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幕間:暴走姉妹


 そわそわ。そわそわ。

 そわそわそわそわ。


「庭の雑草は抜きまくりましたし、床は綺麗にしましたし、コーヒーと菓子の用意はしましたし……」


 ザーラ・サルタナオウルは不安げに邸宅を右往左往している。


「……ハッ!」


 彼女は応接室の本棚に紛れていた”意識しちゃったあなたにおすすめ! クソ当たる恋愛診断!”を取り出し、ゴミ箱へと全力で投げ捨てた。

 叩きつけられた雑誌が、パシーンッ、といい音を鳴らす。


「危ないところでしたわ! 恥の上塗りスレスレ……!」


 ゴミ箱に背を向けた彼女が、ふいに立ち止まってちらちら背後を振り返る。

 そして恋愛診断の占いページを開き、自分の誕生月を指でなぞった。

 いわく、”ガン惚れ! 危ないぐらい燃え盛る恋! デートに臨むときは護身用の武器を用意して!”だそうで。


「……べ、ベッドを整えておいたほうがいいのかしら!?」


 天蓋付きベッドを備えた寝室に戻った彼女が、部屋を見回っていく。

 化粧台。よし。椅子。よし。ベッド。よし。本棚。よし。本棚の裏。


「あ……こ、これは! ”夢色の鳥籠”の三巻! こんなとこに落ちてたのですわね!?」


 テュラク帝国のハレムをモチーフにした恋愛小説だ。

 女帝が治める架空の国を舞台にした、たくさんイケメンが出てくる逆ハレム小説。

 ザーラが子供のとき、これの三巻だけを偶然拾ったことがある。

 主人公を(愛ゆえに)操ろうとする敵国の軍師と、主人公のことが気に入らなかった(もちろん内心では愛が芽生え始めている)自国の騎士が一騎打ちする巻だ。


「……やっぱり、軍師x騎士が一番ですわよね!」


 子供の時から、彼女は妄想を暴走させるタイプだった。

 うっかり懐かしの小説を読み始めてしまったザーラはそのまま本に没頭し、脳内でこの二人がめくるめく逃避行に出ている場面を想像し始める。そんなシーンはない。


 彼女の妄想の中で、「僕が居るだろ!」というセリフが放たれた。


「あっ! あああっ!」


 妄想のイケメンが、一瞬だけクオウに変わる。

 ちょっと容姿は冴えないが……イケメンと……言い張れなくもなくはない!

 傷だらけの姿であんなことを言ってくる度胸だけで、十分に名誉イケメン認定できる!


「あ~~~何回思い返してもドチャクソ最高ですわね~~~っ!」


 一連のセリフを思い返して、ザーラはベッドでごろごろ転がった。


「いけませんわ! わたくし皇女の身なのに、そんな! いけませんわよ~っ!」

「何してるのですか」

「ぴぇっ!?」


 冷たい目をしたリルが、部屋の入り口に立っている。


「ななな何を!? どうしてここに!?」

「何をって……。呼鈴を何回鳴らしても出ないから、心配して様子を見に来たのです」


 心配して損しましたが……とリルが呟いた。


「ぷ、プライバシーの侵害ですわよ! 乙女相手にクソ無礼ですわよ!」

「遊びに来る約束を忘れて部屋でごろごろしてる姉さんのほうが……」

「わ、忘れてなんていないのですわ!? すっげー準備してる最中だったのですわ!?」

「ベッドの上でいったい何を準備しているのですか」

「お、乙女心を……!」

「バカ言ってないで下に来るのです。クオウさんが待ってるのですよ」


 ザーラは赤面しながらとぼとぼ一階へ向かった。


「今すぐ墓に埋まりてえですわ……一生ジメジメした地下でキノコ食いながら人と顔を合わせず暮らしてえ……仙人になりてえ……」

「姉さん……そんなにぼっち生活が好きなのですか……?」

「いや違うわよ! 全然違うわよ! そうじゃなくてー!」


 応接間に降りていった二人は、机のそばに立つクオウを見つけた。

 その手には”意識しちゃったあなたにおすすめ! クソ当たる恋愛診断!”が握られている。


「んばっ」


 ザーラは死んだ。

 ……少なくとも、心の大部分が死んだ。


「あ……え、えっと。机の上に置いてあったから……」


 彼女はそれをゴミ箱から取り出したあと、再び捨てるのを忘れていたのだった。


「み、見ないほうが良かった? なんか、ごめん」

「……短い人生でしたわ……」


 ザーラは律儀に椅子を引いて座り、それからガクッと崩れ落ちる。


「だ、大丈夫?」

「こんな目に遭うのなら、人間になどなりとうなかったのですわ……」

「げ、元気出してよ……別に、理由もなくこういうの読む時ぐらいあるよね。ね?」


 クオウがリルに話を振った。


「わたしはないです。だいたい惚れる対象が一人しかいないのです」

「ぐはっ」


 机に突っ伏しているザーラにトドメが入った。


「ま、まあ、でも、ほら……助けられた相手に恋するのって、物語だとよくあるよね」

「物語の恋する乙女は、ベッドの上で妄想を叫びながら転げ回ったりしないのです」

「がああっ!」


 彼女は机に頭を打ち付けた。


「クソですわ! 人生も妹もクソですわあああっ!」


 机をバンバン叩きながら、完全にやけくその勢いで彼女が立ち上がる。


「クオウさん! 付き合ってくださいまし!」

「そんなこといきなり言われても困るっていうか……友達から始めない?」

「当然の返答っ! 何を期待してたのわたくしは! バカッ!」


 また机に突っ伏したザーラの様子を見て、リルがハッと表情を変える。

 いきなり母性スイッチが入って、穏やかにザーラの頭を撫でている。


「姉さん……。かわいそうな人なのですね……大丈夫ですよ、わたしは姉さんがどれだけかわいそうな人でも、ちゃんと守ってあげますからね……」

「めちゃくちゃですわっ! 自分でわたくしのこと惨めにさせておいてそういうこと言ってくるんですの!? 大丈夫どころかクソ怖いですわ!?」


 顔を引きつらせたクオウが、現実逃避じみて「仲の良い姉妹だなあ」と呟く。


「どーごーがー!」

「姉さん……よしよし……」

「よしよしするのを辞めるのですわーっ!?」

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