット買ってきたよ!」


 フェイナは背負った巨大な鞄を降ろす。

 木のフレームがスライド変形し、鞄がそのまま簡易机になった。

 中には錬金器具が詰まっている。

 ……迷宮に潜る〈アルケミスト〉のための装備だろうか。実用的には思えない。


 あのクラスは名前の通り錬金が専門で、戦闘能力は低い。

 はっきり言って、〈アルケミスト〉を連れて行くぐらいならポーション満載の〈ポーター〉を連れて行く方が有効だ。

 迷宮の外では重宝されても、迷宮内では不遇職である。

 よく見ると、カバンに”半額!”という割引シールがそのまま張られている。

 ……そりゃ売れ残るだろう、としか思えないイロモノ装備だ。


「何? きみたち。初心者向けなら南だよ?」


 近くを通りかかった若い冒険者が、いきなり喧嘩を売ってきた。

 ツバ付きの帽子を後ろ向きに被り、防具いっさいなしのシャツとズボン姿だ。

 おまけに脱いだ上着を腰のところに巻いているし、サングラスをかけている。

 めちゃくちゃカジュアルもいいところだ。他人に何か言えるような格好じゃない。


「初心者ではないのです」

「ご忠告どうも」


 すぐに喧嘩を買ったリルを遮るように、適当に受け流す。さっさと迷宮に行こう。


「ん? あ!」


 と思ったのに、彼は僕の顔を指差してきた。


「君、あれでしょ! あの……ほら、スノウが憧れてたやつ!」

「スノウの知り合い?」


 迷宮学園の出身者か? 若くして〈ミストチェイサー〉に入ったスノウ・ソーラティアと同じく、こいつも相当な有望株なんだろう。

 ……っていうか、スノウが僕に憧れてる? そんなわけがない。


「知り合いも何も、学園でパーティ組んでたよ! あの娘から僕のこと聞かなかった?」


 少年と青年の中間みたいな若々しい冒険者が、サングラスを外して首をかしげた。

 ……あ。この顔は。しょっちゅう新聞や雑誌で見かける。

 というか、街中の広告に顔が使われてるぐらいの有名人だ。


「おっかしいな? みんな僕のことばっか話してるのに」

「自意識過剰なやつなのです……」

「そうでもないよ。事実さ」


 彼が肩をすくめた。

 ……その一瞬後、息を切らした人々が彼を追いかけてくる。


「エリオくん! 頼むから! 話だけでも!」

「〈ケセルヴィア帝国軍〉は大義のために君の力を必要としているんだ!」

「いや! 軍のクランなんかに入るより、〈サンダーシュトローク〉に入るべきだぞ! 小規模クランはいいぞ、稼ぎは中抜きされないし! 何より自由だ!」

「〈五海公社〉に入れば完璧な経済的バックアップを……」

「うるさいって! 僕はソロがいいの!」


 ……彼を追ってきた人々は、全員が有名クランのリクルーターだ。

 大帝国の武力を背景に、数少ない”Sランク”の地位を保つ〈ケセルヴィア帝国軍〉。

 昔ながらの強者たちの寄り合い所帯、Bランクの古豪〈サンダーシュトローク〉。

 世界貿易を牛耳る商会が、圧倒的経済力で迷宮をも支配するAランクの〈五海公社〉。

 どこも〈ミストチェイサー〉より数段上のクランだ。


「ほら、初心者パーティはどいたどいた。僕のお通りだ」

「何を……! 迷宮内で遭ったら覚悟するのですよ……!」


 むっ、として前に出たリルの背後に、いつの間にやらエリオが立っていた。


「ムリムリ。格が違うんだ。君たちじゃ一生ムリだね」

「やってみなければわからないのです!」

「あはは……君さ、どこの迷宮に潜るとこなの?」

「危険度Dランクの」

「ほら。初心者じゃないか。せめてBランクに潜れるようになってから喧嘩を売りなよ」


 エリオはまた肩をすくめた。


「そこの君……えーっと、ああ、思い出した。クオウだっけ」


 ふにゃふにゃした適当な所作で、彼が振り返る。

 人をナメたような動きをしていてすら隙がない。


「んー? 弱いね」


 反論できないぐらい、たしかにこいつは強かった。

 そうは思いたくはないけれど、間違いなくカエイよりも強い。


「スノウのやつ、何でこんなのに憧れてんだか。弱いから弱いやつが好きなのかな」

「……」


 不服なことに、スノウですら雑魚と言ってのけるだけの実力がありそうだった。

 言い返せない。今はまだ。

 ……相手はエリオ・アンブロジアだ。

 学園在学中から騒がれていた、紛れもない次世代のスター。

 彼の所属するクラン〈ネクタル〉には、どこの格付け機関も”A”のランクをつけている。

 そして……そのクランは、彼が自分のために作った一人だけのソロクランなのだ。


「その弱いやつらに追い抜かされてから後悔しても遅いぞ、エリオ」

「あっはっは。冗談がうまいね!」


 彼は肩をすくめて笑いながら遠ざかっていった。

 リクルーターたちが慌てて追いかけていく。


「好きになれない男なのです……あんなやつ絶対友達いないのです!」

「強い冒険者って大抵あんなもんだよ。みんな頭おかしいから」


 ……カエイより強い冒険者は、世の中にまだまだいる。

 そう考えると、少し気持ちが楽になった。

 決闘は僕の終着点じゃない。その先があるんだ。

 いつか、エリオを含めた最高ランクの冒険者にだって勝ってやる。


「うひょー、こりゃいいネタだぜ……」


 ブレーザーがメモ帳を見つめてにんまりとした。


「こんなのゴシップ記事にもならないよ」

「バカ言うなよ、エリオ・アンブロジアだぞ! あいつが絡めば、天気の話だって大ヒット記事に化けるね! この前なんか、エリオが目撃された店に翌日めちゃくちゃ行列が出来てだな、順番待ちの列で発生した喧嘩が大暴動に……」


 まあ、そういうこともあるだろうな。

 強い冒険者は大スターだ。世界中の誰もが一目見たがる。

 ましてエリオのような、若くして一流の冒険者として活躍しているやつはなおさら。

 加えて、あいつは新聞や雑誌いわく”甘いマスク”だ。

 おまけに異例のソロクラン。

 人気は当然大爆発する。男性からも人気は高いが、女性からの人気は異様な域だ。


「ほら! あれを見ろよ!」


 ブレーザーが、遠くのエリオを指差した。


「サイン! サインくださーい!」


 その背中をフェイナが紙を持って追いかけている。

 ……何やってんだあいつ。


「あんな人は放っておいて迷宮に潜りましょう」


 僕たちはリルに同意して、三人で転移門に向かった。


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