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過去と過去〈エピローグ〉


 そして、二日後。

 だいぶ回復したザーラが手土産を持って地下工房を訪れた。


「ザーラ、もう体調は大丈夫なの?」

「ええ、おかげさまで。フェイナさんには死ぬほどお礼をしなければなりませんわね。……でも、わたくし今カネがまったくありませんの……」

「そ、そっか」

「いずれ迷宮で稼いでお返しをするつもりですわ、と伝えてくださるかしら」

「本人そこに居るよ?」


 僕はフェイナの部屋を指差した。


「なんかクソ汚い煙が出てるのですわっ!? あれ大丈夫なのかしら!?」

「いつものことだから……。直接伝えてきたら」

「え、ええっとまあ、そ、そうですわね。伝えないといけませんわね」


 ザーラはためらいがちに近づいてから、僕をちらちらと振り返る。


「その……つ、ついてきて欲しいのですわ」

「え? なんで」

「ほら……だって、恩があるとはいえ知らない人ですもの……」

「……僕にやったみたいにグイグイいけばいいんじゃない?」

「あれは酒入れてのやけっぱちですわ! わたくしがあんな調子で話せるわけないのですわ! 勢いつけなきゃ他人と話すなんてできませんわよ! 皆そうですわよね!?」


 こ、こいつ。

 ……ぼっちをこじらせている……!


「それに、経緯が経緯ですもの……合わせる顔がないのですわ」


 急に小動物感を出しはじめたザーラの後ろで、フェイナが部屋から顔を出す。

 口元が”おもしろいオモチャみっけ”とばかりにニヤついている。


「ねークオウ! そういえば、あのザーラって人が好きなんだっけ!?」

「は!? フェイナお前さあ……!」

「なななななんですって!?」


 ほら! ザーラが真に受けてるじゃんか! 顔真っ赤じゃんか!


「あー本人いるじゃーんごめーん! でもほら、あたしは応援してるから!」

「公認!? もう外堀が埋め立てどころか舗装されてインフラ整備済なのですわ!?」

「ごめーんじゃないよ見てたでしょ! だいたい普段はダーリン呼びしてくるくせに!」


 ……フェイナのせいで無駄にこんがらがった状況が落ち着くまで、数分かかった。

 またこいつに無駄な時間を使わされた……。


「と、とにかく……その、わたくしの治療に力を尽くしてくれたそうですわね。勝手に大暴走したわたくしにそこまでしてくれるなんて、本当に頭が上がりませんわ」

「いーのいーの」


 フェイナは人差し指と親指をくっつけて、”魔石(カネ)”のジェスチャーをした。


「あたしは正義の人だからね! 見返りとかは特に求めてないからね!」


 ウソつけ……。


「求めてないから!」


 フェイナが魔石(カネ)のジェスチャーを更に強調する。


「な……なんて高潔な方なのかしら!? わたくし感激いたしましたわ!」

「あれ!? 伝わってない!?」

「何か手伝えることがあれば何でも申し付けてくださいな! あいにくカネはすっからかんなのですけれど! きっと、スラムを巡っての無料診療のようなこともやられているのでしょう!? 護衛が必要なら、わたくしがいつでも飛んでいきますわ!」

「う、うん、やってるかもねー」


 それからもザーラが篤志家だとか医師の鏡だとか褒め言葉を並べ立てた。

 フェイナは曖昧に頷いている。……珍しいな、こいつが押されるなんて。


「あ!」


 走り込みから戻ってきたリルが、ザーラの姿に気付く。

 これ幸いとばかりにフェイナが部屋の中へ引っ込んだ。もう出てこなくていいぞ。


「……姉さん!」


 リルがザーラの胸元に飛び込んだ。

 いきなり抱きつかれて困惑している。僕も一緒に困惑している。

 普通、もっと気まずい空気が流れるものなんじゃ?


「あ、あの……わたくし、こたびはまことにご迷惑を……」

「いいのですよ! わたしも思いっきり殺す気でいたのですし!」


 特に悪びれず言い切って、体をぎゅうっと抱きしめている。


「で、でもわたくし、矛を収めるチャンスで〈レッド〉に逃げて……」

「姉さん!」


 リルが顔を見上げた。

 ……こうして見ると、けっこう身長差があるな。


「いいですか! そんなこと言ってても誰も幸せになれないのですよ! それに、本気で殴り合ったらそいつはもう親友だとお父様も言っていたのです!」


 いやそれだいぶ意味が違うんじゃ。


「そ、そういうものなのかしら……いえ、そういうものなのですわね……!」


 納得するのかよ。


「そういうものなのです! 気まずいからこそ逆に距離を詰めてガンガン行くのですよ! でなきゃ仲直りなんて出来ないのですからね! ですよね、姉さん!」

「そのとおりですわね、ラーレ……いえ、ええと……妹よ!」


 ザーレの手が恐る恐るリルに近づいて、そっと頭を撫でた。

 ……ま、本人が良いって言ってるんだし、これで良いんだろう。

 なんだかんだでうまく収まったな。一件落着。


「あの姉妹なんなの、おかしいよお……両方扱いにくいよお……ヘンだよお……」


 ドアの隙間からヘンなやつが覗き込んでいる。


「お前にだけは他人をヘンって言う資格はないよ」

「でもさあ……なんか天敵が生まれてしまった気がする……人生最大の危機……」

「これが最大の危機? ずいぶんお気楽な人生だったみたいでうらやましいね」

「当たりが強いよお……」



- - -



 夜。

 ザーラが手土産に置いていったフルーツを頬張りながら、五人でテーブルを囲む。


「……さて。リルの一件が解決したわけだけど」


 僕は切り出した。


「カエイが〈夢幻迷宮〉への合同作戦(レイド)に出てから、もう一週間以上が経過してる。準備期間がどれだけあるか分からないけど、そろそろ決闘の準備に集中したい」

「わたしで良ければ手伝うのですよ。クオウさんほどうまく仮想敵は出来ないとしても、やれるだけやってみるのです」


 カエイとリルではまったくタイプが違うし、力の差もありすぎる。

 ありがたいけど、できれば他に練習相手を探すほうが良いだろうなあ。


合同作戦(レイド)といえば、あいつら〈ライニア軽水湖ベースキャンプ〉を通過したってよ」


 ブレーザーが言った。


「水底を突っ切るルート選択をしたんだとか。ちょこちょこ死者が出始めて、そいつらから情報が出てきてる。食糧備蓄が二週間分って話だから、そこがリミットっしょ」


 二週間か。十分とは言い難いけれど、最低限はある。


「あとさクオウちゃん。一応、俺も〈冒険者名鑑〉とか新聞雑誌のバックナンバーでカエイの情報集めてんだけどさ、こいつヤバくねえ? けっこう賞金高い1on1トーナメントで優勝した経歴まであるし。滅茶苦茶つえーじゃん」


 あ、懐かしい話だな。あの時は僕も裏方としてかなり頑張った。

 事前に対戦相手を調べ上げて、ガチガチに対策を組んだりして。

 相手も相手で、専属のトレーナーとスカウトチームとアナリスト雇ってたり……。

 ああいう勝負のセコンドやった経験が、けっこうザーラ対策に活かせたんだよな。


「当然。〈ミストチェイサー〉が僕とカエイの二人きりだった時代で、クランはもうCランクだったんだから。……そこからの拡大失敗は、別に個人戦闘力と関係ないし」


 なんなら規模拡大した後にいったん格付けがDランクまで落ちたりもした。

 外から人間を入れて事業拡大するのって、想像以上に大変なんだよな。

 管理に時間を取られるし、有望株が入ってきてもすぐ辞めちゃったりして……。

 こっちのパーティで同じ失敗を繰り返す気はない。今のまま行くと決めてる。


「おっほん。えー、みなざん」


 フェイナが低い声を作り、机にメモ帳を滑らせた。


「そういう話より前に、話さなきゃいけないことがごぜえますだ」

「普通に喋って欲しいんだけど」

「おカネがない! ないない!」


 彼女の指先が、メモ帳の最下部に並んだ数字を叩く。

 マイナス百五十万イェン。


「そ、それぐらいなら……僕の懐から出せないこともないけど……」

「ダーリンの懐に入ったカネを全部パーティの財布に繰り入れた上で計算して、これ!」

「えっ」


 メモ帳に残った計算の過程を確かめた。確かに僕の持ってる資金と同じ数字がある。

 なんで知ってるんだよ。っていうか僕のカネを勝手に共有資産にするな。

 いや、どうせ僕は迷宮関連にしかカネ使わないから別に良いんだけどさ……。


「魔剣の修理に各種ポーション製造にザーラの治療に、魔力を大量に使う事ばっかり続いたからねー。馬車のレンタル代なんかも結構高いし」

「……ねえフェイナ、この医療費五十万って誰の請求?」

「またまたー、わたしの報酬に決まってるでしょ」

「……まあ、仕事ぶりを考えれば高いとも言えなくはないのかな……?」

「そうだぞ! 安すぎるぞ! お友達価格だぞー!」


 検算を終える。計算にはおかしいところがなかった。

 本当に資金がマイナスの状態だ。


「これって支払いはどういう状況になってるの?」

「一部は俺が建て替えておいたぜ。今月の終わりまでに返してくれないと、俺アパートから蹴り出されちゃうんで……よろしくなクオウちゃん」


 ……た、頼れる。こいつ入れといてほんと良かった……。


「あたしの方でも、魔剣の修理材料の支払いを少し待ってもらってる。あまり長引くと信用なくなっちまうから、早いとこ資金補填してもらいてえな」

「……ところで、剣とか作って売って儲けを出すことは出来ないの?」

「そりゃ出来るけどよ、やったらお前のために〈原初の魔剣〉を作る余裕がなくなるぜ」

「そっか。それはそうだ」


 うーん。


「っていうかマイザ、僕の一億イェンもう全部使い切ったの!?」

「……そ、倉庫にある各種の材料だけでも数百万ぐらいの資産価値はあるからよ……」


 こいつもう手元に現金ないの!?

 そりゃ、こんな地下工房作ったらカネなくなるだろうけど……。

 なんて金遣いの荒さだ。必要なところにしかカネを使わない僕を見習うべきなのでは?


「リル。僕たちで稼ぐしかなさそうだね」

「そのようなのです」


 結局、やるべきことは変わらない。


「迷宮に潜ろう」

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