熱砂の活劇〈2〉
午後。
それぞれランクを一段階上げて、危険度E・宝のレアリティEを選び、潜る。
ランクE前後は一番のボリュームゾーンだ。必然的に人が増える。
当然、そこへ挑む人々の強さやキャリアも様々だ。
初心者を卒業して安定してきたパーティーから、伸び悩む中堅パーティー、やる気のないベテランにソロ冒険者に冒険者狩り専門パーティーまで。
時にはもっと強い人間が調整のため潜ってくることもある。バリスみたいに。
様々な人種が入り乱れ、必然的に乱戦の様相を呈することが多い。
「だから、君たち守ってる余裕はないんだけど」
「いけるって! 激しい戦いしてもらわなきゃ、記事のネタにはならないしな!」
「激しくなきゃダーリンを介抱するウフフなイベントが発生しないしね!」
「……そんなイベントはないのです。心配しなくても、わたしが守りきるのですよ」
先頭から振り返ったリルが言った。
盾役らしい頼れそうな風格を漂わせている。
「そういえば、リルちゃんは取材大歓迎なんだっけ?」
「はい」
「今度、〈冒険者の友〉で新人冒険者特集やるんだよ。リルちゃん載っけても大丈夫?」
「構わないのです」
「じゃあ今度スチル写真の撮影を、っと前方で交戦してるぜ」
ブレーザーに言われて耳を澄ます。
曲りくねる天然の地下洞窟の奥から、確かに爆発の音が聞こえてきた。
「灯火管制を。リル以外はみんな消して」
みんなに伝え、自分でも携行するカンテラの火を消す。
ケチってるので魔法光源ではなく油のカンテラだ。
……さっきの迷宮とは違い、この迷宮に天然の光源はない。
だから、明かりを先頭にだけ絞れば正確な人数の把握は難しくなる。
「何人だろうな……少なくとも中規模パーティが二つって感じか。魔法使い……いや、これは銃の音か? 珍しい。弓も居る感じだな。接近戦の音はしないわ」
これだけ耳の鋭いやつが居たら話は別だ。なんとなく状況が分かった。
「ブレーザー、この知覚力上昇ポーション使ってみる?」
「いいのか? カネに見合うか分からんっしょ?」
「構わない。ちょっと試してみたいし」
「じゃ、使ってみるか」
僕は円形のスプラッシュポーション瓶を投げようとする。
「ちょい待ち!」
フェイナが瓶をひったくり、何かの仕掛けを外してコルク栓を抜いた。
「投げる用に作ってるけど、飲めるなら飲んだ方が良いよね」
「そっか」
ブレーザーがポーションを口に含み、吐き出す。
「まっず……!!!!」
「投げる用だもん。でもブレーザーなら飲んでくれるよね?」
「さすがの俺でも飲めねえよこんなの! 罰ゲームかよ!」
彼は頭からポーションを浴びた。飲むより弱くなるけど効果はある。
「……弓の弦、電撃、弓、氷のつらら、弓。銃の発砲音。弓の音が沢山重なってる……」
うっすら発砲音は聞こえたものの、他はとてもじゃないけど僕じゃ聞こえない。
「……っと、効果切れた。合わせて八人ぐらいだな。弓と魔法と銃の音しか無かった」
「遠くから撃ち合っている最中なのですかね」
「どうだろう? こんな狭い洞窟で射撃戦できるかな……?」
音のする方向へ向かっていく。
最後の分かれ道はかなり前だったし、向かってる方向が下に続いている。
迂回するより交戦したほうがいい。
「おかしいな」
小さな声で呟く。
音がはっきり聞こえてくるような位置になっても、光が見えない。
洞窟が曲がっているわけでもないのに。
「……おい、ヤバいぞ! 矢がこっちに飛んできてる!」
「〈大盾〉!」
暗闇から飛来した矢を、魔法の盾が防ぐ。
前方に光は見えない。
「なんだ……!?」
僕は敏捷性低下ポーションを遠くに投げた。
瓶が割れて魔法の薬が広がると同時にわずかな光源が生まれる。
黒一色で揃えた冒険者の影が浮かび上がって、すぐに暗闇へ紛れた。
「リル! まだ〈光石〉はあるか!?」
「はい!」
リルが懐から石を取り出し、盾にガツンと叩きつける。
衝撃を受けた〈光石〉が眩く輝き出した。
これは魔石の一種だ。衝撃で光りだす。
軽くて光が強いかわりに、細かい調整が効かない。
「できるだけ遠くに投げろ!」
リルが洞窟のずっと遠くまで〈光石〉をぶん投げた。
黒い装備で固めた冒険者が……四人。弓、弓、弓、杖。
その四人よりもずっと前方に、血を流しながら逃げていく冒険者の姿が見えた。
「逃げてるやつ、カンテラを割られてる!」
ブレーザーが叫んだ。同時に、飛んできた矢がリルのカンテラに突き刺さる。
光石も壊された。あたりは完全な暗闇と化す。
この戦法。暗闇に特化した”冒険者狩り”だ。
暗視装備でも使ってるのか。厄介な。
「みんな、わたしの後ろに隠れるのです!」
盾を構えたリルの後ろ側で、僕のカンテラに火を入れる。
前方の暗闇が濃い。光が遮られている。
「〈夜霧〉だ!」
「矢が来てる!」
ブレーザーが叫ぶ。
「〈大盾〉……えっ!?」
黒く塗られた三本の矢が、展開されている魔法の盾ではなく、すべてがリルの盾に命中した。
盾がブレたわけでもないのに、魔法の盾が消失する。
「な、なんか……技能が使えないのです!?」
「〈封印〉だ!」
あれは矢に効果を乗せることもできる。
ただ、その場合は直接殴ったときより効果時間は短くなるはずだ。
……向こうの技能は〈夜霧〉と〈封印〉。
見えたのは四人。隠れている技能はあと二つ。
一人はたぶんパッシブ技能の〈暗視〉だろう。
技能をよほど使い込んだ化け物クラスの冒険者じゃないかぎり、残り枠は一つ。
黒い霧の向こう側から巨大な火の玉が現れる。
〈火球〉。基本にして強力な魔法攻撃技能だ。
盾で防いだとしても、爆風で防御は崩れる。その瞬間に矢を顔に喰らえば終わりだ。
かといって、避けることはできない。
使い手によっては〈火球〉を遠隔起爆出来たはずだ。
横から爆風を貰ってしまえば、正面から食らうよりも状況は悪くなる。
僕が考えている間にも、刻々と〈火球〉が近づいてくる。
……おそらく、あの〈火球〉で技能枠は全て開示されている。
もう技能で不意打ちされる危険はない。ならいっそのこと。
「リル! 行け! 正面から突っ込め!」
〈アイテムボックス〉を開き、防御力向上ポーションを投げた。
「は、はい!」
そして、盾と〈火球〉が衝突する。
荒れ狂う爆風にリルが押し戻され、倒れるぎりぎりで踏みとどまった。
その横を、僕が全速力で駆け抜ける。
「……えっ!?」
主導権を握らせたらおしまいだ。
爆風で視界の悪いうちに距離を詰め、こっちから仕掛けるしかない。
敏捷性向上ポーションの効果を乗せて、黒い霧へと全力疾走する。
「弦を引いてるぞ!」
ブレーザーが叫ぶ。僕は目を細め、備える。
霧を裂きながら矢が現れた。
「ふっ!」
〈アイテムボックス〉を開く。
〈風撃の指輪〉による反動加速を使い、無銘の剣でそれを切り払う。
二本目の矢が飛来する。
無銘の剣をアイテムボックスに放り込みつつ、〈マギ・インバーター〉で同じように反動加速居合で切り払う。
……三本目。再び持ち替えて切り払う。
黒い霧の中に飛び込みながら、僕は適当なデバフポーション瓶をいくつも掴む。
それを前方にばら撒いた。一本が何かに命中して、地面に落ちないうちに割れる。
音がした方向めがけて、僕は剣を振り抜いた。
「がはっ!」
当たりだ。
……この霧はそこまで濃くない。体をくの字に折る男の姿がはっきり見えた。
「……逃げ……ろ!」
倒れた男が叫ぶ。尻目に先へ進む。その瞬間、足元で魔法陣が輝いた。
足が鉛のように重い。罠。
「〈火球〉!」
その叫び声を聞いて、僕はとっさに伏せた。
……何も起こらない。
「クソッ! ブラフか!」
足を引きずって、霧の奥に出る。
残りの三人の姿は、とっくに暗闇へ溶けていた。
逃げられた。……追えない。危険すぎる。
「へへへ……やるもんだぜ……まさか俺が負けるたあな」
霧が晴れ、壁に寄りかかった冒険者の姿がはっきり見えるようになった。
無骨なゴーグルをつけて無精髭を生やした中年だ。
傍らに、真っ二つに切断された漆黒の弓が落ちている。
「……〈ナイトストーカー〉リーダー、〈夜帳の〉ディムだ。お前は」
「クオウ・ノール。あっちの盾持ちがリル。パーティはまだ正式に結成してない」
「ああ……〈ゴブリンズトレイル消失事件〉のやつらか」
冒険者は煙草を取り出し、火を点けてくわえた。
「笑えるぜ。散々稼いできた俺達が、ポーターと新人冒険者とその他、なんて連中を狩りそこねるとはな。誇っていいぞ……俺たちを一発で返り討ちにするなんて勲章ものだ」
「えっとクオウさん、この人は有名なのですか?」
「聞いたことはある。奇襲専門の卑怯な連中だって話は」
「おいおい、迷宮に卑怯もなにもあるかよ?」
彼は何気なくゴーグルを外し、ひょいっと投げた。
その先には〈アイテムボックス〉へと繋がる空間の裂け目があった。
僕のものではない。こいつのだ。……やられた。
〈アイテムボックス〉内の物は死んでも落ちない。僕らの手には渡らない。
「へへ。悪いな。暗視ゴーグルを取られちゃ商売上がったりだ」
「……お前、遠距離職と〈ポーター〉のダブルクラスか」
「まあな。狩った連中の装備を収納できる場所がなきゃ、カネに変わらんだろ」
彼は肩をすくめた。
一定以上のレベルになると、〈ポーター〉は他クラスとの掛け持ちが基本だ。
そうすることで、〈アイテムボックス〉の技能を有効化しつつ他クラスのステータス補正をいくらか受けられるようになる。
仮に僕がポーター以外のクラスを刻めたら、僕だって同じことをするだろう。
「あとの装備は二束三文だ。自由に持っていけよ。じゃあな」
彼は短剣を抜き、自らの首を切断した。
すぐにその姿が粒子と化して消える。
「……交渉せずに自死で逃げるのか。恨まれてる自覚はあるんだな」
後に残された弓と黒衣を見つめて、呟く。
正々堂々戦っているならともかく、暗闇から奇襲での冒険者狩り専門ともなれば、捕まったときに何をされても文句は言えないだろう。
「紙一重でしたね、クオウさん」
「ああ」
パーティ単位で組み上げられた高度な戦術は、決まれば一瞬で勝負が終わる。
……無理やり個人技で凌いだけれど、さっきは完全に戦術で負けていた。
反省しなきゃ……とは思うけれど、しょうがない部分はある。
僕とリルの二人だけじゃ、出来ることの幅にも限界があるからな。
「いやー面白いもの見れたねえ。ドキドキしたー……あれ、ブレーザーどしたの?」
「なあ、今のマジで〈ナイトストーカー〉だったのか?」
メモ帳を握った手をぷるぷると震わせながら、ブレーザーが言った。
「あいつらCランクだぞ」
「へえ?」
そうだったのか。
「へえ、じゃねーって。あいつら、同業者を徹底的に狩り尽くして稼ぎを独占できるぐらいにはヤバい連中だって。クランに一パーティしか居ないのに、相当な利益を出してるんだって。Cランクだぞ。億単位で稼いでんだぞ。やべーって! やべーのに勝った!」
「Cランクって言っても、格下冒険者狩りでたくさんカネ稼いでるからランク高いだけじゃないの?」
冒険者狩り専門パーティって、嫌われるけど稼ぎは良い。
ましてあいつら、完全に暗闇からの奇襲特化戦法だし。そりゃ稼げる。
だいたいランクなんて目安にすぎない。AとかSランクならまだしも……。
「いや、その狩りを独占してんだよ! 聞いたこと無いのか!? 下手に低ランクの迷宮で冒険者狩りをやると、あいつらが出てきてとっちめるんだよ!」
「へえ」
「なんかチンピラの縄張り意識みたいなものを感じるのです」
「お前らさあー! すごいやつに勝ったんだからもうちょい反応しろよ!」
勝ったって言っても、一人仕留めただけだし……。
「いいから戻ろう」
彼の装備を〈アイテムボックス〉の隅に詰め込み、来た道を戻る。
前に行くのは危険だ。〈ナイトストーカー〉が待ち構えている可能性がある。
もう一度やりあって勝てるかどうか分からないんだから、無理する必要はない。
……が、迂回した先では数パーティがにらみ合う膠着状態だった。
ちょっとした広場ぐらいに洞窟が開けていて、その天然の起伏や鍾乳石の影に何十人も隠れている。出ていったやつから袋叩きにされるような状態だ。
さすがのリルも、四方八方から撃たれる場所に出ていくことはできない。
中央の無人地帯が輝きはじめ、何もなかった場所に魔物が現れる。
山羊のような角と蝙蝠のような羽を生やした、悪魔風の存在だ。
こういう風に魔物が”湧く”現場に出くわすのは珍しいが、ないわけじゃない。
この悪魔は溢れんばかりの魔力をまとっている。
そして知能も優れている様子だ。現れた瞬間、自らに魔法でバフを掛けた。
Fランクの迷宮で戦ったボスより絶対に手強いだろう。
……が、全方位からの集中砲火を食らって一瞬で溶けた。
数は力だ。
落ちた大きな魔石を障害物に隠れたまま自分のところへ運ぼうとみんなが狙い、風の魔法やら射出式ネットやらが魔石をめがけて飛び交う。
最終的に〈ナイト〉複数人で固めたパーティが無理やり飛び出し魔石を確保して、それをキッカケにして大乱戦が始まるか……というところで、バリン、と迷宮の割れる音がした。
最奥の宝は他パーティに取られたみたいだ。
なんとなく休戦ムードが漂い、次々と冒険者たちが〈リターン〉の魔法を使う。
飛び出す機会を伺っていた僕たちも、同じようにして帰還した。
こういうこともある。
「じゃ、帰ろうか」
もう稼ぎは十分だから、別に問題ない。道中の魔物が落とした魔石がある。
〈ナイトストーカー〉のリーダーが落とした装備もパッと見では悪くない。
たぶん数十万の黒字にはなる。午前中と合わせて、最低五十万以上は稼いだ。
「日給五十万か……」
ここから皆に分配するとはいえ、めちゃくちゃな収入だ。
この調子で低ランクの迷宮に潜っているだけでも相当稼げるだろう。
……まあ、知名度が上がってマークされるようになったら話は別だ。
他の冒険者が僕らの情報を調べ、対策を組んで殺しにかかってくるようになれば、今のようには行かない。
「稼げるうちに、もう少し稼いでおこう」
迷宮から帰還し、近くの酒場で合流したあと、僕は皆に言った。
早く資金を作って金稼ぎより訓練に集中したい。
カエイとの決闘までの猶予はせいぜい二週間だ。
「夜にもう一回。次はDランクの迷宮を狙う」
結局、危険度Eでも魔物相手には手こずらなかった。
あの強そうな悪魔が相手だって、たぶん問題なく勝てただろう。
更に一段上を狙っても大丈夫だ。




